DAY 1 息ができない

 歩いているだけで息が切れてしまい、愛犬ハリーの散歩に行くことが出来なくなって三日目。強い疲労感をどうすることもできない。時間外ではあったけれども、近所の大きめの病院に駆け込む。胸部レントゲンを撮影し、心電図を取った。「これは心臓ですね。今日は薬を出しておきますが、明日、必ず大きな病院に行ってください。紹介状も書いておきます」

DAY 2 車椅子

 夫が会社を休んだ。子どもたちを学校に送り出し、近所のママ友に「たぶん入院になるから」と言い残して病院に向かう。ハリーを一匹で留守番させることに不安を感じながらも、息苦しさでどうすることもできない。病院にたどり着いたが、受付が遠く思えた。病院入り口に並ぶ車椅子を、目が勝手に追ってしまう。あれに乗ったらおしまいのような気がするが、あれに乗らないとダメな気もする。

 受付窓口にたどり着き、紹介状を出す。イスに座って待っていると、小柄な看護師さんが車椅子を押しながらすっ飛んできた。村井さん!と呼ばれ、はいと答えると、「ほら早く、ここに座って!」と車椅子を指される。私の血圧、脈を測ると、看護師さんはどこかへ連絡した。そして、いきなりものすごいスピードで車椅子を押し始めると、今からレントゲンを撮影し、それから心エコーだと言った。明らかにマズイことになっている。

 胸部レントゲンを撮影し終わると、心エコーの部屋に入った。そこは薄暗く、広い空間で、部屋の隅にベッドが設置され、その横にモニタなどの機材が置かれていた。技師は私より年上だろうか、たぶん50歳代後半の、とても感じの良い、やさしい女性だった。「大丈夫? 歩ける?」と私を気遣いながらも、早速、検査をはじめた。同じところを何度も何度も見ている。何度も、何度も見た後に、同僚の男性技師を呼んで、「ちょっと、見てくれる?」と頼んだ。「ああ、ここですね」と男性が言う。それから後も、何度か二人で同じ箇所を確認しているようだった。技師の女性が、「今までに弁膜症って言われたことある?」と、私に聞いた。いえ、ないですと答えた。「苦しかったね。もう大丈夫やから」と言い、私の背中をさすってくれた。

 車椅子で部屋を出る。廊下で待っていた夫に「たぶん弁膜症」と告げる。驚いた様子で、言葉が出ないようだ。「とりあえず、子どもと犬を頼むわ」と言うと、呆然としていた。

 別の看護師さんがやってきて、車椅子のまま循環器科外来へ移動する。しばらく待つ覚悟はできていたが、思いのほかすぐに名前を呼ばれて診察室に入る。医師は若い女性だった(彼女が私の主治医となる)。「心不全の状態です。胸水が溜まっていて、陸で溺れているという感じ」と言いつつ、心臓の模型を指さして、「ここの弁に異常がある可能性があります。今すぐに入院できますか? それであればすぐに処置を始めます」と一気に言った。すべてにハイと答えると、診察室横の部屋に運ばれ、あっという間に点滴を打たれる。いったい何種類あるのだ!? 点滴がシャンデリアのようだと不謹慎にも笑っていた私は、その後、自分が経験することになる修羅場なんて一切想像できていなかった。

 救急病棟に運ばれ、そのまま入院。呼吸が楽だ。窓から見えるチェーンホテルの青いネオンサインが美しい。心電図記録装置を装着。呼吸と心拍を24時間監視するためらしい。もうこれ以上無理なほど重装備。

DAY 3 救急病棟

 救急病棟内の個室に、看護師さんが入れ替わり立ち替わりやってくる。利尿剤を点滴しているため、24時間ノンストップでトイレに行きたくなる。トイレは病室の目の前にあり、そこまでの歩行は許された。点滴がいくつもぶら下がったポールを押しながらトイレに行く。戻ると必ず看護師さんがやってきて、「村井さん、苦しくない?」と聞く。いいえと答えると、驚かれる。脈が相当速いそうだ。

