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「Q&A的 小説作法講義 ――『孤独の歌声』から『永遠の仔』『悼む人』、最新作『ペインレス』まで」

(前回はこちら

学びと各芸術の役割

 映画、演劇の世界を若い頃に経験して、小説を書くようになったわけですが、そのあたりの事情を知っている方から各表現の違いについての質問がありました。こまかいことを語れば幾つもあるのですが、おおまかに言って、まず映画や演劇は、人間や世界を外からしか表せません。心の奥とか意識の流れとか、とうてい形にならない無意識の働きにまで入っていって表現できるのは小説だけです。
 映画や演劇も、もちろん人間の感情を表せますが、台詞と行動の積み重ねで伝えるので、複雑な感情や、入り組んだ心理の綾まで扱うことは難しい。
 扱う場合も、嫌いと口では言っているが心では好き、とか。愛が結ばれる喜劇や死に至る悲劇へと、終着点を予感させつつ、感情の揺らぎを観せる、といった、わりとシンプルな、伝わりやすい表現をとります。

 そして小説は人物がじっとしていても、なんら目立たない日常生活をしていても、精神の激しい働きによって読者をひきつけますが、映画や舞台、ドラマもそうですが、人物が活発に動かなければ話が動かないし、人物同士の衝突によってストーリーが展開し、感情が表にあらわれます。これらが2時間とか3時間とかの限られた時間内で処理されなければならないので、内面表現をするのは不自由なことが多いですね。
 また、宇宙や古代を舞台に映画を撮るのはかなりの予算が必要だけれども、小説なら簡単に表現できる。活字で2064年の火星基地では、とか、いままさに大坂城落城のとき、とか表現すれば読者はそれとして受け入れてくれるので、その点ではとても自由だと思います。

 一方で、視覚および聴覚に対する刺激という強みを、映像や舞台は持っている。その時間、観客を夢見させ、驚かせ、ハラハラドキドキ感情移入させて、感動へと導く。ことに映画はクローズアップという、人物の顔の大写しが一番の強みと言っていい。スターの笑顔や涙で観客を一瞬にして魅了し、その表情だけで多くの言葉を超えた感動を伝え得る。また、スペクタクルな情景やアクションも映像だからこその力です。なので映画は、基本的には約2時間という枠の中で、わかりやすい人物像と時代背景を設定し、わりとシンプルな物語を展開して、マスを対象に多くの人と共有しうる喜びや怒りや感動を伝えるのに適した表現です。
 それに対して、演劇の一番の魅力は、役者と同じ空間にいて、生の姿を見て、生の声を聴くという、臨場感、空気感です。本当の俳優の良さを感じさせるのは、映画ではなくて演劇です。映画のクローズアップや巧みな編集によるごまかしが効きませんから。そして、物語の構造が一番よく表れるのも、クラシックな演劇だと思います。

 私は演劇を学んだこともあって、演劇の長所を小説によく利用します。舞台という空間があって、複数の人物がぶつかり合ったときに、事件が起きたり深化したり秘密が明らかになったりカタストロフが生じたりするのが演劇なんですね。これを活字において生かせると、展開を人物同士の意思や感情に委ねられて、小説がある種、別な次元を持ち得るので、私の一つの個性として演劇で学んだことをよく生かしています。

 自分の小説は、映画やドラマや舞台にもなってますけれども、映画や舞台になりにくい小説ばかりだと思います。もともと映画になりやすい構造を持っているのは、『包帯クラブ』ぐらいじゃないでしょうか。あとは、視点を有する人物の多さや、時間の枠からいっても難しいものばかりなので、映像化、舞台化してくださった方々の勇気と表現力にはリスペクトしかありません。わかりやすい映画や舞台が主流になっている中で冒険的なことだと思うので、彼らの創作意欲を刺激できたことが自分にとっても誇りです。

作家の姿勢と生活

 作家には朝型の人と、夜型の人がいますが、私は朝型というか昼型です。それはどちらでもいいのですが、大事なのは、毎日変わらない心身の状態で机に向かい続けることです。同じレベルで表現を続けることでしか、一定した質の作品を形にしてゆくことはできません。勢いに乗って多くの枚数が書けたときと、気乗りせずに義務的に仕上げたときなど、波があると、その波が作品にそのまま出てしまうので、毎日自分の現在の能力の100が出せるようにコンディションを整えて、集中力を高めていかなければなりません。
 集中力を高めるには、その人それぞれの方法があると思うし、なければ見つけてゆくことです。私は指をとにかく動かします。人間の脳と指はすごく直結しているので、「ああ、今日はだるいな」と思ったときでも、指を動かして、アイウエオでも何でもいいんですけど、キーボードを打っていると、だんだん脳が働いてきて集中力が出てきます。そうやって、自分の能力を100になるところまで持っていって、その100を、もちろん長時間は持たないので、1時間半とか2時間を1セットにして、その日その日のスケジュールに合わせて1~4セット程度を毎日365日続けていくわけです。

 だから、作品の中に入ってしまったら、原則としてお酒を飲むとか旅行するとか、息抜きのようなことはなくなりますけども、逆に息抜きが必要なくなるというのか、つまり、いい表現ができたときが最高の時間なので、書くのをやめてしまうことのほうがつらい。

 いただいた質問の一つに、「ショックを受けたときや怒りを感じたときは、どのように乗り越えるのか」というものがありました。どんなことにしろ、乗り越える感じではないですね。ショックや怒りを引き起こす出来事は、人間生きていれば当然生じることですし、事によってはひどく落ち込むし、つらいんですけど、一つ思うのは、変えられるのは自分だけだっていうことです。いくら世の中がおかしいと言ったって、個人が時代の大きな流れを変えられるわけではない。ひどい上司や仕事相手がいても、その人のことは変えられない。でも、自分は変えられる。自分の考え方、事や人への対処の仕方、仕事に対するスタンス、人間関係における態度や距離感などなど…自分に変化を求める余地は幾らでもある。イライラいやな気分に沈んだりするよりは、「笑って長生きしてるほうが結局は勝ちだから」と家族や友人たちと気持ちのよい時間を過ごすとか、「今に見てろ」と、控えていた新しい仕事や習い事にチャレンジするというように、考え方を変えたり、ポジティブな行動をとったりしたほうが、きっと楽しいし、意味があるでしょう。

 日常生活で心がけていることは、生活が1番、仕事が2番ということです。生活がきちんと整って、自分はもちろん家族や親しい人が健やかでないと、毎日同じ態度では書き続けられないですから。

 私自身人生において小さな傷は無数に受けているけれど、人生観が根底から揺さぶられるような、何か特別大きなトラウマがあったりするわけではありません。それでも少年時代から物語を浴びるように見たり読んだりして、何がこんなに面白いんだろう、自分は何により感動するんだろう、と考え続けていくうちに、表現の志向性も見えてきました。まだ創作者を目指す以前のローティーンの頃から、メインストリートから外れている人にシンパシーを感じていたのだけれど、さあ表現しようと志して以降も、深く考える前に自然とマイノリティな立場の人物を中心に考え、主流から外れているからこそ見えてくるテーマを語ろうとしていることに気づいたのです。なぜかはわからないけど、そういう自分の心の傾きがある。結果として『家族狩り』や『永遠の仔』が評価され、多くの読者からお便りを頂いた。その読者からの反響で軸足が定まり、自分の志向性に、より意識的であろうと思いました。

 そのことで自分はメインストリートの売れる表現者にはならないかもしれない。でも、自分の心の傾きと、そこに期待をしてくれる読者が存在するのならば、一生懸命突き詰めてみたい。なぜこの人はそんなつらい思いをしてるんだろう、なぜこの人は諦めざるを得ないんだろうと、マイノリティな立場に立たされている人々のことを考え、その人たちの視点で見つめていくと、この社会や世界のあり方に対する問題点や人間の本質が見えてくる。それを物語にして伝え続けていければ、ということになります。

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ペインレス 上巻
天童 荒太/著
2018/4/20

ペインレス 下巻
天童 荒太/著
2018/4/20

天童荒太

1960年、愛媛県松山市生まれ。1986年『白の家族』で野性時代新人文学賞を受賞して文壇デビュー。1993年『孤独の歌声』で日本推理サスペンス大賞優秀作、1996年『家族狩り』で山本周五郎賞、2000年『永遠の仔』で日本推理作家協会賞、また2009年『悼む人』で直木賞を受賞、2013年に『歓喜の仔』で毎日出版文化賞を受賞した。人間の最深部をえぐるそのテーマ性に於て、わが国を代表する作家である。ほかに『包帯クラブ』『あふれた愛』『ムーンナイト・ダイバー』等、著書多数。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

天童荒太

1960年、愛媛県松山市生まれ。1986年『白の家族』で野性時代新人文学賞を受賞して文壇デビュー。1993年『孤独の歌声』で日本推理サスペンス大賞優秀作、1996年『家族狩り』で山本周五郎賞、2000年『永遠の仔』で日本推理作家協会賞、また2009年『悼む人』で直木賞を受賞、2013年に『歓喜の仔』で毎日出版文化賞を受賞した。人間の最深部をえぐるそのテーマ性に於て、わが国を代表する作家である。ほかに『包帯クラブ』『あふれた愛』『ムーンナイト・ダイバー』等、著書多数。

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