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東京近郊 スペクタクルさんぽ

2018年5月8日

東京近郊 スペクタクルさんぽ

はじめに――散歩の危機

著者: 宮田珠己

はじめに——散歩の危機

 ドーンと散歩しようじゃないか、ドーンと。
 と思ったのである。
 テレビや雑誌なんかを見ると、最近の散歩は、路地を歩いてマニアックな喫茶店を訪ねたり、奇妙な看板を発見したり、ちょっと変わったグルメを探し当てたり、古い建物を見てしみじみ味わうというような「しみじみ」方面に重きが置かれていて、まあ、散歩なんて本来そういうものかもしれないが、なんだか飽きてきたのである。
 そうじゃなくて、出会いがしらに、えええっ! と声をあげてひっくり返るぐらい、そのぐらいびっくりするような散歩はできないものか。

 そう考えたとき、思うのは東京の限界についてである。
 ひょっとするとこれは、東京に飽きたということではないだろうか。
 私が東京にやってきたのは今から30年近く前のことだ。就職したらたまたま東京勤務を命じられて上京したのだった。
 東京で一旗あげようというような野心はまったくなく、むしろそんなスカした街には行きたくないぐらいの気持ちだったが、かといってどうしてもイヤというほどでもなく、つまりはただ状況に流され、押し出される心太ところてんのように、自動的に移り住んだのである。
 最初に住んだのは調布駅近くにあった会社の寮で、引っ越して早々屋上にあがって周囲を見晴らしてみたところ、驚くべきことを発見した。

 ……山がない。

 どこまでも見わたす限り街が広がって、その先に当然あるべき山が見えなかった。
 そういうのあり?
 それまで私は山の見えない街に住んだことなどなく、どこにいても山はあって当たり前のものだった。それは人間に頭があるのと同じぐらい当然なことと思っていた。
 それがないという。
 山がなければ、当然山の向こう側もなく、どこまで行ってもこっち側である。平坦だからどこまでも自由に歩いて行けそうなものの、山の向こう側を想像できないのは、かえって閉じ込められているみたいで息が詰まるではないか。
 なんという恐ろしい場所に来てしまったのか。こんなのはまともな人間の住む場所ではない。
 それが私にとっての東京の第一印象である。
 おそらく条件のいい日なら、調布の寮の屋上からも西の方角に高尾山だの丹沢の山々が見えたのかもしれない。だが、その日の薄ら曇った空に山はなく、そのときの強い衝撃と落胆の気持ちは、今も忘れられない。
 地図で見れば、この無節操なぺったんこさがつまり関東平野ということであった。
 これほど起伏の乏しい地面は、あの広大な北海道にもない。あるとすれば国外、オーストラリアの真ん中らへんとか、サハラ砂漠とか、あとはたぶん冥王星とかだろう。
 その結果、東京で散歩しようとすると、平地ばかりなのでどうしても街歩きが中心になるわけなのだ。そうなるとグルメやショッピングを除けば、古い建物とか変な看板とか児童公園の遊具とか、他県では全然珍しくないレベルの坂道とか、そんなものを見るよりほかなくなってしまうのである。
 ショボいぞ、東京。
 その後なんだかんだ言いつつも長く東京に住むことになって、まあ、そういうショボいものの味わいが楽しめるようになったと言えばたしかにそうなのだが、それは東京による洗脳だったとも言える。
 一方、高低差は乏しくても、人情があるじゃないか、と言う人があるかもしれない。
 んー、人情……。
 そんなのはどこの街にだってある。

 旅や散歩で大切なのは、人情ではない。
 スペクタクルだ。
 
 とニーチェも言っている。……仮に言ってないとしても、言いたかったはずだ。ニーチェじゃなければ、きっとゲーテが言いたかっただろう。
 今こそスペクタクルな散歩が求められている。そのことがはっきりした。誰にということはないが、強く求められている。
 よおし。行くぞ行くぞ。今こそ納得のいく真の散歩に。
 調べてみると、東京近郊にも驚きのスポットはないわけではないようだった。探せばちゃんとあるのである。
 そういうわけで、さっそくスペクタクルさんぽを始めることにする。


 

東京近郊スペクタクルさんぽ

宮田 珠己/著
2018/4/26

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

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