第20回 料理の極意(11月16日筆)
著者: 土井善晴
『一汁一菜でよいという提案』がベストセラーになり、「一汁一菜」を実践する人が増えてきました。土井先生の毎日の実践を、旬の食材やその日の思考そのままに、ぎゅっと凝縮するかたちで読みたい! というたくさんの声を背景に、土井先生に、日々の料理探求を綴っていただきます。四季折々にある料理の「基準」とはなにか、ぜひ味わって、そして、自分なりの料理に挑戦してみてください。
北大路魯山人は料理ができたのだろうか。
大正から昭和にかけての時代、赤坂の料亭、星岡茶寮のお料理やサービスを、魯山人は監修、指導していた。食通の財界人、文化人、政治家を魅了し、そこには若き湯木貞一が就職を希望して履歴書を送ったという事実から、それはたいそう素晴らしい料理を提供していたのだと信頼できる。
ただ、魯山人は、料理の修業をしていない。美食家であっても、作り手ではない。それなら、彼は何をもとに、日本一の料理屋を主宰できたのか。
魯山人は、日本の自然が生むおいしさを知り、おいしく食べるすべを知る。魯山人の本業は書家、篆刻家であったが、その何が料理と結ぶのか。それは言わずもがなで美意識であることは間違いない。
では、ピカソは料理上手か、レストランのシェフになれたのか。私の大好きなピカソの写真がある。舌平目を食べ終わったピカソが、食べ終わったきれいな骨を皿の上で両手に持って見せ、「こんなにきれいに食べたぞ」と言わんばかりのポーズをとった一枚で、彼が美食家であることを物語る。「俺は誰よりもうまく肉が焼ける」と自慢していたのだと私は思う。
芸術家とは、自然を観る人、知る人だ。特に日本の美術家は、自然を知ることにおいて超一流だ。この美意識が料理につながるのだ。
料理の本質は、良き食材を見極め、炙るか、湯掻くか、蒸すか煎るか、生すにするか。それを経て、美しく盛り、食べられるようにすること。食べる以前においしさはすでにそこにある。そうした自然物を食べるための人間の料理という行為は、自然の摂理のうちにある。
あとは、どうぞお好きに、ご自由にお召し上がりくださいな。
追記:「生す」とは、辞書にはありませんが、懐石料理の献立などに使う言葉です。刺身や酢のもののように、加熱によらない調理をしたものと捉えています。保存という目的のために塩の量や酢の濃度は変わり、発酵もの(漬物やピクルス)にもつながります。
*次回は、2025年1月10日金曜日配信の予定です。
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土井善晴
1957(昭和32)年、大阪生れ。芦屋大学教育学部卒。スイス、フランス、大阪で料理を修業し、土井勝料理学校講師を経て1992(平成4)年、「おいしいもの研究所」を設立。十文字学園女子大学特別招聘教授、甲子園大学客員教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員などを務め、「きょうの料理」(NHK)などに出演する。著書に『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)、『一汁一菜でよいと至るまで』(新潮新書)、『くらしのための料理学』(NHK出版)、『味つけはせんでええんです』(ミシマ社)、『お味噌知る』(土井光さんとの共著、世界文化社)など多数。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 土井善晴
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1957(昭和32)年、大阪生れ。芦屋大学教育学部卒。スイス、フランス、大阪で料理を修業し、土井勝料理学校講師を経て1992(平成4)年、「おいしいもの研究所」を設立。十文字学園女子大学特別招聘教授、甲子園大学客員教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員などを務め、「きょうの料理」(NHK)などに出演する。著書に『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)、『一汁一菜でよいと至るまで』(新潮新書)、『くらしのための料理学』(NHK出版)、『味つけはせんでええんです』(ミシマ社)、『お味噌知る』(土井光さんとの共著、世界文化社)など多数。
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