初めての海外だという福田朱里さん。言葉ではない会話がたくさん生まれている。
 

 今でも目を閉じれば、昨日のことのようによみがえる風景がある。土埃に霞んだ赤土の道、所狭しと並ぶ果物や魚の匂い、そして裸足で駆けまわる子どもたち。15年前、私が初めてカンボジアの地を踏んだ日のことだ。
 「NPO法人国境なき子どもたち」が続けている、「友情のレポーター」というプログラムがある。11歳から16歳までの日本の子どもたちを、同世代の子どもたちの取材のためアジアの活動地に派遣するのだ。2003年、私もこのレポーターの一人としてカンボジアを訪れ、人身売買の被害に遭った、私と年の変わらない子どもたちと出会った。それまで遠くの国の大変な問題、という輪郭がぼんやりしていた出来事が、目の前の「あなた」に起きている。心の距離が、ぐっと縮まった。間違いなくあの夏が、「伝える」仕事の原点だった。
 あれから15年。その時出会った仲間たちとは、海を隔て離れていても、共に成長し続ける兄弟のような感覚がある。そのうちの一人、ロウという青年は今、ドイツ語、英語を流ちょうに話し、ガイドの仕事に就いている。「ねえ、覚えてる?」、彼は私と再会する度に必ずこう問いかける。「初めて会ったとき、ぼくは英語も日本語も分からなかったから、身振り手振りで伝えるしかなかったよね。だから“いつか菜津紀と通訳なしで、直接話せるようになるんだ”って約束したんだ」。その夢、叶ったよね、と互いに笑う。
 昨年から、「友情のレポーター」の卒業生の一人として、そしてフォトジャーナリストとして、新しく選ばれたレポーターたちの取材に同行している。今年のレポーターに選ばれた福田朱里(あかり)さん(15歳/広島)と落合愛友海(あゆみ)さん(16歳/東京)が取材に訪れたのも、同じカンボジアだ。“同じ”と言っても、15年間でこの国の風景は大きく変わってきた。都市は煌びやかなネオンに照らされ、観光で訪れる人々も飛躍的に増えた。けれどもその“発展”から取り残された子どもたちが、時に教育の機会から遠ざけられ、時に劣悪な環境で働くことを余儀なくされてきた。
 二人ともそんな子どもたちにマイクを向け、言葉を投げかけることに何度も躊躇した。自身の暗い過去や痛みを語ることが、時にどれほどの痛みを伴うのか、感じないわけにはいかなかった。そんな二人の心の揺れ動きを察するように、出会った少女たちは優しく背中をさすり、「あなたたちは私の妹よ」と励ますように二人の顔を覗いた。過去を語ってくれたときは、「聞いてくれてありがとう」と泣きながら笑って見せてくれた。
 「あなた」と「わたし」という出会いは、「途上国」「可哀想」「支援して“あげる”」というレッテルをはがすだけではなく、家族の定義の広さを教えてくれる。言語の違いや国境を越え、血縁ではない家族は存在するのだと思う。自分なりにそれを言葉にするとすれば、「自分以外に守りたい誰か」のことなのだろう。
 朱里さん、愛友海さんはそれぞれ、共に時間を過ごした彼ら、彼女たちと共にどんな道を歩んでいくのだろう。二人が何を伝えていくのか、ぜひ多くの方々に触れてほしい。

農村へと家庭訪問に来た落合愛友海さん。電気、水道のない生活は、限られた環境でやりくりするための知恵に溢れていた。