2021年2月12日
本を読んだぐらいで人生は変わるのか
著者: 山本芳久
「20歳のときにこの書物に出会わなかったならば、筆者の人生観や世界観は全く異なるものになっていた」――東京大学で哲学を教える山本芳久さんは、新著でこのように述懐しています。しかも、その書物とは、中世哲学の最高峰とされる大著『神学大全』。本当にそんな昔の哲学書を読んだぐらいで人生は変わるものなのでしょうか。山本さんの新刊『世界は善に満ちている トマス・アクィナス哲学講義』の「まえがき」を掲載します。
読書が人生に与える変化
一冊の書物を読んで人生が変わる。本当にそんなことがあるだろうか。どんな書物を読んだって、ものの見方はほんの少し変わるだけであって、苦しみや悲しみや不安に満ちた人生には何の変化も生じないのではないか。
どんなに優れた書物であっても、人間をいきなり180度変えたりはしない。変化を生じさせるとしても、ほんの少しの変化に過ぎないだろう。
だが、ある時にある書物に出会い、その「ほんの少しの変化」が生じるか否かが、人生全体で見れば、決定的な違いをもたらすものになることもある。
砂漠を歩いている人の歩む方向がほんの少しずれるだけで、その人はオアシスにたどり着くことができず、息絶えてしまうかもしれない。他方、ほんの少しの方向修正が生命を救うこともある。
ものを見る角度が少し変わるだけで、見える風景はガラリと変わってくる。その意味では、ほんの少しであってもものの見方に決定的な変化を生んでくれる書物との出会いは、人生にとって極めて重要だ。
『神学大全』との出会い
筆者にとって最も決定的であったのは、中世ヨーロッパの哲学者トマス・アクィナスの『神学大全』との出会いだ。20歳のときにこの書物に出会わなかったならば、筆者の人生観や世界観は全く異なるものになっていたであろうし、哲学研究者という職業を選んではおらず、書物を書いたりもしていなかったかもしれない。
トマス・アクィナス(1225年頃 - 1274年)
中世ヨーロッパを代表する神学者・哲学者。古代ギリシアの「異教徒」であるアリストテレスらが生み出した哲学を、キリスト教神学のうちに統合し、新たな知の地平を切り拓いた。主著『神学大全』は中世哲学の最高峰とされ、世界史の教科書にも必ず出てくるが、授業でその内容に触れられることはほとんどない「読まれざる名著」。
筆者のものの見方に決定的な変化を与え、生きる糧と張り合いを与え続けてくれているトマスの哲学について、少しでも多くの方にそのエッセンスをお伝えしたいと思い、筆者はこれまで一般向けの書物を2冊著してきた。『トマス・アクィナス 肯定の哲学』(慶應義塾大学出版会、2014年)と『トマス・アクィナス 理性と神秘』(岩波新書、2017年)である。
幸いにして、どちらの書物も多くの読者に恵まれ、好意的な反応を耳にする機会もしばしばであった。だが、同時に、かなり身近な人からも、「哲学書を読み慣れない自分にとっては難解で読み通すことができなかった」という感想を受け取り、残念な思いをすることもあった。
そのため、今回の書物では、「哲学者」と「学生」との対話という形式を採用し、「学生」の質問に「哲学者」が懇切丁寧に答えるという仕方で執筆を進めてみた。哲学書を読み慣れない読者でも読み進めていきやすいようにとの工夫である。
この世界を肯定できるか
この形式を採用してみて驚いたのは、これまでに出した2冊の一般書よりも分かりやすく書くことができたのみではなく、「学生」の質問に誘発される仕方で、「哲学者」の口から、筆者である私自身も思いがけなかったような思考が実に豊かに導き出されてきたことである。その結果、トマスの思想のエッセンスに、これまでにない新たな角度から光を当てることができた。そのエッセンスを一言で表現したのが、「世界は善に満ちている」という本書のタイトルである。
このタイトルを見ると、「そんなわけはないだろう」と反発を覚える人が多いかもしれない。この世界に満ちている「悪」や「悲惨」、人生と不可分とも言える「苦しみ」「悲しみ」「虚しさ」、そうしたものに目をつぶった脳天気なタイトルだと思う人もいるだろう。
だが、本書は、むしろそのような人にこそ読んでいただきたいと思っている。すべての感情の根底に「愛」があるというトマスの感情論、そして、その背後にある「善」についての捉え方。本書を通じてそうした発想に触れていただいても、読者の人生がいきなり変わったりすることはないだろう。だが、「ほんの少しの変化」は起こりうるのではないか。そして、その「ほんの少しの変化」が、一人ひとりの読者の人生全体を肯定的な方向に導いていくための一助となればと強く願っている。
(つづきは本書でお楽しみください)
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山本芳久『世界は善に満ちている――トマス・アクィナス哲学講義』
2021/01/27
「感情をありのままに深く受けとめよ」――究極の幸福論。
怒り、悲しみ、憎しみ、恐れ、絶望……どんなネガティブな感情も、論理で丁寧に解きほぐすと、その根源には「愛」が見いだせる。不安で包まれているように思える世界も、理性の光を通して見ると、「善」が満ちあふれている。中世哲学の最高峰『神学大全』の「感情論」を、学生と教師の対話形式でわかりやすく解説し、自己と世界を共に肯定して生きる道を示す。
公式HPはこちら。
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山本芳久
1973年、神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。千葉大学文学部准教授、アメリカ・カトリック大学客員研究員などを経て、現職。専門は哲学・倫理学(西洋中世哲学・イスラーム哲学)、キリスト教学。主な著書に『トマス・アクィナスにおける人格の存在論』(知泉書館)、『トマス・アクィナス 肯定の哲学』(慶應義塾大学出版会)、『トマス・アクィナス 理性と神秘』(岩波新書、サントリー学芸賞受賞)、『キリスト教講義』(若松英輔との共著、文藝春秋)など。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
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