「孫子」って書名だっけ人名だっけ? そうか正解は両方なのか。こんなことを言っている上に、まったく将軍とかではないわたしですが、『孫子』を読んでみることにした。「そこには、現実的な戦術が深い思想的裏づけを得て、戦争一般、さらには人生の問題として、広い視野の中に組みこまれている」とのことだけれども、わたしは戦争とかしないんでほんと関係ないですし、フリーランスなんで会社とかで応用もできないですし、経営で君主論とか参考にするの最近だめになったんで、だって商売と戦争を一緒くたにして語るのは良くない、と及び腰で読みつつ、結局は「対人じゃなくて仕事そのものに対して使います。あとシミュレーションゲームとかやる時に思い出すようにします」と深くうなずいたのだった。
 わたしが孫子から学んだ「うまい戦争のやり方」(不快な言葉だ)は、要約すると以下になる。

・できるだけ早くやれ
・なんだったら戦争しないですむのならそれですませろ
・物資は大事だ
・知ることは大事だ
・占いとか推測に頼らず専門のスパイを使え

 この中でいちばん重要なのを挙げるならば、実際に読んでみると「できるだけ早くやれ」に尽きると思う。これを考えると、今起こっていてニュースで知ることができるような戦争が本当に良くないということがわかる。
「およそ戦争の原則としては(中略)、内外の経費、外交上の費用、にかわやうるしなどの〔武具の〕材料、戦車や甲冑の供給などで、一日に千金をも費してはじめて十万の軍隊を動かせるものである。〔従って、〕そうした戦いをして長びくということでは、軍を疲弊させて鋭気をくじくことにもなる。〔それで〕敵の城に攻めかけることになれば戦力も尽きて無くなり、〔だからといって〕長いあいだ軍隊を露営させておけば国家の経済が窮乏する」。戦争はお金がかかる、と本書は何度も強調する。それが長引くとなるとなおさらだ。だらだら戦争をすることが単に自分の国に不利益なだけではない。「そもそも軍も疲弊し鋭気もくじかれて〔やがて〕力も尽き財貨も無くなったということであれば、〔外国の〕諸侯たちはその困窮につけこんで襲いかかり、たとい〔身方に〕智謀の人がいても、とても〔それを防いで〕うまくあとしまつをすることはできない。だから、戦争には拙速——まずくともすばやく切りあげる——というのはあるが、巧久——うまくて長びく——という例はまだ無い。そもそも戦争が長びいて国家に利益があるというのは、あったためしがないのだ。だから、戦争の損害を十分知りつくしていない者には、戦争の利益も十分知りつくすことはできないのである」。興味深いので、〈作戦篇第二〉の一をほとんど引用してしまった。とても論理的に語られるこの部分は、戦争の不利益をコストの面から言い当てていて、あるタイプの人々には、戦争の無益さを道徳面から語るよりも訴えかけるものがあるのではないだろうか。戦争という暴力によって物事をなんとかするのがまったく平気な人間も、コストは気にするだろう。「金がかかりますよ。長びくと自分自身も弱体化してよそに隙を見せることにもなるし」という実際的な指摘を押し切ってまでやるもんじゃない、とわたしには思える。
 なのでそもそも戦争をする前に勝負をつけるのがよいと本書は言う。「およそ戦争の原則としては、敵国を傷つけずにそのままで降服させるのが上策で、敵国を討ち破って屈服させるのはそれには劣る。軍団を無傷でそのまま降服させるのが上策で、軍団を討ち破って屈服させるのはそれには劣る」。この後、旅団、大隊、小隊とこの物言いは続く。「こういうわけだから百たび戦闘して百たび勝利を得るというのは、最高にすぐれたものではない。戦闘しないで敵兵を屈服させるのが、最高にすぐれたことである」と〈謀攻篇第三〉の一は締められる。続く二では「そこで、最上の戦争は、敵の陰謀を〔その陰謀のうちに〕破ることであり、その次ぎは敵と連合国との外交関係を破ることであり、その次ぎは敵の軍を討つことであり、最もまずいのは敵の城を攻めることである」と整理される。
