Webマガジン「考える人」

シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
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不敵な薔薇を咲かせるために

國分    皆さん、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。このたびブレイディさんは『子どもたちの階級闘争』で第16回新潮ドキュメント賞を受賞され、僕は『中動態の世界』で第16回小林秀雄賞をいただきました。ブレイディさんとは、僕がロンドンに滞在していた2015年から家族ぐるみで親しくさせてもらっていることもあり、今回、同時受賞となったことをすごく嬉しく思っています。

ブレイディ うちの息子がびっくりしてましたね。イギリスで生まれた息子は、日本人の物書きなんて我々二人のことしか知らないわけですよ。それで「コウイチロウと母ちゃんの二人しかいないから、どちらも賞をもらえたんじゃないか」なんて言ってました。「いや、そういうわけじゃないけど」と返しておきましたが(笑)。

國分    そう言いたくなるぐらい驚きの二人同時受賞でした(笑)。
 僕は、知り合う以前からブレイディさんの文章の大ファンだったんですね。イギリス社会の雰囲気をうまくくみ取りつつ、イギリス政治がいまどのように進んでいるのか、日本とはどこが違うのかを教えてくれるのがブレイディさんの文章でした。現地のことを具体的に想像させてくれる文章なんです。
 あの言葉のベースの一つは、ブレイディさんが普段から新聞をたくさん読んでいることにあると思うんです。ブレイディさんは1週間に1本ぐらいの割合で記事をネットに公開されていましたが、いつも興味深い新聞記事が紹介されていた。僕もイギリスにいる間、現地の新聞を一生懸命読んでいたんですが、ブレイディさんの記事を読んだ時、「ああ、この記事ね。読んでるよ」と一度でいいから言ってみたかったんです。でも、実際には全然追いつきませんでした(笑)。だからブレイディさんの記事を読んでから、遡ってイギリスの新聞の記事を読むことも多かった。本当に勉強になりました。
 ブレイディさんがイギリスのことをこうして熱心に発信されているのには、どんな動機があるのでしょうか。

ブレイディ  日本に入る情報が偏っているなという、漠然とした問題意識を持ってはいました。私は日本の新聞社のロンドン駐在事務所で働いていたことがあるので、彼ら駐在員がどのような交友範囲を持っていて、どんな生活をしながら記事を書いているかを知っています。やっぱり皆さんお忙しいからいつも飛び回っているし、地元のコミュニティーに入ったりする暇はない。つまり普通の生活をしているわけじゃないから、世の中を見る目がどうしたって違ってくると思うんです。そうすると、いまイギリスで起きていることも、無意識のうちに識者目線で見てしまう。だから誰かが「地べた」からの視点で発信していかないと、イギリスに関する知識が偏ってしまうんじゃないかと。
 日本のメディアでもイギリスのロイヤルファミリーやミドルクラスに関するニュースは頻繁に取り上げられますが、下側の情報は意外なほど入っていないですね。私の書いた『子どもたちの階級闘争』が「イギリスって今、こんなことになってるの?」と驚きを持って受け入れられたのは、単純にそれまで情報が入っていなかったからです。最近ではオーウェン・ジョーンズの『チャヴ 弱者を敵視する社会』が日本でも評判を呼んでいて喜ばしいことなんですが、これもイギリスでは2011年、つまり6年も前にベストセラーになっている本。そもそもチャヴ現象(チャヴ=「粗野な下流階級」を指す蔑称)はゼロ年代に話題になり、それは確実に労働党党首のジェレミー・コービンが人気を集めるという現在までの政治や社会の流れに繋がっています。でも、こうした情報が入っていないと、文脈が見えづらいですよね。
 80年代だと海外の話題書がすぐに日本にも輸入されていたと思うんですが、この頃は出版不況のせいもあってか、なかなか翻訳出版がされない。なので、どうしてもタイムラグが生まれてしまう。そういえば、昨年私が出した『ヨーロッパ・コーリング』の帯には「もはや右と左の時代ではない。上と下の時代だ」というコピーが書かれていますが、これと同じようなことを今回の選挙戦で言っていた政治家がいるそうですね。ただ、いずれにしても時間差ができている。経済はいまグローバル進行だから世界で起きていることにそれほど差はないはずなのに。そんな状況の中、私は今起きていることをありのままに伝えることが重要なんじゃないかと思って書き続けています。

