2018年10月30日
みうらじゅん『マイ仏教』試し読み
著者: みうらじゅん
人生は苦。世の中は諸行無常。でも、「そこがいいんじゃない!」と唱えれば、きっと明るい未来が見えてくる。住職を夢見ていた仏像少年時代、青春という名の「荒行」、大人になって再燃した仏像ブーム。辛いときや苦しいとき、いつもそこには仏教があった。グッとくる仏像、煩悩まみれの自分と付き合う方法、地獄ブームと後ろメタファー、ご機嫌な菩薩行……。その意外な魅力や面白さを伝える、M・J流仏教入門。
まえがき
人生で大切なことはすべて仏教が教えてくれた
あれは小学六年生のときのことでした。
私は門前のみやげ物屋で親に買ってもらった仏像を床に落としてしまいました。大切にしていた薄焼きの瀬戸物だった仏像は、粉々に砕け散りました……。
バラバラの欠片となった「仏像だったもの」を見た瞬間、私の頭にひとつの言葉が浮かびました。
諸行無常――。
仏の形を模し、その教えの詰まった仏像とて粉々になる。
小学生のときにその破片を拾いながらそんなことを思いました。
子どものときの私の夢は、少し変わっていて、お坊さんになること。そして自分のお寺である「マイ寺院」を持ち、毎日、大好きな仏像を拝むことでした。
むろんその夢は、大人になった今でも実現していません。今の私は一体、何者なんでしょう? イラスト以外にもエッセイや小説も書いていますし、テレビに出ることもあります。世間一般には「本職がよくわからない」というのが、大方のイメージではないでしょうか。私自身は「一人電通」と称して、マイブームの赴くままにいろいろなことをしている人生であります。
はたして私のような人間が仏教を語っていいのか。
それはとても不遜なことではないか。
こうして一冊にまとめた後でも、そうした疑問は頭の中にあります。
ただし、「マイブーム」と称してこれまでも様々なモノにあれこれと夢中になってきた私ですが、子どもの頃から一貫してブームであり続けているものが、仏教なのです。
詳しくは本書に書きましたが、子どもの頃に親しんだ仏像、そこから学んだ仏教の教えというものが、常に私の考え方の基本となりました。
人生で大切なことはすべて仏教が教えてくれた、と言っても過言ではありません。
将来の夢は住職
少年時代に仏像と出会ったことがそう思うきっかけでした。当時、夢中になって地元の京都や奈良の仏像を見て回り、将来は自分も「お寺を持ちたい、仏像を持ちたい」と願うようになりました。今や当たり前のように「仏像ブーム」という言葉が使われますが、数十年早い「仏像ブーム」到来でした。
そんな少年時代の夢をこじらせて、中学と高校は、京都にある浄土宗系の学校に入学しました。いわば、お坊さんへのエリートコースを進もうと思っていたのですが、そこでロックやアートと出会うことで、将来の夢は微妙に軌道修正されていきました。
しかし大人になってから、封印していたはずの仏像ブームが再びやってきました。親友のいとうせいこうさんと全国各地の仏像を見て回り、それを『見仏記』(中央公論新社、後に角川文庫)という本にまとめました。いとうさんとはお互いに「仏友」と称して、今でもあちこちお寺に出向いては「見仏」を続けています。
二〇〇八年には『アウトドア般若心経』(幻冬舎)という本も出版しました。これは、家を出て(アウトドア、出家)、般若心経に出てくる二百七十八文字(タイトル含む)を、全国各地の看板や標識から探して一文字ずつ撮影する、という新しい意味での「写経」をした本です。
般若心経に出てくる言葉を探して、全国を歩く。たった一文字を撮影するために、苦手な飛行機に乗って、遠くまで出向いたこともあります。一文字撮影して、また東京にトンボ返り。
俺は一体、何をやっているんだろう――。
そう思ったのも、一度や二度ではありません。結局出版まで五年以上かかり、辛い修行の日々でした。
幸いなことに、「よくがんばったね」「面白かった。感動した」と言ってくれた方も少なからずいらっしゃいました。
ま、当然のことながら、「あんなもん写経やない」「邪道」などと、ごもっともなお叱りを受けたこともありました。
小さい頃から好きで、登下校時にずっと口ずさんでいた般若心経。私なりにその二百七十八文字と向き合い、何とかそこにある考えや思想を学ぼうと、全国各地にその文字を探すという、数年がかりの「修行」だったのですが、やはり、まじめに修行されているお坊さんからしたら、「あいつのやっていることは邪道だ」ということになってしまうのでしょう。
