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私、元タカラジェンヌです。

2021年8月17日 私、元タカラジェンヌです。

第4回 鳳真由(前篇) 宝塚から医療大学へ――どうやったら自分なりに理解できるか、いつも考えている

著者: 早花まこ

アクリル板のタップダンサー

 大学の授業で分からないことがあると、彼女は一人で図書館にこもる。親切な先生や頼りになる友達もいる。周囲と打ち解けやすい気さくさを持ち合わせている彼女だが、学業について誰かに質問することはまれだ。

「私の癖なんです。人に訊くよりも、自分で深く探っていくのが面白くなっちゃう」

 昔からそうだった。たとえば、宝塚音楽学校時代のことだ。彼女は、タップダンスがなかなか上達しないことに悩んでいた。苦手科目の克服のため、音楽学校の生徒は休み時間や放課後に自主練習をしたり個人でレッスンに通ったりと、努力を重ねる。長期の休暇も遊ぶための期間ではなく、集中的に芸事を磨く機会なのだ。

 その長期休暇を迎えた彼女は、突如、アクリル板を買って東京の実家に帰った。床を傷つけないようにとタップダンス用の板の代わりにアクリル板を自室の床に敷き、その上でひたすらステップを繰り返したのだ。

「家でタップダンスしている私を、家族は放置してました。またやってるわーって」

 (おおとり)真由(まゆ)さん。東京都小平市出身、愛称は、ふじP(ぴー)。すらりとしたスタイルと表情豊かなパフォーマンスで人気を集めただけでなく、深い考察をもとに役を作り上げる感性は各作品で注目され、花組の若手男役として長年重要なポジションを担った。

 2016年に宝塚を卒業し、現在は国際医療福祉大学で医療に関する幅広い分野について学んでいる。

 鳳さんが在籍していた花組は、百花繚乱とも言うべき多彩な男役さんたちが芸と人気を競い合っていた。その真っ只中にいた彼女だが、劇団で時折見かけるその姿には「ライバルたちと火花を散らすスター」とは異なる趣があった。

「なぜ、あんなに楽しそうなのだろう?」「いつも仲間に囲まれている、ふじPさんってどんな人?」

 私がずっと抱いていた疑問は、彼女の言葉によって解き明かされていった。その芸名の通り、「まっすぐ、自由に」というのびやかな言葉を掲げて過ごした宝塚での日々は、彼女を取り巻く人たちの心を惹きつけてやまない魅力に溢れていた。

「悔しさ」をバネにしない

 宝塚のファンだった祖母と母の影響で、鳳さんは物心つく前から宝塚歌劇に慣れ親しんでいた。好きだからこそ、一観客からは遠い世界に感じられた宝塚だったが、中学生になると「自分もあの舞台に立ちたい」と思うようになった。

 宝塚音楽学校は、合格倍率が約25倍という狭き門だ。幼い頃からクラシックバレエを習っていたとはいえ、簡単に合格できるわけではない。最大4回まで受験できるものの、より真剣に打ち込むため一度だけの受験を決意した鳳さんは、レッスンに心血を注いだ。そのうち、なんとしても合格したいと燃える彼女の気持ちは、レッスンに励むだけでは抑えきれなくなっていた。

 そんな彼女がある日向かった先は、高幡不動尊だった。お昼過ぎまで学校を休んで、山内八十八ヶ所巡りを決行したのだ。必死さゆえの行動とはいえ、この頃から周囲の人の意表を突く少女だったことは間違いない。

 八十八ヶ所巡りと努力の甲斐があり、高校1年生の時に一度目の受験で、彼女は合格を果たした。上下関係や芸事の厳しさで知られる宝塚音楽学校での、2年間の生活が始まったのだ。

 音楽学校の生徒たちは入学後も定期的に試験を受け、激しい成績争いを経験する。夢を実現させたとはいえ早速挫折感を味わう生徒もたくさんいるのだが、鳳さんは違った。

 宝塚受験の時、両親は厳しい道を選んだ娘を心配こそしたものの、応援してくれた。それも、「受かっても受からなくても、とにかく挑戦してみたら良い」という、結果にこだわらない姿勢で。はじめから将来を決めつけない両親の励ましは、鳳さんをゆとりのある気持ちで受験に向かわせてくれた。その結果、実力を最大限に発揮することができた彼女は、そのまま心のゆとりを失うことなく宝塚の世界に飛び込んだ。

 だから彼女は、芸事に秀でた同期生を見ても、悔しいという気持ちを感じなかった。苦手な科目の順位も、あまり気にしなかった。優秀な同期生を羨むどころか「生まれ変わったら、あんな風になりたいなと思った」というから、呆れるよりも心底驚いてしまう。