國分    僕はパリに5年住んでいたんですが、住まいがちょうど、パリで行われるほとんどのデモの終着点である東側のナシオンという地区だったんです。それで、以前『熱風』という雑誌から「デモ特集をやるので國分さんも寄稿してくれませんか」というお誘いを受けたとき、向こうで見たデモについて書いたんですね。別に形式ばったシュプレヒコールもないし、皆サンドイッチを食べたりしながらだらだら練り歩いているだけ、「だから気楽に参加すりゃいいんじゃない?」と。
 僕としては現地で見ていたことを軽い気持ちで文章にまとめただけだったんですが、それをネットに転載したら、ものすごく多くの人に読まれたんです。ちょうど脱原発の集会が毎週金曜日に官邸前で行われるようになった時期で、タイミングもよかったのでしょう。誰もが「目から鱗が落ちた」という感想を寄せてくださいました。このことに僕は非常に驚いたんです。
 広く読まれたことは嬉しかったです。でも同時に、これまで他の書き手はいったい何をしていたんだと思ったんです。昔からたくさんの日本人がフランスを訪れているはずです。でも、この程度の、現地の人なら誰でも知っている情報すら、日本に入っていなかった。
 ブレイディさんの文章に初めて触れたときに感じたのも、まさに「そうそう、こういうことを知りたかったんだよ」ということです。イギリスの専門家はたくさんいる。しかし、現地の雰囲気を教えてくれる書き手はなかなかいない。僕は、日本の政治を考え直すためにはイギリスの議会制民主主義に学ぶしかないという気持ちもあり、2015年の1年間サバティカルでロンドンに滞在したんですが、その予習としてブレイディさんの文章には随分と勉強させてもらいました。

政治も中動態の世界

ブレイディ このところの日本の政局を、「これはもはや右や左というより、主権者教育ができていないよね」と評する意見を先日ネット上で見かけたのですが、そこで思い出したのは、息子が今年から入った中学で始まったシティズンシップ・エデュケーションのことです。最初に聞いたとき、私は息子が何を教わるのだろうと思い、とりあえずUKガバメント(英国政府)のサイトでカリキュラムを調べたんですね。中学1年生はイギリスでは7年生と呼ばれ、日本での中学校3年間に相当する7年生から9年生は、キーステージ3に分類される。そして、キーステージ3のシティズンシップ・エデュケーションでは、裁判所や議会の仕組み、ヒューマンライツや国際機構について学ぶほか、バジェット、つまり国家予算や財政のお金の使い方まで勉強するそうなんです。日本だと学校教育のなかで、なかなかそこまではやらないですよね。同じ議会制民主主義の国でも、イギリスでは一般市民の政治に対する意識が高かったり、政治家の演説も日本より面白かったりすると思いますけど、元を辿ればやっぱり教育が違うわけです。何しろ、11歳の頃からそうした意識を育てるわけですから。

國分    いまのお話ですが、まず、ブレイディさんがシティズンシップ・エデュケーションについて知ろうとしたとき、最初にUKガバメントの公式サイトに飛んだということに、多くの日本人は驚くだろうと思います。UKガバメントは、ガバメントがやることはガバメントで全部説明しますという建前でサイトを作っているわけです。そういう建前がきちんと機能しているし、生きている。もちろん日本でも官僚に聞いたら「すべての会議の内容をPDF化してオープンにしています」と言うんだろうけど、実際にはPDFなんてわざわざ読まないし、官公庁のサイトは使いづらい。
 日本の義務教育でも「公民」という教科がありますが、自分自身の経験を振り返っても、その意義がいまいち理解できなかった。中学3年生の時には公民の授業で税に関する作文を書いた記憶がありますけど、あれは要するに、大人になったら必ず国のために税金を払ってくださいね、というある種の刷り込みを目的にしているに過ぎない。立派なシティズンとして育てるんじゃなくて、とにかく納税させるということしか考えていない。ところが、イギリスのシティズンシップ・エデュケーションはそういったものではない。イギリスの子どもたちは、あなたには国民としてこういう権利があり、国家にはいまこういう問題があってということを丁寧に教わるわけですね。
 僕がイギリスに滞在した時にも感じたけれども、市民教育の違いを考えていったとき、日本にいちばん欠けていると思うのは権利の意識を育む教育ですね。

