2023年4月13日
目的に抗する<自由>
著者: 國分功一郎
國分功一郎さんの新刊『目的への抵抗 シリーズ哲学講話』が2023年4月17日に発売されます。コロナ危機以降の世界に対して覚えた違和感の正体に迫るもので、東京大学で行われた学生向けの「講演」をベースにしています。現代社会における哲学の役割を問い直す、20万部突破のベストセラー『暇と退屈の倫理学』(新潮文庫)の議論をより深化させた、続編的な意味合いをも帯びた一書です。
はたして、タイトル「目的への抵抗」に込められた意図とは?
<目的>と<自由>は、どのような関係にあるものなのか――。
本書発売を記念して、「はじめに――目的に抗する<自由>」を公開いたします。
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國分功一郎『目的への抵抗―シリーズ哲学講話―』
2023/4/17
公式HPはこちら。
はじめに――目的に抗する<自由>
自由は目的に抵抗する。自由は目的を拒み、目的を逃れ、目的を超える。人間が自由であるための重要な要素の一つは、人間が目的に縛られないことであり、目的に抗するところにこそ人間の自由がある。
本書に描かれているのはこの暫定的な結論へと辿り着く過程である。しかし、このように結論が最初に書いてあっても、読者はそれを読んだだけでは納得できないに違いない。哲学の書物には序文を書くことができない、すなわち、結論へと辿り着く過程を経験することで初めて結論の意味するところが理解できるのであって、序文が全体の見取り図や結論を先取りして提示していてもそれは読者のいかなる理解にも資することはないというしばしば取り上げられる格言のような教えは確かに本書にも適用できるのだろうが、ここでは事態はより単純である。
私たちは目的なる語なしでは何かを考えることができなくなっている。目的の概念なしでは仕事をすることもできないだろう。もしかしたら生活もできないかもしれない。目的はそれほどまでに深く私たちの心身に入り込んでいる。いや、そもそも、これらの指摘すら意味不明の言葉として受け止められてしまうかもしれない。目的なるものをそれ自体として検討の対象に取り上げるという所作そのものが、それを耳にした人に、全く理解できない外国語を聞いた時のような反応を引き起こすのではなかろうか。
実際、私自身がそのような反応をしていた一人であった。だから、まだ覚えているのである、目的の概念そのものを批判的に検討するという目論見が人に引き起こしかねない感覚を。「覚えている」と書いたのは、もはや私がこの目論見に対してそのような反応をしなくなったからに他ならない。これは、本書を作り上げていく過程で私自身にちょっとした変化が起こったことを意味している。つまり私はちょっとした経験をしたのであり、それによって同じ事柄――すなわち目的の概念の批判的検討――に対して異なった反応をするようになったのだ。
これは私自身が、本書によって批判的に検討されている社会的傾向にどっぷりと浸かっていたことを意味している。目的の概念の批判的な検討は、私が専門としている哲学の領域では頻繁に行われていた。だから私はそうした試みがあることはよく知っていた。しかし、その意味を全く理解できないでいた。目的の概念を問いただす……。そんな試みを耳にするたび、私はまさしく、全く理解できない外国語を聞いた時のような反応を繰り返していた。
この試みが私にとって近しいものとなり、次いで私の真剣な考察の対象となったのは、コロナ危機下の社会のあり方に対する違和感をなんとか言葉にしようと試み始めてからのことである。自分の中にあったモヤモヤとしたものを言葉にしていく過程で、私は、目的の概念が批判的に検討されねばならないと考えた哲学者たちがいたのはなぜだったのかをやっと理解した。そしてその試みが自由と強く結びついていることもやっと理解した。
もしかしたら私は哲学が当然と捉えているものからあまりにも遠いところに、あるいは、現代の常識が当然と捉えているもののど真ん中にいたのかもしれないが、とにかく私は自分が位置していた地点を自分で把握できたのだから、本書を作り上げていく過程には大きな意味があったのである。それを読者の皆さんとも共有したいと思ったのが、この本を出版しようと思った一つの理由である。
本書の出発点にあるのは口頭で行われた二つの発表である。
一つは、東京大学教養学部主催「東大TV――高校生と大学生のための金曜特別講座」において私が2020年10月2日に行った講義(「新型コロナウイルス感染症対策から考える行政権力の問題」。オンライン開催)。もう一つは、私が2022年8月1日に自主的に開催した「学期末特別講話」と題する特別授業(「不要不急と民主主義」。対面開催)。どちらもコロナ危機を主題としている。そして両者を隔てる2年間は、ちょうど、コロナ危機が最も強く社会を揺さぶった時期に当たる。これら二つを収めた本書は、したがって、私がコロナ危機の訪れとともに考え始めたこと、そしてそれを突き詰めていった挙げ句に考え至ったことの記録になっている。
そこで考えられた諸々の論点は私の中でなおも検討の対象となっているから、ここに収められているのは現在進行形の思考の現状報告である。それゆえ、ほぼ確立された命題のようなものを提示するというよりは、仮説を提示するという性格が強い書物になった。また学生向きの発表であったから、かなり砕けた口調で語っている。
自分でも驚きであったのは、もう10年以上も前に出版した『暇と退屈の倫理学』(新潮文庫、2022年。最初の出版は2011年に朝日出版社から)での考察が再び新しい装いをもって私の前に現れてきたことであった。その結果、私は同書における考察が政治という領域においてもつ意味について考え、その敷衍を試みることになった。本書はその意味で、『暇と退屈の倫理学』の続編としての性格を持っている。
本書が、読者の皆さんが自分でものを考えるにあたり気軽に手に取ることのできる材料の一つとなることを願っている。
2023年1月
國分功一郎
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國分功一郎『目的への抵抗―シリーズ哲学講話―』
2023/4/17
公式HPはこちら。
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國分功一郎
1974年千葉県生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、東京大学大学院総合文化研究科修士課程に入学。博士(学術)。専攻は哲学。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。2017年、『中動態の世界――意志と責任の考古学』(医学書院)で、第16回小林秀雄賞を受賞。主な著書に『暇と退屈の倫理学』(新潮文庫)、『来るべき民主主義 小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題』(幻冬舎新書)、『近代政治哲学 自然・主権・行政』 (ちくま新書)、『スピノザ 読む人の肖像』(岩波新書)など。最新刊は『目的への抵抗 シリーズ哲学講話』(新潮新書)。
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はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
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