DAY 4 一般病棟

 大変居心地のよかった救急病棟から、いきなり循環器科一般病棟へ。もうすっかり元気になっているが、勝手に歩いたら張り倒されそうな雰囲気だ。車椅子で運ばれた先は四人部屋で、先客が二名いた。一人は酸素マスクをつけている。もう一人は鼻にチューブが入っている。酸素マスクの人は、痩せた胸元がかすかに上下しているだけで眠っているようだった。苦しそうだ。もう一人は元気で、饒舌な人だった。二人とも70代後半といったところか。とても暗い部屋で、カーテンを閉め切ると、ライト無しでは本を読むこともできない。あまりの急展開に呆然とする。

 看護師さんがやってきて、今日から尿の量を測りまぁ~すと明るく言って、私をトイレまで連れて行き、入院患者の尿が溜められ、一時的に保管されている棚を見せてくれた(これを蓄尿というらしい。学んだ)。「尿を取るときのカップに村井さんの名前、書いてもええかなあ?」と聞かれ、ここでノーと答えたら何かあるんやろか、誰かにマイ尿カップを使われたりするんやろかなどなど考え、どうぞと答える。すると看護師さんはフンフンフーンと楽しそうに、尿カップにピンクのテープをぺたりと貼って、その上に「村井理子様」と書いて、棚の一番端っこに置いた。

 そのスチールの棚には、名前の書かれた尿カップ、そして尿を溜めていく目盛り付き透明プラスチックパックがセットされ、ずらりと並んでいた。壮観としか言いようがない。そして驚くことに、私以外は全員男性である。ちょ、なにこれヤバい、爆笑しそうで口元が緩んでしまう。私以外、全員メンズなの!? 看護師さんは私のその気持ちを察したか、「循環器科って男性が多いんですよね~」と言った。私のパックの横に設置されたパックを見ると、持ち主(溜め主)の名前が書いてあった。カズオさんである。真横だ。きっとカズオさんも、突如現れた村井理子に戸惑うだろう。名前だけ見たら若い女性と勘違いするかもしれない。夢を壊してはならないと誓う。

 夕方、主治医がやってきて、おおよその病名が告げられた。僧帽弁閉鎖不全症の疑いだそうだ。ただし、はっきりとしたことは、状態が安定した後に行われる各種検査が終了しないとわからないそうだ。こっそり調べてみると、犬に多い疾患らしい。

DAY 5 カズオさんと尿

 利尿剤を24時間点滴されているため、トイレに通いっぱなしだ。ゲリラ豪雨か。危機的状況である。そして、確認したくはないのだけれど、カズオさんの尿量を確認せざるを得ない。なにせお隣さんだから。一般病棟入院二日目にして、私とカズオさんの尿パックの間に真新しい芳香剤が置かれていることに気づいた。まるでパーテーションのようだ。尿パック間の意図しない接触を避けるためだろう。看護師さんの気遣いだと思うとうれしかったが、大爆笑してしまった。ひとしきり笑ったあとに、「私、笑ってる場合とちゃうしな」と反省した。

 それにしてもカズオさんの尿量が心配である。同じ棚を共有するメンズの中でも、圧倒的に少ないのだ。思わず考えこんでしまう。カズオさん、これでは足りないってわかってる? 体の中に溜まってしまった水分を出さなければ、心臓に負担がかかったままよ? 尿、もっともっと出していこう。遠慮は禁物、ここは戦場だ。

 

DAY 6 我慢ならない

 もし私の母が今も生きていたら、娘が再び心臓を患ったことを大いに嘆いただろう。なにせ、7歳の時に別の心疾患で手術を経験しているのだ。つまり、二回目なのだ。

 なんで私の人生こうなったかなぁと信じられない気持ちだ。一回でええやん、一回で。一回で済まそうや、こういうことは。薄いカーテンで仕切られただけの暗いスペースで、悔しくて涙が出そうになるが、ぐっと堪えた。絶対に負けない。

 隣のベッドの年配の女性が、カーテンの間から頻繁に顔を出し、話しかけてくる。この病棟の中で確実に一番若い私が、一体どこをどう病んでいるのか知りたいのだろう。「一回やるとややこしいで、心臓は」と何度も言う。まるで収監されたての若い受刑者に、先輩受刑者(終身刑)が説教しているかのようだ。ああ、知ってる。あたしだって、そこそこの修羅場はくぐり抜けて来たんだ。サバイバルだったら、誰にも負ける気はしない。