「ガッツがある人、成績の上の順位を勝ち取っていく人を見ると、格好良いなと思いました。私には、そこまでの闘志が芽生えなかったから」

 そう語る鳳さんだが、それは決して消極的な思考ではなかった。

 受験を勝ち抜いたものの、入学当初からそれぞれの実力には差がある。私もそうだったように、自分以外の同期生は皆、とても優れて見えるものだ。毎日ともに歌い踊り、優等生と自らを比べずにはいられない環境である。まだ10代の女性が、他人に左右されずに自分を見つめるのは並大抵の胆力ではできないことだ。

 鳳さんにとって、形だけの「やる気」は必要なかったのだろう。人と同じやり方で安心するよりも、自分がより向上する方法を見つけることが大切だと無意識に感じていたのかもしれない。心のゆとりがあった鳳さんは、自分自身に集中することができた。

 また、意地やプライドを他人にぶつけることのない鳳さんは、同期生たちからも慕われた。厳しい中でも楽しい学校生活を送りつつ、自分のペースを保って着実に努力の成果を出した。興味を持って打ち込んだ演劇の成績は、常に上位。自分自身と真摯に向き合って、充実した2年間を過ごした。

「ああ! 男役さんだ!」って言われたい

 2005年、鳳さんは91期生として宝塚歌劇団に入団した。花組公演「マラケシュ・紅の墓標/エンター・ザ・レビュー」で初舞台を踏み、そのまま花組に配属された。

 初舞台生の多くは「理想のタカラジェンヌ」を思い描き、その姿を目指して努力するものだ。大劇場でソロを歌う娘役になりたい。ダンスの場面で活躍したい。悪役が似合うシャープな男役になりたい……など。宝塚では、群舞の中で踊るポジションや、出番の多さなどによって、目指すべき具体的な立ち位置が見えやすいということもある。

 自宅でタップダンスのステップを踏み鳴らしたほど、お稽古熱心な鳳さんである。実力を磨くため、堅実な目標を立てていたことだろう。そんな私の予想は、彼女の言葉で覆された。彼女の理想の男役像は、一風変わっていたのだ。

「宝塚大橋(劇団の近くの橋)を、キャスケットを被って、ちょっと裾の広がったズボンで颯爽と歩いて『ああ! 男役さんだ!』って言われたいな」

 可愛らしさもある整った顔立ちにすらっとしたスタイルが魅力の、彼女である。入団してすぐに、ただ通勤するだけでその夢は叶った。

 若かりし自分を「浅はかですよね……」とため息混じりに振り返る彼女。思わず笑ってしまう思い出だが、実はここに彼女の非凡さが表れている。

 煌びやかな舞台の幕が開く初日までは、地道なお稽古の日々が続く。休日までレッスンに通い、報われるかどうか分からない努力を続けるためには、揺るがない原動力が必要だ。「たくさん、台詞を貰いたい」、「目立つ役をやりたい」ということのみが目標になると、向上心が高まる一方で、その理想に届かない時期は落ち込んでしまう。それでも自分を追い込んで成長していく人もいるのだが、低迷する時が長いと夢を諦めてしまうこともある。

 それに対して、鳳さんにとっての男役は、佇まいそのものが格好良い存在。宝塚ファン時代から心に焼き付いていた理想像は、自らが男役となった後も、決してぶれなかった。「男役である」だけでわくわくと心躍らせていた彼女は、もしかして最も宝塚に向いている人だったのかもしれない。

撮影中、突然寸劇を始めた鳳さんと早花さん。共演経験はないが息はぴったり。

めざせ、花組・男役! 

 宝塚にある5つの組には、それぞれのカラーがある。鳳さんが入った頃の花組といえば、華やかな男役を中心にエネルギッシュな舞台を観せる組だった。特に「花男(はなおとこ)」という通称があるほどに、「花組の男役たるもの」というプライドや理想があるのだ。

 その花組・男役の一員になった彼女は、先輩たちについて行く……というか、否応なく巻き込まれていった。

 お稽古中も、男役さんは幾度も集まり、ダンスの振りや見せ方の男役らしさを研究する。そしてお稽古が早く終わると、男役たちで食事へ行くこともしょっちゅうだった。しゃぶしゃぶを食べる時は4、5人で10人前のお肉をざーっと平らげ、その後は男役について語り合う。「男役はこうあるべき!」とひたすら熱い議論を続ける上級生たちの横で、鳳さんだけはお肉に夢中だった。

 一人前の顔で男役談義に加わっていたつもりだったが、今思えば上級生に引っ張ってもらっていたと、懐かしそうに振り返る。そこで彼女は不意に真顔になり、身を乗り出した。

「でも、生まれた時からぎらぎらした男役の人なんて、いないでしょ」

「花男」の看板を背負った素敵なスターさんも、最初はみんな鳳さんと同じ男役初心者だったはずだ。「男役は常に格好良く!」というスローガンをみんなで共有して、どんどん実行に移す。そうやって、花組の男役という伝統が作られていったのでは、と彼女は分析する。ライバル同士でありながら仲間たちと励ましあえる環境は、彼女に大きな刺激を与えてくれた。

「熱い男役談義の中で、よくもらい泣きしていました。私って熱い人だと言われていたけど、実は熱い人の影響を受けていただけなんですよ……」

挑戦のとき

 マイペースではあるが、鳳さんは研鑽を積みながら自分の立ち位置を冷静に見つめていた。

 一生懸命に努力をしても研3(研究科3年生のことで、宝塚では生徒の在団年数を「研究科○年」と表す)までに納得のいく役を貰えなかったら、早々に宝塚を卒業しようかと考えていた。まさにその研3の終わりに、バウホール(宝塚大劇場の隣にある小劇場)公演「蒼いくちづけ」で2番手の役を掴んだ。
 続いて、2009年「太王(たいおう)四神記(しじんき)」の新人公演ではヨン・ホゲという大役を射止める。無我夢中で挑んだ彼女はその後、さらに大きなチャンスに恵まれた。2010年「虞美人」の新人公演で、初めて主役に抜擢されたのだ。

 研7までの生徒だけで本公演と同じ作品を上演する、新人公演。本役である当時のトップスターは、宝塚に入る前から大ファンであった真飛(まとぶ)(せい)さんだったが、喜んでばかりはいられなかった。責任ある立場での大舞台を前に、鳳さんは並々ならぬ覚悟を決めた。やるとなったら、とことんやる。公演当日まで、1分たりとも無駄にしないという集中力が漲った。

 憧れの真飛さんに、振り付けや動きの決まりだけにとどまらず、男役としてのあり方をも学びたいと必死に食らいついていった。新人公演の主役が大変なのは当たり前と言わんばかりに、一切の甘えを許さない真飛さんは、本公演も新人公演のお稽古も「できて当然のこと」として指導された。

 本公演の後に毎晩遅くまでお稽古に励み、ゆっくり寝る間もなく翌日の舞台に立ち、休日もレッスンに通う……そんな日々を続けているうちに、とうとう声が嗄れてしまった。それでも、かすれた声を絞り出して台詞を叫んだ。新人公演をやり遂げたらどうなっても良いと思うほど、鳳さんは自分自身を追い込んだ。

 そして迎えた、新人公演当日。彼女のお化粧前(楽屋のドレッサー)には、真飛さんの字で「がんばれ」と書かれたメモが貼られていた。厳しい態度で鳳さんを指導し続けた真飛さんは、鳳さんの熱意と努力を認め、誰よりも気に掛けていたのではないだろうか。

「本番前なのに、もう大号泣ですよ!」

 大切な新人公演を前に涙でメイクが崩れた彼女を想像するとあまりに健気で、でも可笑しくて、つい笑ってしまう。そんな私の気も知らず、

「ああ、思い出したら、今も泣きそう……」

 鳳さんは、眉毛を八の字にして呟いた。

目指すのはトップスターではない

 新人公演の初主役を見事に果たした鳳さんはその後、2011年の「ファントム」、2012年の「復活」の2作でも新人公演の主演に選ばれ、本公演でも華やかな見せ場を貰うようになった。

 新人公演の主役をつとめると、行く行くはトップスターに就任する可能性が見えてくる。劇団から、そしてファンからも、トップスター就任への期待が膨らんでいるのを感じていた。だが、トップスターになることは、彼女の目標ではなかった。

「私は、ただ目の前のやるべきことに向かうだけで精一杯でした。『次はもっと上のポジションへ』というステップを、自分では構築できていなかったんです」

 鳳さんが子供の頃に魅了されたタカラジェンヌは、舞台から夢を届ける特別な存在だった。トップスターだから、目立つ役だからという理由でタカラジェンヌに憧れたわけではない鳳さんは、与えられた役、仲間たちと作り上げる舞台そのものに強烈なやりがいを感じていた。言い換えれば、歌劇団の中で脚光を浴びることに興味がなかったのだ。

