東京の通信会社で会社員をしていた14年前、お寺に戻るかどうか考えていた。山間にある寺に次男として生まれ、寺を継ぐこともなく、関西の大学を出て会社員となった40歳過ぎの頃。兄が寺を継がないことが決定的になり、私に跡継ぎとして白羽の矢が立った。現代社会にお寺は必要ないと思っていた会社員時代、過疎地にある衰退するだけの寺に戻る意味があるのか。そのときの思いは私の問いになって、今も寺の存在意義を求め続けている。

 会社では年毎に業務の負荷が増し、個々に負担が重くのしかかっていた。私の部署は法人営業部門で、部署名はソリューション事業本部といった。通信会社にとってのソリューションとは、その企業の通信に関わる問題をコンサルティングによって探り出し、解決するということ。ソリューションとは問題を解決するという意味だ。ただ会社では鬱になる社員が徐々に増えていき、仕事に対する意欲や生きがいという、自分たちの問題解決は後回しになっていた。

 そんな中で、過疎地の寺に戻るかどうか悩み、週末の休みを使って寺院や仏教講座を巡り、さらにはターミナルケアの講座を訪ね歩く日々が続いた。そこで私は、心の問題を解決するには、仏教が役に立つのではないかと感じるようになった。葬儀や先祖供養は寺の本質ではなく、仏教は今を生きる「いのち」と「こころ」のことだけを説いている。であれば、お寺が存在する意義は、今を生きる人の心の問題解決にあるのではないか。つまり「こころソリューション」が、お寺の役割であると考えた。観光地でもなく有名でもない寺、そこに戻り苦しみや悲しみに寄り添える寺を作ろう。そう決意して、45歳で会社を退職して仏教を学び、50歳で寺に戻った。

 一般の人には敷居が高いと言われる寺を、オープンな存在にするために宿坊を開いた。それも観光目的ではなく、「日本でここにしかない宿坊」にする。それには一日一組だけ客を受け入れる、その人に一対一で向き合い、仏教体験を自由に選んでもらう。さらに食事を工夫して、家庭料理の他にイタリアン精進料理を創った。「心と身体に栄養を」が、宿坊の目指すテーマ。その中でも一番のポイントは、その人が抱える心の問題を一緒に解決することだった。

 ネットで探し当て、全国から山の中の宿坊に人が来るようになった。私も時間がある限り、とことん一対一で向き合った。話が深夜まで続くことも多く、ときには朝方になることもあった。

 そんなことを繰り返していると、心の問題には共通するパターンがあることに気づいた。それは自己否定感、そして思い通りにならない思い。日常という条件と環境に囚われた心。それらで動けなくて固まった心をどう解決していくのか。その問題解決が「心の授業」となり、宿坊で一番要望の多い体験となった。本堂で一人仏と向き合う写経は、従来の写経の概念を超え自分を見つめ直す時間となり、心の授業と瞑想、住職の私とじっくり腰を据えて話をする時間までを全部含めて、「こころソリューション」が出来上がった。

 悩みの解決は傾聴だけでは解決しない、その思いを引き出す作業が必要だ。その悩みの根源が何か、どこにあるのか自分でも分かっていない。その心と捉えているものが、思考のクセであることに気づかせるため、ここで聞いてきた人の話をして、複数の視点から自分の心を見つめられるように差し向ける。視点を変え、それまで自己否定の枠に囚われていた自分に気づく作業だ。自分で気づかない限り、新しい回路は生まれない。さらに自分自身を客観的に見つめる瞑想と、自分自身をありのままに受け入れて行く瞑想を行う。そして浮かんでくる思考を簡単に手放せる思考パターンを作る。事前に話を聞き、気づきの作業をすることで、瞑想をすることの意味が分かる。そうすることで瞑想に入りやすくなり、より深めることができる。

 大切なのは、「やっぱりダメな私」の後に「まっいいか」と付け加えられる思考回路を一つ増やすことだ。単純な心の持ち方次第で、自分は変えられる。最後に人それぞれの条件と環境から、一番良いと思われる方向を導き出すことで、苦しみや悲しみに沈んでいた心が笑顔に変わるのだ。

 