怒られたのはこのときばかりではありません。
『見仏記』でも、「京都の三十三間堂の千体仏は『ウィー・アー・ザ・ワールド』状態」「この千手観音像は『伝来ミス』だね」「四天王に踏まれる邪鬼はM男」「法隆寺の百済観音像は、ボディコン・ギャルのルーツ」など、思いつくままに言っていたら、あちこちのお寺さんから「仏像を何だと思っているのか!」とお叱りを受けました。
以来、仏教についてあまり勝手なことを言うと怒られる、と怖くなったというのが正直なところであります。
タイム・ハズ・チェンジ
けれど、時代が変わったのでしょうか。
最近になって、こんな私の仏像や仏教の見方を、あながち間違いではない、面白いと評価してくれる、お坊さんやお寺さんも出てきたのです。
延べ百万人以上のファンを集めた、奈良・興福寺の阿修羅像展が、二〇〇九年に東京国立博物館と九州国立博物館で開かれたのは、みなさまのご記憶にも新しいところだと思います。
その阿修羅像のファンクラブ会長に、この私が任命されました。
阿修羅ファンクラブには五つの会則があります。
一、阿修羅を深く愛すべし
一、阿修羅を1300年護り続ける興福寺を篤く敬うべし
一、特製会員証を常に携帯すべし
一、会員を見つけたら声をかけ、阿修羅を語るべし
一、会員の輪を広げるよう努力すべし
この五つの会則をきちんと守ることができたかどうかは、甚だ心許ないですが、小さい頃から好きだった阿修羅像のファンクラブ会長に任命されたことは、大変光栄で嬉しいことでした。
さらに、阿修羅ファンクラブの公式テーマソング「愛の偶像(ラブ・アイドル)」を、アルフィーの高見沢俊彦さんと作りました。
歌詞のさわりだけ紹介します。
「偶然と必然の出会いと別れ くり返す 川の流れ 諸行無常 Oh、阿修羅 Oh、阿修羅」と、阿修羅様をはじめ仏様への愛を綴った詞であります。
また、お寺さんや宗門の大学で「仏像や仏教について語ってください」とご依頼をいただくことも増えました。「いえいえ、私なんかとんでもないことです」と断ろうとしたこともありましたが、「みうらさんなりの仏教論で構いません。何も難しい教義の話をしてほしいということではありませんから。若いお坊さんに、新鮮な仏教論をお話ください」と言われ、ありがたくお引き受けさせていただきました。
今まで好き勝手言って怒られていたのと比べて、それは嬉しいことでしたが、そう思う反面、「『仏壇(仏教界)』も人材不足なのではないだろうか」と失礼ながら思うこともありました。
時代が変わった、と申し上げましたが、それは良いことがばかりではないようです。
今、日本の仏教が危機的な状況にあるということも、私のような者の耳にも入ってきます。少子高齢化によって檀家が減少し、地方のお寺が疲弊しているとか、長く日本の仏教を支えていた「葬式仏教」にもかげりが見えて、葬儀における仏教離れが進んでいるとか、あまり良い話は聞こえてきません。
私のような人間がはたして仏教を語っていいのか――。
冒頭でそう述べましたが、今でもそのような疑問を払拭することはできません。
けれど、自分なりの言わば「マイ仏教」をお話することで、今までとは違ったアングルで、仏教に興味を持つ人もいるかもしれない、それで少しでも裾野が広がれば本望であると、思うようになりました。
どの世界でも、好きになる「入り口」はどのようなものであっても構わないと思います。仏教に恩返し、なんていうと、またも叱られてしまいそうですが、古くからの「仏教ファンクラブ」の一人として、その魅力や楽しみ方、仏教から学ぶ生き方について私なりにお話をしていきたいと思います。
(続きは本書で)
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みうらじゅん
1958(昭和33)年京都府生れ。イラストレーターなど。武蔵野美術大学在学中に漫画家デビュー。1997(平成9)年「マイブーム」で新語・流行語大賞、2004年度日本映画批評家大賞功労賞を受賞。著書に『アイデン&ティティ』『青春ノイローゼ』『色即ぜねれいしょん』『アウトドア般若心経』『十五歳』『マイ仏教』『セックス・ドリンク・ロックンロール!』『キャラ立ち民俗学』など多数。共著に『見仏記』シリーズ、『D.T.』などがある。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
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