 しばらく考え、点滴のぶら下がったポールを押しながらナースステーションに行った。「個室を希望します。なるべく早く、お願いいたします」と、クラークの女性に告げる。差額ベッド代がかかりますけどいいですか? と聞かれ、「問題ないです。早急にお願いいたします」と頼む。撤退も、時にサバイバル術の一つである。

DAY 7 個室へ

 トイレ横の蓄尿棚で、年配の男性と鉢合わせた。私も彼も、尿カップを持っている。はっとした。カズオさんだ。カズオさんも、あっ、村井理子だ!と気づいたのだと思う。すぐさま身を翻し、私からは見えない男子トイレのどこかへ尿カップを置くと、足早にトイレから去って行った。

 突然倒れ、担ぎ込まれた私たち緊急入院患者が着用する揃いのレンタルパジャマに、スカイブルーのカーディガンを羽織ったカズオさんは、奥ゆかしい尿量も納得の紳士であった。首からぶら下げられた心電図の機械を見れば、彼もまた私と同じく、心臓を病んでいることは明白である。なぜか胸が熱くなる。私たちは同志だ。

 とんでもなく勇気が湧いて、ド陰気な四人部屋に胸を張って戻った。ぴったりとカーテンを閉め、寝転んで本を読んでいると、看護師さんがやって来た。

「個室空きましたんで、移動しますね!」

イエス! 

 循環器科病棟の、とても暗くて長い廊下の突き当たり、大きな四角い窓に面した個室には、応接セット、冷蔵庫、そしてテレビが置いてあった。すべてが使いやすいように配置されている。広くて清潔なトイレと洗面台に心躍った。南側の壁にある大きな窓からは、瓦屋根の古い町並み、高層ビル群、広い空、そして琵琶湖がきれいに見える。窓を開けると新鮮な空気が入ってくる。壁は落ち着いたダークブルーで塗られていた。思わずガッツポーズが出る。差額ベッド代? なにそれ、食えるの?

 個室に入ってしばらくすると、脈拍、血圧ともに安定しはじめる。やっぱりストレスってダメよね~。尿量もハイレベルをキープし、病人偏差値はかなり高い。体重は一気に5キロほど減っていた。

 夕方、担当している訳書の編集者から、これ以上日程を延ばすことは厳しいかもしれないとの連絡が入る。仕事をしている編集者全員に、緊急入院した旨、連絡は済ませていた。彼女も辛そうだ。今まで長い間、互いに励まし合いながら二人三脚で作業を続けてきた。素晴らしい一冊だ。愛してやまないタイトルだ。それなのに私が倒れたばかりに、彼女と一緒に大切に育んできた本の出版が危ぶまれている。この先はだれか他の翻訳者に協力を仰ぎ、共訳書として出版するしか道はないと、バカな私でもとっくに気づいてはいたが、言い出せないでいた。考えに考えて、「Aさんに頼んでみます」と返信する。Aさんのことは大好きだし、ベテランだし、文章だって抜群にうまい。

 その日の夜、Aさんにメールした。「実は折り入ってお願いがあります。先日倒れまして、いま、入院中です。仕事は全てストップしています。いま翻訳中の本の刊行スケジュールがタイトです。どうかお手伝いをお願いできないでしょうか」と一気に打って、送信するまで、迷いに迷って15分ほどかかった。やっとのことで送信すると、とうとう訳書を手放したことが現実味を帯びて胸に迫ってきた。

 一時間ほどすると、Aさんから返信があった。「承知しました。詳しいことはどなたとお話しすればいいでしょうか。打ち合わせは担当編集者さんと行いますので、どうか理子さんは治療に専念してください」と、Aさんらしいシンプルな文面だった。読んだ後、堰を切ったように涙があふれてきた。詳しいことは何も聞かないAさんの心遣いに感謝しながら、今まで訳してきた膨大なページ数を思い返し、悔しくて、悲しくて、どうにもならない。Aさん頼みます、どうかどうか、あの本を仕上げてやってください、それから編集者さん、本当にごめんね……と、ベッドに突っ伏して泣いた。

 オイオイ泣いていたら、息子でもおかしくないぐらいの若い男性看護師が検温にやってきた。彼はいつもタイミングが悪い。

「あっ……(察し)。大丈夫? 僕たちみんな、ずっと側にいるから」と言ってナースステーションの方を指さし、「ずっと見てますから」と、ちょっと照れながら付け加えた。彼の優しさに救われた気がした。

つづく