シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

「答え」なんか、言えません。

2026年5月4日 「答え」なんか、言えません。

二十、「サザエさん的家」の崩壊

著者: 南直哉

なぜこの世に生まれてきたのか? 死んだらどうなるのか?――その「答え」を知っているものなどいない。だから苦しい。だから切ない。けれど、問い続けることはできる。考え続けることはできる。
出家から40年。前著『苦しくて切ないすべての人たちへ』につづいて、「恐山の禅僧」が“生老病死”に本音で寄り添う、心の重荷を軽くする後ろ向き人生訓。

 福井の寺の住職になってしばらくしてだから、かれこれ30年近く前の話である。

 戸や窓を開け放って、本堂の掃除をしていたら、
「あ、いたあ!」

 いきなりの甲高い声に驚いて外を見ると、本堂の前に4人、年頃60前後に見える女性が横一列に並んでいた。

「この人、住職?」
 見事な白髪の人が言うと、右隣の派手なメガネの方が、
「そう、南さん」

 私は全く見覚えが無かったが、向こうは私を知っている。
「あのう、どちら様で?」

 いささか間抜けな物言いをしながら、雑巾片手に出て行くと、
「あら、お仕事中ごめんなさい」
 大柄で背筋の伸びた、一番若く見える女性が、丸みの帯びた声で言う。

「私たち、会えないと思っていたから、いらっしゃったので、嬉しくて」
 オカッパ頭が妙に似あう小柄な人が言葉を継いで言う。何が何だかわからない。

 するとメガネの女性が満面の笑みで言った。
「覚えていないか。私、前に永平寺に坐禅に行って、南さんに指導してもらったんです」
「へえ、そうでしたか」
「でね、南さん、最近本を出したでしょ、私たち、それ読んで、ファンになって、お目にかかりたいなあ、と」
 
 よくぞこの寺を探し当てたと思ったが、彼女は「苦労しました」と笑うだけだった。とりあえず、上がってもらって座敷に通すと、4人とも益々ニコニコし出して、かえって不気味である。

 粗茶を出しながら、
「そちらさんは、皆さん、お友達で?」
「そう。同じ大学で仲良しだったんです」
「今日はどちらからですか?」
「それぞれです。今日は福井駅集合で」
「素敵なお寺ですね! 前の川も良い風情で!!」
 こちらは一人の質問に、向こうの4人がそれぞれにタイミングよく答える。

 最初はただの「お参り」「歓談」かと思って相手をしていたら、二杯目の茶を注ぎ終わった直後、メガネ婦人がびっくりするようなことを言い出した。
「実は今日、南さんにちょっとしたお願いもあって、来たんです」
「はあ…」

 急に4人が身構えた、ように私には見えた。
「あの、私たち、ここに来させていただけませんか?」
「え、何のことですか?」
「4人で、ここに住まわせていただきたいんです!」
「ええっ!」
 私がのけぞると、あとの3人が畳みかけてきた。

「いえ、住むところは、お寺でなくてもいいんです。住む部屋は近くに借りてもいいんです」
「決してご迷惑にはなりません! でもお寺で働いて、お役に立ちたいんです!!」
「私たち、みなで頑張って働いて、お手伝いしますよ!!」

「ちょっとしたお願い」どころではない! いったい何を言い出すんだ!!
「あの、ちょっと待って。何のお話ですか?!」

 話を聞いてみると、驚き3分の1、呆れ3分の1、なるほど3分の1だった。

 つまり、彼女ら4人は古希70歳を期して、一緒に住んで老後を共にしようと言うのである。その住処を私の寺か、その周辺として、「南さんのところで」暮らしたい、というわけなのだ。

「そもそも、あなた方はそんなことができるんですか?」
 まず、メガネ婦人が、
「私、夫と離婚していて、子供は独立して、親の介護も無いし」
 白髪女性は、
「私、ずっと独身で」
 姿勢のきれいな人が、
「私も、親関係がみな亡くなって、夫も3年前に逝ってしまったし、子供が無いんです」

 最後にオカッパの人が、あけすけに言った。
「もう間もなく姑の介護は終わるだろうし、そうしたら私、離婚するつもりなんです。子供は心配ないし、離婚には賛成してくれると思う」
 この人の夫は、事態の「静かな進行」に気付いているのだろうか?

「いやあ、すみません。驚いたな」
「そうでしょうねえ」
 4人が一斉に高らかに笑い出した。

 私は正直なところを言った。
「お話の趣旨はわかりました。しかしこれは、こちらからお手伝いをお願いするにしても、寺は私の所有物ではありませんから、容易な話ではありません。それはあなた方も同じでしょう。身辺が気楽でも、いざ実行すると大変ですよ。今日はとりあえず、『候補地視察』ということにしてお帰りになって、またお互いよく考えてから、どうするか決めましょう」
「ああ、ありがとうございます!!」

 決して積極的とは言えない返事のはずだったが、4人は想定外の喜び方をした。
「よかった! 断られなかった!!」
「先に楽しみができた!」
「断られて当たり前だと思ってた」
 なんだ、断ってもよかったのか。

 彼女らは、聞くべきことは聞いた、とでも言わんばかりに、間もなく嬉々として帰って行った。私はそれを見送りながら、つくづくと考えた。
「ついに、こういう人たちが眼の前にも現れるようになったか」

 彼女らは、もはや明治以来の「家」を前提に今後の生き方を考えていない。急激な人口減少と社会状況の変化が、統計的確実さでもたらすであろう「家」の解体が、彼女たちを出現させるのだ。

 ありていに言えば、世の中の人間が漠然と考えていて、頭の単純な政治家あたりが「伝統的な日本の家」としたり顔で言うような、「サザエさん的家」は、今や文化財とでも言えるものであり、間もなく消滅に近い激減となるだろう。おそらく、あと20年くらいで、世帯として核家族さえ少数派になり、一人暮らしと夫婦二人暮らしが、過半を大きく超えるに違いない。

 今時どこに、婿付き三世代が、引き戸玄関の、庭付き一戸建てで、ちゃぶ台と言わないまでも、テーブルに一家そろって夕食をとっているのだ。あのアニメーションは、もはやノスタルジーで続いているにすぎない。

 だいたい、「日本の伝統的な家」など、幻想にすぎない。これは、江戸時代の武士の家族形態をモデルに、明治政府が民法で人工的に作りだした制度に過ぎない。国民全員が名乗る「苗字」と、「先祖代々墓」が、明治以後の発明であることを思い出せば、簡単にわかる話である。

 制度である以上、その制度を必要とする条件が失われれば、リアリティが無くなり、崩壊するのは当然である。

 けだし、「家」制度は、「家名」「家業」「家産」があってこそ、維持されるものである。「家名」は、居住地域における、その家族の位置づけを意味し、「家業」は代々引き継いでいる職業を言い、「家産」は引き継がれる財産である。それらは、農業を主とした生活手段の家族が、一か所に定住し続けることを前提にして、存在意義がある。同時にその家は、同じような家と「村」を構成してこそ、機能するのだ。

 居住地と職業が選択自由となれば、「家名」「家業」「家産」が、経済の拡大につれて、早晩無意味化していくのは当たり前である。明治以来、バブル崩壊まではかろうじて持ちこたえていた「サザエさん的家」は、ここにきて、いよいよ消滅に近い縮小過程に入ったと言えよう。4人の出現はその実例である。

 であるからして、「選択的夫婦別姓」や「同性婚」を含む多様な家族な在り方を、「日本の伝統的な家」を守るなどという理屈で否定するなら、そんな考えは、「家」制度の歴史的認識の浅さと、現状に対する時代錯誤を露呈するだけである。

 この期に及んで「家族の一体感」を声高に言い募る者もいるが、「一体感」は家族それぞれに、それぞれの方法で作り出すもので、「家」制度で強制する筋合いはない。そんなことをすれば、「家」が「一体感」どころか「閉塞感」を生みかねない。

 我々伝統教団が基盤とする「檀家制度」の「家」もまさに「サザエさん的家」なのであり、その消滅的縮小過程が葬式の「簡略化」や檀家数の「急減」となって現実化している。30年前の小さな寺での「徴候」は、いまや教団に大きな変革を迫る力になっている。

 因みに、その後4人からの連絡は無かった。理由は知る由も無いが。

 

 

*次回は、6月1日月曜日更新の予定です。

この記事をシェアする

ランキング

MAIL MAGAZINE

「考える人」から生まれた本

もっとみる

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき
  •  

考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
 「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
 どうして自分が「考える人」なんだろう―。
 手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
 それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

南直哉

禅僧。青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職。1958年長野県生まれ。84年、出家得度。曹洞宗・永平寺で約20年修行生活をおくり、2005年より恐山へ。2018年、『超越と実存』(新潮社)で小林秀雄賞受賞。著書に『日常生活のなかの禅』(講談社選書メチエ)、『老師と少年』(新潮文庫)、『恐山 死者のいる場所』『苦しくて切ないすべての人たちへ』(新潮新書)などがある。

連載一覧

著者の本


ランキング

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

  • ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら