シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

「答え」なんか、言えません。

2026年7月6日 「答え」なんか、言えません。

二十二、危うい湖

著者: 南直哉

なぜこの世に生まれてきたのか? 死んだらどうなるのか?――その「答え」を知っているものなどいない。だから苦しい。だから切ない。けれど、問い続けることはできる。考え続けることはできる。
出家から40年。前著『苦しくて切ないすべての人たちへ』につづいて、「恐山の禅僧」が“生老病死”に本音で寄り添う、心の重荷を軽くする後ろ向き人生訓。

 ここ最近は、戦争や紛争、天変地異の頻発するご時世だが、例の「インバウンド」と呼ばれる動向は、思ったほどの影響を受けていないらしく、どこに行っても、それなりの数の外国人の姿を見る。恐山もその余慶を得て、ここ数年、急激に外国人の来訪が増えた。

 参拝者にも目立つが、特に増えたのは、参籠者、つまり宿坊の宿泊者である。その宿泊者で圧倒的に多いのは、ヨーロッパの人たち。このところ、ほとんど毎日、一人二人は泊まる。

 イギリス、フランス、ドイツなどの大どころは無論、今や「中欧」と言われる場所の数か国を除き、全ての国から来訪を受けている。去年、スロベニアとクロアチアと、もう一か国からも宿泊者があったので、「ヨーロッパ完全受け入れ」も目前である。

 不思議と、東アジアと南北アメリカの人は多くない。特に中国・韓国・台湾の人達は、参拝には来ているのだろうが、見かけだけでは日本人と区別ができないので、数が正確にわからない。ただ、お泊まりが少ないのは、事実である。

 ヨーロッパからは団体も来る。すでにフランス、イタリア、スペイン、ドイツ。今年はドイツから3団体60名近くが、宿泊の予定である。どういうわけなのか? 仮に「東京・大阪、京都・奈良の観光はもういい」のだとしても、そもそも、どうしてこの辺境の地・恐山を知っているのか?

 先日、宿坊の中を歩いていたら、突然後ろから、「ミナミサン!」と、「ミ」の字にインパクトのある声で呼びかけられた。吃驚して振り返ると、白人の男性がニコニコしながら突っ立っている。

「はい?」
 返事はしたが、まったく見覚えが無い。
「どうして、僕を知ってるんですか?」
 ここから、日本語がほぼできない彼と、錆びついたブロークンイングリッシュの坊さんの、おぼつかない会話が始まった。

 聞けば彼はドイツ人で、日本は今回が5回目。初めて「トーホク」に来たのだと言う。
「ミナミサン、以前にヨーロッパのテレビに出たでしょう。それを私、見たんです」

 思い当たった。そうだ、コロナが終わりかけた頃、急激な参拝者の落ち込みを回復すべく、「広報強化」的意味合いで、国内外のメディアの取材を数件、手当り次第に受けた時期があった。

「テレビに出てきたあなたの話はとても印象的で、記憶に残りましたよ」
「でも、その時だけですよ、外国のテレビの取材なんて」
「ミナミサン、簡単に考えてはいけません。今は、テレビばかりではありません。動画サイトもあれば、SNSも、雑誌もあります。日本語がわからなくても、AIが翻訳してくれます。完璧な翻訳でなくても、およその意味は分かるんです」
「そうか、そうですよね」
「つまり、あなたが考えているより、ずっと多くの外国人が、恐山を知っていると思いますよ」

 実に怖いような話である。とは言え、恐山院代としては、誠にありがたいことだ。
「で、私は、そのテレビを見て、今度日本に行く時には、必ず恐山に行こうと思ったんです」
 彼は40歳半ばの教師で、親戚の一人が日本人と結婚したこともあり、ずいぶん前から、日本の文化に興味を持っていたのだそうだ。

「それは遠いところをありがとうございます。で、どうですか、来てみて?」
 このような場合にホスト側が誰でも使う社交辞令的な軽口で訊くと、彼は突然黙り込んだ。そして、あれっと思うほどの間を空けて、唐突に言い出した。
「ミナミサン、実は私は子供の頃から死が怖かった。ただそれは、大人になって考えた時、単に子供の無知や、個人的な気持ちの弱さなどとは言い切れないと思うようになりました」

 この言い回しは、ただの旅行者の感想ではない。私は今更ながら立ち話をしていたことに気づき、椅子を勧めた。
「それはどういう意味ですか?」
「ヨーロッパはキリスト教の国です。もちろん。その影響力は昔とはまるで違うし、教会に真面目に通う人の数も、減っているに違い有りません」
「日本の仏教の事情も似たようなものですよ」
「ですが、そうであったとしても、キリスト教は、我々の心や生活の奥深いところに、目に見えない形で息づいていると思うんです。おそらく、日本の仏教にもそういうところがあるでしょう」
「たぶん、そうでしょう」

