2016年6月21日
川上和人(森林総合研究所主任研究員)×高柳明音(SKE48) 『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』刊行記念対談
(2017・5・25於ラカグ)
小笠原より愛をこめて(後篇)
(前篇はこちらから)
高柳 センセイは小笠原にずっと行かれてるんですよね。私も行きたいと思ってるんですよ。
川上 今度は6月、7月の2ヶ月ほど行きます。是非ご一緒しましょう。
高柳 6月、7月ですか……その間に、総選挙、終わってますね……。
川上 そうか、じゃあ難しいですね(笑)。小笠原は最低6日間かかりますからね。行きの船がまず24時間かかり、現地で3泊した後にその船がまた24時間かけて東京に戻ってきますから。
高柳 飛行機はないんですか?
川上 ないんです。年間観光客数が2万人ほどです。利用者が少ないから自然が残っているんですね。人が住んでいる島は、やっぱり人の影響でいろんな生き物が絶滅しています。一方で無人島には、有人島では絶滅した生き物が数多く生き残っています。小笠原には無人島も多く、そこも大切な調査地なんです。人がいないのは、それだけ過酷な環境だから。そして過酷だから先人たちも研究出来なかった場所なので、手つかずなんです。
『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』にも書きましたが、当然そんな無人島には、桟橋なんかありません。最後はボートから飛び込んで、泳いで上陸する場合もあります。ウェットスーツを着て、フィンをつけて、トラブルが起きたらどう対処するかといったトレーニングを、プロの指導の下で行うこともあります。そして道もありませんから、崖から降りる訓練もやります。体を作っていかないと、安全に調査ができませんので。
高柳 そんな旅に、私をお誘いに(笑)。
川上 ランニングも木陰を選ぶと、暑さが足りないので、日がガンガンに照ってるところで走り込みです。熱中症になる訓練かと思うほどですが、暑さに体を慣らさないといけないので。でも、高柳さんのダンスや歌のレッスンと同じですよ。
高柳 崖を登るレッスン(笑)。
川上 それが仕事ならやるでしょう?
高柳 ……やります。でも向いてない人もいるでしょうね。
川上 苦手な人はいます。そういう方は、実験室でのDNA解析など、僕の苦手な研究に邁進してくれたりします。僕はそっちだと肩が凝っちゃうほうなんで。
僕の調査地の一つに、小笠原にある西之島という島があります。今、絶賛噴火中なんです。
高柳 噴火ですか!
川上 4月20日にもまた噴火しまして。僕、そこに録音機やカメラを仕掛けてきてたんですよ。今年はそれを回収するつもりだったんですが、あえなく溶岩の下に。あれ、職場の備品だから、備品シールだけでも剥がしに行かなくちゃいけないんですけど……。
高柳 せめてデータだけでも、残ってたりしませんかね。
川上 数メートルの溶岩の下でね……2万年ぐらい未来の地質学者が、掘り起こしたら、出てきたカメラに奇跡のデータが! なんてことはあるかもしれませんが。そこに映っているのは、溶岩がどんどん、どんどん押し寄せてきて、大きくなった溶岩が最後で。カメラ自身がのみこまれる映像……2万年……若干ながいな……(遠い目)。
高柳 セ、センセイが今までで、一番印象に残っている研究は何ですか?
川上 そうですね、本にも書きましたが、オガサワラヒメミズナギドリという2011年に発見された新種の鳥についてです。
高柳 新種! 今、何羽ぐらいいるんですか?
川上 数十羽程度かもしれません。実は新種記載されたのは、生きている個体でではなく、たまたま保管されていた、古い剥製のDNAを、あるアメリカ人研究者が調べたら、新種だったことが判ったんです。1963年にハワイに迷い込んで、剥製にされていたオガサワラヒメミズナギドリがいたんですね。おそらく本来ハワイでは繁殖していない鳥で、冬に小笠原で繁殖することが判ってきました。その繁殖地である無人島に渡るために、2、3週間待って、結局海が荒れて渡れなかったなんてこともありました。実はこの鳥の新種発見については、僕も忸怩たる思いがありまして……詳しくは本を読んで頂ければ……。
高柳 セ、センセイ、じゃあ、研究者の方の生きがいって何ですか?
川上 新たな発見をした瞬間にはそのことを世界で自分だけが知っている、という喜びでしょうか。研究して、「どうだ!」と世界に向けて発表する。それで成果はといえば、図鑑に1行書き足されるだけだったりもするんですけどね。
高柳 図鑑に1行……。
川上 うん、1行が2行になる、とか。皆さんね、図鑑にオウムは何を食べます、どこどこで繁殖しますって書いてあるのを何の気なしに読んでいらっしゃるでしょう? それを調べるのには、とにかく時間がかかるんです。その1行を増やしていく楽しみこそが、調べる楽しみなんですね。
高柳 川上センセイは鳥をいつからお好きだったんですか?
川上 僕、そんなに鳥好きじゃないんですよ。もちろん嫌いじゃないですよ。大学に入ってから、野生生物を観察するサークルに入りまして、そこで双眼鏡の性能の良さに驚いてから、生き物観察は面白いなと。
高柳 双眼鏡からですか(笑)。
川上 でもね、鳥って身近に見ることが出来る、野生の脊椎動物なんです。これは他の哺乳類などではありえないことなんですよ。たとえばタヌキやキツネを日常的に見ることができますか? 犬や猫はペットですよね。家畜、家禽ならともかく、野生のカモシカだのイノシシだのは、街中ではなかなか見ることが出来ません。ところがそのへんにいるカラス、スズメ、ハトにいたるまで、鳥はたいていが野生で、しかも、そこら中で見られるんですよ! これって凄いことだと思いません? しかも、鳥は飛ぶことまで出来るんです!
高柳 センセイ、鳥、十分お好きですよ(笑)。
鳥と一番近い生き物
高柳 鳥って恐竜から進化したんですよね。
川上 はい、小型の恐竜の一部から鳥は進化したと、現在の恐竜学者は考えています。
恐竜人気、高いですよね。ところが恐竜については、生きてる個体を観察することが出来ない、主に骨しか見ることが出来ないわけです。たとえば、一部の恐竜は卵を塚に埋めて、地熱を利用して孵していたと考えられていますが、一方で鳥のように巣で抱いていた種もいたと考えられています。鳥なら見ればわかるようなそんな行動でも、恐竜の化石だけでは容易にはわからない。だから恐竜学者にとって、現在の鳥類研究はとても参考になるようです。
ところで現在生きている生物で、鳥にもっとも近い種は何だと思いますか?
高柳 え~と、トカゲとかは、肌質が鳥の足部分とは似てますが……ヒントは?
川上 ヒントはないです(きっぱり)。
高柳 え~! じゃあ、爬虫類ですか?
川上 爬虫類です(あっさり)。
高柳 じゃあ、最初のイメージで、トカゲ。
川上 正解はワニです。同じ祖先から、ワニと恐竜に分かれ、その後に恐竜から鳥が進化しています。だから鳥にはウロコが残っているんですね。高柳さんは恐竜、飼いたいですか?
高柳 言うこときくなら。しかも、送り迎えしてくれる、乗れるタイプの大型恐竜なら、ぜひ。
川上 言うこと、きかなそうですよね。今の恐竜図鑑を見ると、羽毛がついた状態で描かれた恐竜が多いんですよ。恐竜の復元図が、茶色や黄色や赤色の、いろんな色の羽毛で覆われていて。でもその色も、正直なところは判らないんですよね。とにかく判っているのは骨ばかり。外見についてはほとんど判らない。なのに鳥よりも人気がある!
高柳 未知なるものゆえ、惹かれるんでしょうかね(苦笑)。ところで鳥学会というのは何人ぐらいいらっしゃるんですか?
川上 アマ、プロあわせて1200人ぐらいでしょうか。そのうち大学や研究機関で研究しているプロは100人から200人ぐらいだと思います。高柳さんたちは何人ぐらいいらっしゃいますか?
高柳 AKB、SKE、みんなあわせると300人ぐらいでしょうか。
川上 鳥類学者よりも多いんですね……高柳さん、鳥学会に入会すると、年会費5千円なんですけど、よかったらそれは僕が払いますので、是非高柳さんにも入って頂きたい! 講演依頼などでお困りになったら、僕、口パクでも何でもやりますので。
高柳 名探偵コナンみたいに(笑)。
川上 鳥類学は一見すると、なかなかお金に結びつかないので、国の予算、言ってみれば皆さまの税金でまかなわれていることが多いんです。だからこそ、もっともっと、鳥類学について皆さんに知って頂きたいし、判りやすくお届けするのが僕の使命だとも思っています。鳥類学は面白い分野だと、一人でも多くの方に思って頂ければ。
高柳 今日は本当に知らなかった話、知りたくなかった話も含めて(笑)、面白かったです。
川上 こちらこそ、高柳さんのような愛鳥家が一人でも増えてくれれば本望です。
(撮影・平野光良)
(了)
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川上和人
森林総合研究所主任研究員。1年の約1/3を小笠原諸島で過ごし、残りはつくばで鳥と恐竜と幸せについて考えている。左の紳士がティラノに食べられやせぬか少し心配。著書に『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』『鳥類学は、あなたのお役に立てますか?』(以上、新潮社)など。
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高柳明音
1991年、愛知県出身。SKE48 Team K所属。2015年AKB48 41stシングル選抜総選挙にて14位にランクインし初選抜入り。2016年4月「TOKYO IDOL NET」にてカメラマンデビュー、またバードライフアドバイザー3級の資格を持つ、自他共に認める鳥好き。ニックネームはちゅり。
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はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 川上和人
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森林総合研究所主任研究員。1年の約1/3を小笠原諸島で過ごし、残りはつくばで鳥と恐竜と幸せについて考えている。左の紳士がティラノに食べられやせぬか少し心配。著書に『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』『鳥類学は、あなたのお役に立てますか?』(以上、新潮社)など。
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