 こんなことがあった。子育てで苦しんでいた女性が訪問された。仕事が忙しく、ご主人も育児に協力的でなかった。0歳と3歳の子どもを抱え、心も身体もいっぱいいっぱい。ご主人も一緒に話をするが、直接的な相談は一切しなかった。私はただ宿坊に来られた方のことを、いろいろお話しした。すると次の朝、宿坊を出発するとき、笑顔でこう言われた。「すべてが解決しました」と。その理由は、「話を聞いていて、私だけが苦しいのではなく、私よりもっと苦しんでいる人がいることが分かりました。そして、この子と向き合っていけるのも今だけしかないということも分かった。さらには今の苦しみがずっとは続かないことにも気づきました。だからすべて解決です」。単純なことだが、この話には悩み解決のポイントが詰まっている。そんなこと分かっていると、頭で思っていても、それが腑に落ちていないと意味がない。夫婦間や子どものこと、仕事のことや人間関係のこと、そして自分自身のこと、それぞれに苦しみがある。

 「私には余命がないのです」といわれたガン患者の方が来られたこともある。家族はもう誰もいない、自分一人で人生の最期のときを迎える。まだ50代と若い女性で、すでに告げられた余命が過ぎていた。病院では外出不可とされていたが、「最後だからここに来ました」と話す。明日かも知れない「いのち」、朝方までご自身の生涯をゆっくりとたどるように話が続いた。悩みの解決などもう関係ない、ただ自分が生きてきた証を最後に聞いて欲しい。気の利いた話などいらない、気を遣うことなく言いたいことを言う。最後まで言葉を聞き続けた。年末の迫った日だった。病院まで送ったとき「元気なら年明けにも行きたい」、そう言われていた。それが、僕が聞いた彼女の最後の言葉だった。

 

 「こころソリューション」で私が見聞きした人の悩みを、お釈迦様が説いた仏教から見ると、すべて仏教の教えの中に解決方法が示されていた。お客が帰られると、仏教書と内容を照らし合わせる作業が続いた。仏教ではそれをどう捉えているのか、整合性をとるためだった。仏教では「ありのままに見る」ことが中心にあり、「ありのままに見えない」心が苦しみを生み出す。さらには、日常と思っているものは、思考で出来上がっていると気づくこと。思考にはクセがあり、そのクセによって、人は無意識のうちにそれぞれ心に枠を作って行く。それが自分自身の心ではなく、ただの思考であるということを認識していく作業をすることで、その思考を手放せるのだ。苦しみもストレスも、すべて思考の中にのみ存在する。仏教で目指す悟りとは、その思考の枠を手放して行く作業、すべて完全に手放すと「ブッダ」となる。自分という枠さえも手放すのだ。すると、そこに囚われということがなくなる。地位にも名誉にも物にも金にも自分自身にも囚われない。すると心は解き放たれる、なにものにも執着しない心だ。私たちは「ブッダ」になることはできなくても、仏教は日常を生きやすくすることに活かせ、心の悩みを解決しストレスを取り除くことに役立つ。

 仏教的観点から日常を定義すると、「自己中心的な自分だけの物語」となる。自己中心的とは、自分の視点でしか物事を見ることができず、それは自分の思考の中にのみあるストーリーということになる。さらには、生きるという行為の本質は、自分の意志では動いていない。たとえば呼吸や心臓の動きや血流、すべて命に欠かせないものだが、すべて自分の意志でない。つまり、「いのち」とは自分の思い通りにならないということだ。それはお釈迦様が出家する動機となった、「四苦八苦」に通じるもの。ここでの苦とは、思い通りにならないこと、つまり心の不満足と捉える。仏教でいう苦とは、不満足のことであり、すべての人の苦は、結局すべてここに帰するのだ。それを解決するには、自分を変えることではなく、自分を丸ごとそのままに受け止めることしかない。たとえば、南無阿弥陀仏とか、天才バカボンのパパがいう「これでいいのだ!」は、それを意味している。事象と日常は違う、事象は誰にも起こり得て避けることが出来ないもの。日常はそれを自分の思考によってストーリーに置き換えていくもの。それを受け入れられないとき、人は苦しみを抱えてしまうのだ。そんな仏教的な感覚を日常の中に取り入れ、「心の授業」で積み重ねていった。

 

 仏教は葬儀や先祖供養ではなく、歴史や教義の中にだけあるわけではない。それは実践で活かされる教えである。現代社会が抱える苦悩、仏教はそれに対しての問題解決、「こころソリューション」の教えだった。お寺の存在意義、僕はそこにたどり着いた。もちろん、まだその道が先に続いている。人に苦というものがある限り、終わりというときはない。