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「答え」なんか、言えません。

2026年9月7日 「答え」なんか、言えません。

二十四、無力の力

著者: 南直哉

なぜこの世に生まれてきたのか? 死んだらどうなるのか?――その「答え」を知っているものなどいない。だから苦しい。だから切ない。けれど、問い続けることはできる。考え続けることはできる。
出家から40年。前著『苦しくて切ないすべての人たちへ』につづいて、「恐山の禅僧」が“生老病死”に本音で寄り添う、心の重荷を軽くする後ろ向き人生訓。

 曹洞宗の僧侶として、道元禅師と並んで世上有名なのは、良寛和尚(1758‐1831)だろう。和尚が道元禅師の門下であることを知る人も、そう多くあるまい。

 その独特の書をはじめ、数々の逸話でも知られているが、和尚の言葉として人口に膾炙(かいしゃ)しているものとして、多くの人が一度くらいは聞いたことがあるのではないかと思うのは、次の文句である。

「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候、死ぬる時節には死ぬがよく候、是はこれ災難をのがるる妙法にて候」

 これは病床の友人に宛てた見舞い文だそうだが、 彼の禅僧としての面目躍如の一句と言ってもよいかもしれない。

 中国の洞山良价(とうざんりょうかい)という禅師も同じようなことを言っている。ある僧が禅師に問うた、

「寒さや暑さを避けるには、どうしたらよいですか?」
「寒くないところ、暑くないところに行けばいいじゃないか」
「寒くなく暑くないところとは、どこですか?」

 禅師は言います。
「寒いときは、寒さが修行僧を殺し、熱いときは、熱さが修行僧を殺すのさ(寒時は闍黎(じゃり)を寒殺し、熱時は闍黎を熱殺す)」

 後代、この良寛和尚の言葉にも、洞山禅師の答えにも、かなり勇ましい解釈がなされることがしばしばである。いわく、災害や病気、あるいは自然現象など、我々にはどうしようもないことを、いたずらに避けようとして右往左往するべきではない。すべて正面から受け止めて、自分自身が災難、病気、寒さ暑さ、そのものに成り切ってしまえばよいのだ。自分と対象が一つになる。それこそ悟りの境地なのだ…云々。

 例によって私は、まるで「気合一発!」ですませるがごとき、この解釈を採用しない。というのは、道元禅師が主著『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』の中で坐禅をするときの心得を述べたところで、実に懇切丁寧な教示をしているからだ。

只管打坐(しかんたざ)(ただすわること)」を標榜し、修行時代の苛烈な坐禅修行を弟子に語った道元禅師なのだから、それこそ時も場所も選ばず、坐禅で打ち抜け!くらいなことは言いそうなものだが、実際はこんな言葉を遺している。

「坐禅するには、静かなところがよい。座布団は厚い方がよい。風や煙が入って来るようではいけない。雨露が漏れるようなところもダメだ。坐る場所は清潔に保つべきである。古来、釈尊は金剛座に坐したと伝えられ、盤石の上に坐ったとも言われる。それらはみな、上に厚く草を敷いて坐ったのだ。坐る場所は明るいようにしておくべきだ。昼も夜も、暗くてはいけない。冬暖かく、夏涼しくなるようにせよ」

 この言い方は、どう見ても「気合一発!」で坐禅しろ、という趣旨とは違うだろう。場所がどうであろうと、環境がどうであろうと、一切気にせず坐禅し続けろ!などと発破をかけるような話ではない。事に臨んで、適切な準備は必要だと言っているのだ。

 良寛和尚は、深く道元禅師を敬慕した人である。『眼蔵』も生涯学び、熟読したはずだ。その彼が、本当に「気合一発!」的考えで、あの見舞い文を書いたのだろうか。

 思うに、予期しない苦難に襲われた時、それが自分にはどうしようもないことなら、要するにどうしようもないであろう。ならば、その時できることを、できるだけする以外にない。

 大切なのは、「その時できることをする」のに焦らないことだ。それをする前に、まず「どうしようもない」と覚悟を決め、その「どうしようもない」無力さに、深く深く沈潜すべきなのである。

 その沈潜の中で、自分のこれまでの在り様と人間関係、変わり始めた人々の態度と行動を、熟視したらいいと、私は思う。その間に、周囲はこれまでとは違う状況へと不可逆的に進んでいくだろう。それもまた、もはや避けられないことなのだ。

 しかし、いずれこの沈潜から浮上する時が来る。その時、目の前に現れた新たな状況にあって、そこに自分のなすべきことが次第に見えてくるはずだ。「何もできない」事実の透徹した自覚が、ついには「次になすべきこと」を照らし出す。

 沈潜どころか、明日の生活をどうするかという、切羽詰まった状況にある方も多くおられるだろう。このとき、いくら焦ろうと、すぐに名案は浮かばないかもしれない。

 でも、いま何もできないことで恥じたり、自分を責める必要はない。「できない」状況の中に身を沈めながら、「それでも」と思えることが浮かんで来たら、ここは勇気を出して人の縁を頼りつつ(人を頼るには、往々にして勇気が要る)、何か行動を起こしていければ、それが自分の「できる」ことなのだ。

 良寛和尚の「災難に逢うがよく候」は、一度無力さに沈潜すべきことを言っているのだと、私は思う。その沈潜から「なすべきこと」が見えてきたなら、その時は、自分ができるだけのことを、できるだけの準備の上で、我が身を賭してやればよい。それが自らを「殺」す修行なのではないか。

 

*次回は、10月5日月曜日更新の予定です。

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考える人とはとは

 はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

 2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。

 目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。

 当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。

 まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。

 あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。

 創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。

 読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。

「考える人」編集長
松本太郎

著者プロフィール

南直哉

禅僧。青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職。1958年長野県生まれ。84年、出家得度。曹洞宗・永平寺で約20年修行生活をおくり、2005年より恐山へ。2018年、『超越と実存』(新潮社)で小林秀雄賞受賞。著書に『日常生活のなかの禅』(講談社選書メチエ)、『老師と少年』(新潮文庫)、『恐山 死者のいる場所』『苦しくて切ないすべての人たちへ』(新潮新書)などがある。

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