ブレイディ まさに。義務はあるけど、権利がないわけですね。

國分    これはブレイディさんと猪熊弘子さんとの鼎談をまとめた『保育園を呼ぶ声が聞こえる』のなかでも話題にしたことですが、日本では権利についての教育が十分になされていません。いや、全くなされていないと言ってもいい。そもそも何かをしないと権利を手にできないという風に理解されていたりもする。でも、本当は違うんです。何もしなくたって、どんなにだらしなくたって、我々は権利を有している。ところが、そういった教育を受けていないので、権利が侵害されたときになかなか意見を言うことができない。この権利意識の欠如が、多くの問題の根幹にあるような気がします。

ブレイディ またうちの息子の話に戻りますが、彼は小学校で生徒会長をやっていたんです。それで驚いたのは、生徒会にもバジェットがあること。息子によれば、最初に学校から100ポンド与えられたそうです。それで、例えば、子どもたちがお母さんと一緒に家で焼いたケーキを持ってきて学校で放課後に売ると、その売上代が生徒会の予算としてさらに計上されるんです。なので、生徒会には小学生の財務担当がいる(笑)。それでみんなでどう使うかを議論して、校庭に設置する椅子とテーブルを買っていました。そうやって財政の運営について小さい頃から考えさせる。そして中学校からはシティズンシップ・エデュケーションのなかで本を読み、議論を重ねます。だから政治の話ひとつとっても「この政策が100パーセント間違っているわけじゃなくて、ここの部分は使える」といった形で、バランス感覚を持って考える癖がつくと思うんですよ。
 國分さんの『中動態の世界』の終わりに、自由という概念が出てきます。我々は完全に自由なわけではない、かといって完全に強制されているわけでもない、と。例えば、書くことは中動態的な行為です。自分が何かを思いついて書いているようでありながら、よくよく考えるとそうでもない。とはいえ、誰かに無理やり書かされているわけでもない。もちろん、締め切りは別にして(笑)。要するに、これまで見てきたことや現在の世の中の環境などに大きく影響され、突き動かされながら書かされてもいるわけで、國分さんの言葉を借りれば「私のもとに書くことが実現している」としか言いようがない。
 政治もきっと似たようなものだと思うんです。一見、為政者が能動的に意思決定を行っているようではありながら、社会の状況や歴史の流れに巻き込まれつつ、必ずしも強制ではない形でやらされたりするものでしょう。でも、いまはそうした視点がなかなか見当たらず、能動か受動かに二分されている気がする。その意味で、國分さんのおっしゃる中動態は、政治にも書くことにも結びつく、重要な概念だと思っています。

國分    僕ら二人の本の内容を見事に繋いでくださいました。『中動態の世界』では基礎的な議論が中心で、応用的な話はあまりできなかったんですが、もし応用編を書くとしたら、まずは中動態的な政治概念について書きたいと思っています。その際に強調したいのが、まさしく「社会の状況や歴史の流れに巻き込まれつつ、必ずしも強制ではない形でやらされたりする」ということなんです。住民運動を考える上でもそういう視点が大切だと思うんですね。

書籍紹介

中動態の世界 意志と責任の考古学

國分功一郎/著

2017/3/27発売

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

國分功一郎

こくぶんこういちろう 1974年7月1日、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。高崎経済大学准教授。専攻は哲学。主な著書に『暇と退屈の倫理学 増補版』(太田出版)、『ドゥルーズの哲学原理』(岩波現代全書)、『近代政治哲学』(ちくま新書)など。訳書にドゥルーズ『カントの批判哲学』(ちくま学芸文庫)など。

対談・インタビュー一覧

ブレイディ みかこ
ブレイディ みかこ
1965年、福岡県福岡市生まれ。保育士・ライター・コラムニスト。96年からイギリス・ブライトン在住。著書に、『ヨーロッパ・コーリング――地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION』(ちくま文庫)などがある。

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