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最後に、これから小説を書きたいと考えている人にメッセージをお送りして、この講義を終わりたいと思います。
一、クラシックの型を勉強してください。物語の構造には、いにしえからの基本的な形があります。始まりとして、登場人物の紹介があって事件が起きます。それは恋愛の事件かもしれないし、殺人事件かもしれない、謎との出会いかもしれない。そして、紆余曲折があって最後は解決していく。
この型はシンプルだけれど、実は多くのヴァリエーションがある。起承転結には、起承転転結や、起承転承転結など、変化の型がある。また物語を前へと運んでゆく人物と、わざと支障を与え、物語の方向性を曲げたり、ひねりを与えたりする人物がいる。落ち着きを与えたり、教訓やテーマを告げる脇役だけど重要な人物が登場することもある。こうした物語の型と、付随する人物の引き出し、さらに効果的な転換やリズムの緩急といったことを、頭で理解するだけでなく、完全に自分の中に入れていくには、クラシックな映画、とくに1930年代から60年代ぐらいまでの草創期から発展期、成熟期の映画を見るといいと思います。
映画は、ギリシャ悲劇からシェークスピアへと受け継がれ、大きな体系を成したドラマトゥルギーを基礎として、より多くの人に観てもらうために、平均2時間という枠の中にドラマを凝縮し、研ぎ澄ましてきました。もちろん小説を書くのであれば、多くの小説を読むべきではありますが、名作小説の良さは、複雑な心理や意識のこまかい表現であったり、入り組んだ人物やプロットの語りから浮かび上がる哲学的なテーマであったり、作者の随筆的な語りとか、すぐれた情景描写、風俗描写、人物描写であったりします。
集中的に物語の型やリズムをつかむには、古典とされる映画が適しているでしょう。加えて、小説や戯曲もクラシックな作品を選んで学びつづけてゆけば、やがて自分の中に自然と型ができてきます。その型があれば強いです。今、60代、70代の小説家が若い世代に比べてずっと旺盛に活躍できているのは、時代的に考えて、きっと若い頃に玉石混淆、ともかく名作もB級C級もかまわず映画を山ほど見ていたからだと思います。
物語の型をきちんと身につける前に表現しようとすると、センスで書かざるを得ない。すぐれた才能は、センスの良さで、これまでにないすばらしい作品を世に送り出すでしょう。一作は。あるいは二、三作までは。でも型を持たないセンスは、じきに飽きられる。いや、まず自分が飽きてしまう。すぐれた才能ゆえに、自分のセンスが何回も同じことを繰り返すことには耐えられなくなる。だからといっていまさら型の勉強をするのもばからしくなって、途中で破綻することになるでしょう。
天才のきらめきを一作か二作かに残して、流星のごとく消える生き方にも憧れはしますが、天才ではないと自覚している人や、長く表現の仕事を続けたいと思っている人は、センスに頼らない道を地道に進むしかありません。
二、先生を見つけてください。自分なりの師です。例えば私は、石川淳先生と木下順二先生に私淑しています。お二人にはお会いすることは叶いませんでしたが、残された作品や表現に対する姿勢から、範として、勝手に先生と呼んでいます。すると、ちょっといいものが書けたからといってうかれなくなります。高みを目指すならそれなりのレベルの、一生頭の上がらない先生を見つけて、仰ぎ、導き手としてください。
三、自分だけの得意なものを作るなり育てるなりしてほしい。これは譲れないというもの、ほかの作家よりも、私はこれが得意だと誇れるものを見いだして、育てていくといいです。それをどんどん研ぎ澄ませてゆけば、あなたの個性となり、替えのきかない作家にもなってゆけるでしょう。表現上のことでなくても、学術的な知識やユニークな趣味のことでもいい。本当に詳しいならデビュー後に、編集者に話してごらんなさい。きっと「すごく詳しいですね。面白いから、それを題材に書きませんか」ってなりますから。
四、本を自分のお金で買ってください。月3000円ぐらいでいい。なぜかといえば、自分が本を書いたときに、その本を例えば1800円で買ってもらうということが、どれほど大変なことかわかるでしょう。読者はほかのいろんな楽しみを削り、ほかの作家の本ではなく、あえてあなたの本を選んでくれるのです。そのことをこれからの書き手は強く弁えることが必要です。いろいろなことを犠牲にして買ってもらうのだから、それだけの価値あるものを自分の作品に書き込まなくてはいけない。この世界には、パッと書いて、パッと売れることもあるにはありますが、ずっと続けていくには、その覚悟と、ある種の痛みを自分に課すことが必要です。図書館で借りてばかりではペインレスです(笑)。
今、本は読まれなくなってきていると言われますが、物語は決して消えません。なぜかというと、あらゆる人間が、物語に依存して生きているからです。
愛の物語に幾つもふれて、様々な愛のヴァリエーションを我々は理解する。ヒーローと悪の対決の物語によって、道徳や正義を学び、冒険物語やスポ根ものを通して、友情や助け合いの美しさ、あきらめないことの貴さを感じとってゆく。
けれどあえて物語を読んだり見たりしなくても、我々の周囲の世界が、物語が伝えてきた価値観によって満ちている。人生や社会の基礎を成している宗教や言い伝えが、そもそも物語であるからです。むろんときにはこの古い言い伝えや教えによって、土地の奪い合いやテロが起きることもある。愛なるものの幻想をめぐって、殺人や暴力が生じ、ヒーローの一方的正義感の押しつけが、差別を生み、悲劇を拡大している現実もある。ともあれ、人間は物語によって多大な影響を受けつづけてきた存在であり、この影響は決して人間が生きている限り消えることはありません。
あなたの作る新しい物語が、この世界によき影響を与える可能性があることを忘れずにいてもらえたらと思います。
これからも物語を愛していってください。どうもありがとうございました。
(2018年5月29日、神楽坂la kaguにて)
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ペインレス 上巻
天童 荒太/著
2018/4/20
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ペインレス 下巻
天童 荒太/著
2018/4/20
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天童荒太
1960年、愛媛県松山市生まれ。1986年『白の家族』で野性時代新人文学賞を受賞して文壇デビュー。1993年『孤独の歌声』で日本推理サスペンス大賞優秀作、1996年『家族狩り』で山本周五郎賞、2000年『永遠の仔』で日本推理作家協会賞、また2009年『悼む人』で直木賞を受賞、2013年に『歓喜の仔』で毎日出版文化賞を受賞した。人間の最深部をえぐるそのテーマ性に於て、わが国を代表する作家である。ほかに『包帯クラブ』『あふれた愛』『ムーンナイト・ダイバー』等、著書多数。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
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