 彼は続けた、
「私が昔から死を怖がってきたことにも、そういうところがあると思うんです。つまり、死は突然の命の断絶で、我々にはどうすることもできない」
「そうでしょうね」
「そうであるところに、キリスト教には『最後の審判』というものがある。神が人間を裁いて、最終的な『行先』を決めるわけです」
「ますます自分にはどうしようもなくなる」
「そのとおり! つまり、死も死後の世界も、生きている者の生きている世界と隔絶してしまい、そこに恐怖がある。そういう感じがするんです」
「だから、自分の恐怖は、ただの個人的感情ではない」

 つまり、彼はキリスト教圏の人間は少なからず、生と死の鋭い分断を感じているのではないか。自分の恐怖も、そこに根があるのではないか、と言うのである。

 彼はふいに私の眼を正面から見つめて、しかし穏やかな口調で言い出した。
「ところが、ここに来てみると、まるで違う。死が近い。死も死者もそこらへんにいるように感じる」
「それは本当ですか?」
「こんなことで嘘はつきません」
 小さく笑うと、さらに穏やかな声で、
「火山の噴火跡のような場所に積み上がる石、本堂にある沢山の服、あちこちの風車、ところどころに見える地蔵仏。そういう恐山の風景の持つ意味を、私は情報として知ってはいました。しかし、それが現実に目の前にあると、全然違って見えるのです。死がそこにある。でも、怖くない。いや、怖い怖くないではない、単に死がそこにある気がする」

 私は、額の秀でた男の茶色の瞳を見ながら言った。
「湖は見ましたか?」
「見ました。本当に美しい湖です」
「晴れた日は、湖面が青空を映して七色に輝くと言います」
「本当にそうでした。すばらしかった」
「そうでしょう。でも、それだけですか?」
 私は、彼が「それはどういうことですか?」とすぐに訊き返すと思っていた。ところが彼は、こう言った。
「いや、でも、やっぱり、恐山の湖だという気がしました」

 これを聞いて、私は言った。
「以前、恐山の受付に参拝の人が入って来て、湖の浜辺でずぶ濡れの男の人が右往左往している、と知らせに来てくれました」
「落ちたのですか?」
「いや。すぐに行ってみると、確かにずぶ濡れの若い男が、行ったり来たりしている」

 あの時、私は、男の眼に湖の水が入ったのだとすぐにわかった。湖底から硫黄ガスが噴き出す湖の水は強酸性で、一度眼に入れば、激痛で眼を開けられない。それで右往左往していたのだ。私は駆け寄って彼の肩をつかみ、
「あなた、まさか泳いだんですか?」

 ここまで話して、私は目の前のドイツ人に訊いた。
「この男、なんと言ったと思いますか?」
「泳いだのではないのですか?」
「違います。彼は、昼過ぎに恐山に来て、その時まで2時間ほど、浜辺で湖を見ていたのだそうです」
「2時間!」
「吸い込まれるような美しさだったと、言っていました」
「それ、わかりますよ」
「で、見入っているうちに、彼は何故か、歩いて渡れそうな気がしてきて、そのままついふらふらと、湖に歩いて入って行ったんです」
「ええっ!?」

 あの湖はカルデラ湖で、浜辺近くは浅いのだが、すぐに断崖のように深くなる。男は数メートル歩いたところで深みにはまり、溺れかけたのだ。眼の激痛と相俟って、溺れそうになりながら手足をジタバタと振り回したら、幸運にも、手が浅瀬にかかり、かろうじて上がってこれたのである。

「ラッキーでしたねえ…」
 ドイツ人は溜息交じりに言った。
「でも、この男の気持ち、ちょっとわかりませんか?」
「ええ、わかる気がします。あの湖は普通の美しさとは違う気がします」
「実はあの湖は強酸性で、生き物が住めません。川の水が混じったところで、ウグイという魚が一種類だけ生きていますが、その狭い範囲にしかいません。動物だろうが植物だろうが、あの湖にはほとんどまったく生き物がいないのです。死骸も老廃物も無い。だから、水が澄んでいる。わかりますか?」

 ここで私が言葉を切ったら、彼はしばらく沈黙して、ほほ笑んだ。
「つまり、死の湖だと」

 宇曽利(うそり)湖は美しい。怖さなど、どこにも感じられない。しかし、見ている者の気持ちをどこかに吸い出していくような、危うい色をしている。私にはそれが、死の気配に感じられるのだ。

 

*次回は、8月3日月曜日更新の予定です。

この記事をシェアする

ランキング

MAIL MAGAZINE

「考える人」から生まれた本

もっとみる

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき
  •  

考える人とはとは

 はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

 2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。

 目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。

 当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。

 まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。

 あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。

 創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。

 読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。

「考える人」編集長
松本太郎

著者プロフィール

南直哉

禅僧。青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職。1958年長野県生まれ。84年、出家得度。曹洞宗・永平寺で約20年修行生活をおくり、2005年より恐山へ。2018年、『超越と実存』(新潮社)で小林秀雄賞受賞。著書に『日常生活のなかの禅』(講談社選書メチエ)、『老師と少年』(新潮文庫)、『恐山 死者のいる場所』『苦しくて切ないすべての人たちへ』(新潮新書)などがある。

連載一覧

著者の本


ランキング

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

  • ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら