二十一、ヒーローは「仕方なく」戦う
著者: 南直哉
なぜこの世に生まれてきたのか? 死んだらどうなるのか?――その「答え」を知っているものなどいない。だから苦しい。だから切ない。けれど、問い続けることはできる。考え続けることはできる。
出家から40年。前著『苦しくて切ないすべての人たちへ』につづいて、「恐山の禅僧」が“生老病死”に本音で寄り添う、心の重荷を軽くする後ろ向き人生訓。
国産テレビアニメの草分けと言うべき、「鉄腕アトム」と「鉄人28号」が初放映されたのは、私が4歳の時で、文字どおり白黒テレビに噛り付くようにして、見ていた。
これまた、今や日本の誇る特撮ヒーローものの原点、「ウルトラマン」の放送は、私が8歳の時で、「シュワッチ!」と叫びながら、空き地の土管から飛び降りていたことは、言うまでもない。
だが、「仮面ライダー」になると、私は中学生で、教科書にあった「諸行無常」の言葉に絶大なインパクトを受ける直前、昂進する自意識に当惑していた思春期の入り口の頃で、もうテレビを無邪気かつ素直に見ていなかった。
このテのヒーローものに、当時の私が乗り切れなかったのは、「地球征服」や「世界制覇」を企む悪の集団や、怪獣怪人の類が、なぜ毎週毎週、日本ばかりを狙うのか、という疑問を解消できなかったからである。壮大な目的に比して、標的がセコい。こんな極東の小島に拘る以前に、早々に潰すべきところがあるだろう。
そう思っていた矢先、仮面ライダーの1年半後に登場したのが、「レインボーマン」である。これは実に驚くべき番組で、今も記憶は鮮烈だ。
低予算で頑張りました、ということが、気の毒なほどあからさまな、見るからにチープなコスチュームで、ヒーローも怪人も画面を跳びはねていたが、そのストーリーは瞠目すべきものであった。
第一に、この番組は、私の「なぜ日本ばかり攻撃するのか」という疑問に、完全無欠の回答を与えたのである。
怪人を操る敵役の悪人集団には、「死ね死ね団」という、笑えるほどミもフタも無い名前がついていたが、この団の活動目的は、過去に日本人から酷い目にあった外国人が、復讐のために日本人の抹殺や、その社会を破壊することだったのだ。
しかも、団がやることと言えば、毎度毎度、適当な怪人が出てきて、お決まりの戦いをして終わり、などというレベルとは、次元が違っていた。
忘れられないのは、この「死ね死ね団」が新興の宗教団体を設立して、集めた信者に大量の偽札をばらまき、ハイパーインフレを引き起こして、国を経済的に破滅させるという、子供番組にはあり得ないような設定である。
その頃、社会科の「公民」の授業を受けていたのか、すでに毎日読んでいた新聞から得た知識だったか、私は「インフレ」という言葉を知っていた。その実情がいきなり、テレビに出て来た時には、本当に仰天した。
この常識はずれなアイデアは、敵役のみならず、ヒーローの方も同じだった。
「レインボーマン」は、とある青年が、インドの山奥で、「ダイバダッタ」と名乗る仙人のような老人の指導の下、過酷な修行の果てに会得した変身の術によって、出現することになっていた。
そして、彼が変身する時には、必ず「アノクタラサンミャクサンボダイ」という、意味不明の呪文を唱える。私は最初、当然制作者が思い付きで決めた、出鱈目な文句だと思っていたのだが、番組の設定の異常さに圧されて、念のため辞書を引いてみたら、あろうことか、「仏の最高の覚り、智慧」とある。れっきとした仏教語だったのである(もちろん、私が生れて初めて知った仏教語)。
これはひょっとしてと思い、さらに「ダイバダッタ」を百科事典で調べたら、もっと魂消ることが書いてあった。レインボーマンの「師匠」にあたるこの老人は、かつてはお釈迦様の親戚(従弟)で、出家して弟子になったのに、その後お釈迦様を裏切り、彼の暗殺と教団の乗っ取りを謀った極悪人で、地獄に堕ちた重罪人とされていたのである。
ヒーローの「師匠」が堕地獄の極悪人。私は訳が分からなかった。さらになおも調べてみたら、「極悪人」という評価は、後世のお釈迦様の弟子教団によるレッテル貼りらしかった。
つまり、「ダイバダッタ」は、当時のお釈迦様の教団指導に対して、より厳格な戒律遵守と苦行主義を主張して、ついに支持者を引き連れ、分派したらしいのである。要するに、主義主張の違いの問題で、悪も罪も関係ない。が、この事情が、後世に確立した「正統」派から「異端」視され、堕地獄の悪業話に仕立てられたというわけだ。
私は、ここで敢えてダイバダッタを持ち出してきたところに、ただの安直な「正義の味方」には無い、複雑な仕掛けと只事でない奥行きを見て、感動を禁じえなかった。
何が「正義」かは人の判断で決まる以上、その「正しさ」は簡単に納得するべきではない。「死ね死ね団」が日本人を殲滅したいと思うほど憎悪するなら、それがどういう事情によるのか、まず彼らに訊いてみるべきではないか。
私は、このチープな出来のヒーローものの、壮大なスケールの物語づくりに、大いに感化されて、そんなことまで思ったほどである。
だが、ひとつ、どうしても引っ掛かることが残った。それは「レインボーマン」の肩書で、「愛の戦士」というものだったのである。
「正義」も人の判断だが、「愛」も、何をどう愛するかは、人の思い方次第だ。ということは、「正義」同様、「愛」にしても、これを錦の御旗に猪突猛進して「敵」を打倒するなら、要するに、自分の考えを無理強いするエゴイストと変わらないだろう。
仏教が、「愛」を「愛執」とか「渇愛」と呼んで、必ずしも評価しないのは、この「愛」にエゴイズムを見るからである。
無論、当時の私にそんなことは知る由も無い。だが、巷の漫画やドラマに氾濫していた「愛」の、イケイケドンドンな感じに辟易していた頃だったので、「愛の戦士」なんて、なんてベタで能の無い肩書だと、思っていたのだ。
ところがある日、番組の主題歌を聞くともなしに聞いていたら、「レインボーマン」は、「今さら後へは引けない」から、戦っているのだと言う。即ち、何の躊躇も屈託も無く、
敵を打倒するわけではないらしいのだ。ひょっとすると、「後に引けない」から、「仕方なく」やっているのではないか?
おそらく私は、「ある時は正義の味方、ある時は悪魔の手先」になる「鉄人28号」と、この「レインボーマン」に強く影響されている。それが無意識に記憶されたこともあって、およそ1年後、「諸行無常」という言葉に出会った時、世界の見え方が変わるほどの衝撃を受けたのではないか? 私は今でもそんな気がしている。
本当は様々な思いを抱えながら、それでも「仕方なく」戦うヒーロー。まさに、私のヒーローである。
*次回は、7月6日月曜日更新の予定です。
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南直哉
禅僧。青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職。1958年長野県生まれ。84年、出家得度。曹洞宗・永平寺で約20年修行生活をおくり、2005年より恐山へ。2018年、『超越と実存』(新潮社)で小林秀雄賞受賞。著書に『日常生活のなかの禅』(講談社選書メチエ)、『老師と少年』(新潮文庫)、『恐山 死者のいる場所』『苦しくて切ないすべての人たちへ』(新潮新書)などがある。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
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- 南直哉
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禅僧。青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職。1958年長野県生まれ。84年、出家得度。曹洞宗・永平寺で約20年修行生活をおくり、2005年より恐山へ。2018年、『超越と実存』(新潮社)で小林秀雄賞受賞。著書に『日常生活のなかの禅』(講談社選書メチエ)、『老師と少年』(新潮文庫)、『恐山 死者のいる場所』『苦しくて切ないすべての人たちへ』(新潮新書)などがある。
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