 生徒は全員、トップになりたいと思っているのかな?と、彼女は首を傾げながら話す。

「人それぞれだと思うけど……そうじゃない人もいますよね。私がそうだったしなあ」

 その頃の宝塚は、組の間で生徒の異動があったり、新たに若手の男役スターが活躍し始めたりと、花組を含めて変化の時期を迎えていた。

「正直に言って、もう私は必要ないのかな、と感じました。他のスターさんをどかしてまで活躍したいとは思わなかったし、このまま宝塚にいるのは迷惑になるかも、と思いましたね」

 そう、鳳さんは淡々と語った。その表情に少しも悲哀が滲んでいないのは、当時の彼女が、男役として演技することを心から楽しんでいたからだろう。誰も思い付かないようなアイディアを連発する鳳さんは、スターの立場としてではなく、一人の舞台人として花組の中で存在感を示していった。

 宝塚では、生徒だけで行う自主稽古で、上級生がその場面やナンバーをしっかりまとめていく。叱られることの多い下級生たちにとっては緊張の時間でもあるのだが、鳳さんのダンスの指導はこうだった。

「この曲のはじめは寝起き、次のパートでは二度寝して、ここでもう一度目を覚ます。でも、日曜日の朝だな〜って感じでやってみよう」

 真面目な顔で姿勢を正していた下級生たちが思わず吹き出してしまうようなアドバイスだが、その場面で出すべきカラーや、お稽古場の雰囲気をよく見ている鳳さんならではの表現だ。

「振り付けの形だけを揃えるより、みんなで共通のイメージを持った方が息を合わせやすいと思ったんです。ダンスを振り付け通りにきっちり揃えたいタイプの生徒にとっては、少々不可解なお稽古だったかもしれませんが」

 そう言って鳳さんは笑い半分、気まずそうな表情を浮かべた。だが、時には遊びのような感覚で練習して、場面全体が活気づくのはとても大切なことなのだ。あまりに楽しそうな自主稽古の様子に、参加した人たちが羨ましくなってしまった。

武器はイマジネイション!

 スターである自分にこだわらないからこそ、どんな役を演じても思い切り「鳳真由」の色を見せられる。そんな彼女の強みが発揮された作品が、2013年の「オーシャンズ11」だった。

 彼女が演じたリビングストン・デルは、巨大金庫の強盗計画の仲間となる、通信技術の専門家だ。大きくカールした金髪に縁が太い眼鏡をかけ、オドオドしながらいつもパソコンを覗き込んでいる。そんな奇抜なキャラクターを、鳳さんは人間味ある親しみやすい青年として作り上げた。

 首に大きなヘッドホンをかけ、ラップ調で自己紹介するリビングストン――厳しいことで知られる演出家の先生は、彼女が演じた登場シーンのオリジナリティを高く評価し、一目でOKを出したそうだ。

 また、カラフルな衣装で踊るフィナーレの場面では、「カカオ工場のチョコレートたち」という設定で踊ろうと提案して、若手男役たちは大いに盛り上がったという。

「どうやったら自分なりに理解できるかと考えるところは、アクリル板でタップダンスを練習した時から変わってないですね」


 そしてその取り組み方は、大学に入ってからもどんどん発展している。

「がん細胞とアドリアマイシンの関係性の説明が難しかったので、イラストに置き換えた資料を作ったんです」

 突如として飛び出した専門用語に怯んだものの、鳳さん作のイラストで描かれた図を見せてもらうと、無知な私でも途端に興味を惹かれた。カラフルな細胞や、可愛らしい形になった薬の二重螺旋構造……にこにこ顔の細胞を見ているうちに、難しい事柄がすっと頭に入ってくる。

 彼女の作った資料に感心した先生の勧めで、オンライン授業での発表に自作のイラストを用いることになったという。

 常識を突き破る、「鳳真由」の発想力。その独創性は、宝塚の世界を飛び出してから、さらに活かされることになったのだ。

撮影協力:国際医療福祉大学

後篇はこちらから

鳳真由(おおとり・まゆ)
東京都小平市出身。元宝塚歌劇団男役スター。
宝塚卒業後、国際医療福祉大学に入学、現在同大学の3年生。学業のかたわら、舞台やイベントなどにも出演している。
インスタグラム @ootorispecialpanic

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
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手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
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「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

早花まこ

元宝塚歌劇団娘役。2002年に入団し、2020年の退団まで雪組に所属した。劇団の機関誌「歌劇」のコーナー執筆を8年にわたって務め、鋭くも愛のある観察眼と豊かな文章表現でファンの人気を集めた。BookBangで「ザ・ブックレビュー 宝塚の本箱」を連載中。
note https://note.com/maco_sahana


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