 それでも戦争をするはめになったら何を重視するか? 本書には具体的な兵士の動かし方なども記されているけれども、同じぐらい物資と知ることの重要性が強調される。「戦争の上手な人は、〔国民〕の兵役は二度とくりかえしては徴発せず、食糧は三度と〔国からは〕運ばず、軍需品は自分の国のを使うけれども、食糧は敵地のものに依存する。だから、兵糧は十分なのである。国家が軍隊のために貧しくなるというのは、遠征のばあいに遠くに食糧を運ぶからのことで、遠征して遠くに運べば民衆は貧しくなる。近くでの戦争なら物価が高くなり、物価が高くなれば民衆の蓄えが無くなる。〔民衆の〕蓄えが無くなれば村から出す軍役にも苦しむことになろう」。なので智将は遠征したらできるだけ敵の兵糧を奪って食べるようにしろ、とこの後はあまり普通に生きていく上では参考にならないことが説かれるのだが、何にしろ「できるだけ早くやれ」に通じる合理的な考えだと思う。
 本書では、戦争における九つの局面が九地として説明され、それぞれにおいてどう行動すべきかが説かれていて興味深いのだが、それに先だって具体的な地形でどう行動すべきかも説明される。たとえば「高いおかにいる敵を攻めてはならず、丘を背にして攻めてくる敵は迎え撃ってはならず、けわしい地勢にいる敵には長く対してはならず」といったことで、「山林や険しい地形や沼沢地などの地形が分からないのでは、軍隊を進めることはできず、その土地に詳しい案内役を使えないのでは、地形の利益を収めることはできない」という。
 戦争は金がかかる。だからできるだけしない方がいいしするんなら早く終わらせた方がいい。そうするには敵について知ることが必要である。本書では「爵位や俸禄や百金を与えることを惜しんで、敵情を知ろうとしないのは、不仁ふじん——民衆を愛しあわれまないこと——の甚だしいものである」と敵情を知ろうとしないことについて辛辣に語られる。「あらかじめ知ることは、鬼神のおかげで——祈ったり占ったりする神秘的な方法で——できるのではなく、過去のでき事によって類推できるのでもなく、自然界の規律によってためしはかれるのでもない。必ず人——特別な間諜——に頼ってこそ敵の情況が知れるのである」。スパイは大事よ、そこをケチってはだめよ、ということなのだ。考え方でどうにかなるものでもない。実地的な情報を重要視すべきなのだろう。
 「兵とは詭道なり」と断言しつつも(「詭」はいつわりあざむくの意)、本書は合理的なものの考え方を教えてくれる本でもある。あくまで兵法の本だと思うんで、実生活のこの局面で使える、と応用するのは良くないと思うのだが、一つだけ普通の人が関わることがあるとしたら、それは喧嘩でだろう。身も蓋もないけれども。本書を読み終わった後、過去にこちらのことを知りもしないで、ただその時の怒り次第で怒鳴り散らすだけだった人たちがいかに悪手だったかについては深く理解できたような気がする。そのやり方、間違ってますよ。怒鳴られるともちろん傷つく。時には立ち上がれないほどに。でも怒鳴る彼らがどうしようもない下手くそで何にも得てないことも確かだ。
 「君主は怒りにまかせて軍を興こすべきではなく、将軍も憤激にまかせて合戦をはじめるべきではない。有利な情況であれば行動を起こし、有利な情況でなければやめるのである」という冷徹な言葉のあとには、「怒りは〔解けて〕また喜ぶようになれるし、憤激も〔ほぐれて〕また愉快になれるが、〔一旦戦争してもし失敗したとなると、〕亡んだ国はもう一度たてなおしはできず、死んだ者は再び生きかえることはできない」と続く。一喝ですませることなく心のままに怒鳴り散らす人間が失う信頼は、二度と取り戻せないものなのかもしれない。