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カラスの悪だくみ

2020年4月28日 カラスの悪だくみ

番外編 もし東京から人間が消えたら(後編)

後編 いざ、カラス調査に乗り出す

著者: 松原始

「カラスの悪だくみ」の連載が『カラスは飼えるか』という書籍となり、人気を博しているカラス先生、松原始さん。人間が家に引きこもっているこの時期に鳥たちは、カラスたちはどうしているのだろう? カラス先生、双眼鏡とカメラを持って、散歩がてら「カラス調査」へ。

前編はこちら

双眼鏡とカメラを持ち、まずはおなじみのハシブトガラスがいるところへ。仮に「鉄塔ペア」としておこう。このペアは毎年、住宅地のド真ん中にそびえる送電鉄塔に営巣している。3月中、まだ通勤していた頃にはあまり動きがなく、今年はどこで営巣しているのだろうと思っていたが、まずは「いつもの」鉄塔の周囲を回ってみる。

あった。普段私が通らない側に、枝と針金ハンガーを組んだ巣が見えた。このカラスは毎年ほぼ同じところに営巣する。鉄塔の途中に点検用の足場があり、その下に営巣可能なところが4箇所あるので、それを順繰りに使っているのだ。去年、古巣も含めて全て撤去されてクリーンな状態になったはずなので、これは今年新たに作った巣だろう。

双眼鏡でじっくり眺めたが、抱卵している様子はない。巣もまだ少し小さい気がする。まだ造巣中なのか? ハシブトガラスの産卵は早ければ3月半ばからだが、4月に産卵するのは普通のことだ。フィールドノートを引っ張り出して去年までの記録を見ても、ちょっと遅いかな? という程度か。

続いてその先の小さな公園と稲荷神社へ。ここも毎年営巣している(そして毎年雛がいる)ところなので、「稲荷ペア」と呼ぼう。だが、この公園は営巣を妨害するためか、高い木が2本とも剪定されて丸坊主になっている。これではハシブトガラスは営巣できない。彼らは巣が見えることを嫌うのか、葉っぱのない木にはまず営巣しないのだ(じゃあなんで鉄塔はいいのか? という疑問には、残念ながらいまだに答えることができない。説明はともかく現状としてそうなのだ、と言うしかない)。

ところが、巣がないのはともかく、カラスのペアそのものがいない。はて、稲荷ペアは巣を何度撤去されてもしつこく営巣し続けていたのに。そこまでこだわる理由の一つは、公園の真ん前が居酒屋とラーメン屋と中華料理屋であることと、無関係ではないと思っていたのだが。

そこで、この中華料理屋が改装のためにしばらく店を閉めていたことを思い出した。居酒屋はコロナウィルスの影響で客が減ったろうし、ラーメン屋は常にあまり客がいない。稲荷ペアもとうとう、「もうここはダメだ」と見限ったか? だが、そういう時でも、カラスが完全に姿を消すことは少ない。縄張りを新たに得るのは大変なのだ。少しでも餌のあるエリアに活動の重点を移し、必要なら縄張りの範囲をずらして(そのためには先住者と喧嘩して領土の一部を分捕る必要があるが)対応するものだ。そういう例は何度か見た。

彼らは以前から大通りの方でも行動していたようなので、巣はそっち方面にあるのかもしれない。ハシブトガラスの縄張りは市街地なら10ヘクタール程度、せいぜい数百メートル四方のことも多い。十分に歩いて回れる広さだ。


そう思って歩いて大通りへと行くと、駅前で1羽のハシブトガラスに出くわした。架線の支柱に止まって鳴いている。線路の向こうからはそれに応える?声が聞こえる。向こうから聞こえる方が声が高い… 多分メスだ。カラスは一般にオスの方が大きい。そして、体が大きいと振動部も共鳴部も大きくなるため、声は低くなりがちだ。コントラバスの音がビオラより低いのと同じである。

様子を見ていると、1羽のカラス(多分、さっき鳴いていたメスと思われる個体だ)が低いところから飛び上がって来て、架線支柱に並んで止まった。それから再び飛び立ち、道路に沿って飛んだ。待て、何かくわえている! 餌ではない。細くて長いものだ。枝、あるいは針金か電線のように見える。私はカラスを追って歩道を走った。幸いにして人通りがほとんどないので、誰かにぶつかる恐れもない。

カラスはマンションの屋上の角に止まった。そこで体の向きを変えると、姿を消した。あれは屋上のどこかに行ったのか? 建物が大きすぎて裏側は見えないが、どうなった?

数十秒後、カラスは再び姿を見せた。その時はもう何もくわえていなかった。それから、もと来た方へ飛び去った。

これは怪しい。屋上か、その周辺で巣作りしているのでは? ビルの屋上にはパイプスペースがあるし、給水塔なども立っていることがある。そういった場所はカラスの営巣場所になり得る。だが、残念ながら、地上からは見ることができない。ともかく「ココは怪しい」とノートに書いておかなければ。識別していない以上、これが「稲荷ペア」かどうかはわからないのだが、仮に「多分そうだろう」とも書いておく。


そこから買い物がてら、すぐ先の別の公園まで歩いた。ここもいつもカラスがいるところだが、きちんと観察したことはない。だが、パッと見て2つ3つは巣があるだろうな、と見当はつく。カラスが営巣したがるのは高い木で、葉っぱがよく茂っていて、あまり人が見ないところだ。隣の巣との距離は近ければ50メートルかそこらだ(巣は縄張りの中心にあるとは限らない)。そういう目で見れば、だいたい読めるのである。今私のいるあたりも、営巣できそうだ。歩道の先、5、60メートル行ったあたりも可能性がある。あとはもっと奥の木立かなー。

まず、私が立っている後ろでカラスが鳴いた。ペアだ。東に向かって鳴いている。止まっているのはさっき「怪しい」と思ったマンションの隣だから、おそらく稲荷ペア(多分)だろう。稲荷ペア(多分)があのマンションに営巣しているなら、今自分が立っているところは営巣するには近すぎる。

東からも少なくとも2羽の声が聞こえる。いや、3羽だ。位置の違う音声がある。あと2ペアいるのか。なら、公園の中の巣は少なくとも2つということか。

カラス、そして巣を探しながら遊歩道を歩いて行くと、2羽のカラスが低い木に止まって、ひどくこちらを警戒しているのが見えた。だが黙っている。これはおそらく、巣の間近だ。だが営巣木が見つからない。おかしい。カラスが営巣しそうな常緑樹はない。まさかと思った小さな常緑樹も確認したが、そこにもない。大きな落葉樹はあるが、葉っぱが出ていない落葉樹に丸見えで巣を作るハシブトガラスなんかいない。ならば、営巣場所は決めたものの、まだ巣作りしていないのだと判断した。

その先で大騒ぎしているペアがいた。さっきから「奥で鳴いているな」と思った奴らだろう。どうやら侵入者がいるらしく、しきりに飛び回っては空中戦を繰り広げている。なるほど、上空、低いところを、何度もハシブトガラスが通過している。同じカラスが旋回して何度も通っているのかもしれないが、次々にやって来ているとも考えられる。一度に通過するのは最大で3羽だ。この辺りを集中して観察したことはないが、はて、こんなに頻繁にカラスが通るようなところだったか?

このペアは明らかに1本の木を防衛しようとしており、その木にはばっちり、巣があった。産卵はまだのようだったし、巣がちょっと小さいので巣作りの途中ですらあるのかもしれないが、ここで繁殖しているのは間違いない。


ということで、私が歩いた範囲だけでも、カラスの縄張りは少なくとも4つだ。その周辺にもいるから、今日だけで多分6つか7つの縄張りを通過したはず。営巣場所も見当がついた。彼らは人間社会の事情とは関係なく、いつもと変わらぬ繁殖を続けようとしている。

「人間の経済活動が縮小した時、東京のカラスは何をしているか」ーーこれは1度や2度の断片的な観察で答えが出る問題ではない。だから、これだけの観察で何かを結論するつもりはない。ちょっと気になったこと、思いついたことを、とりあえずここに記しておくだけだ。

まず、ハシブトガラスの営巣は平年並みか、ちょっと遅い感じである。これが餌のせいだと言うことはできない。コロナ騒ぎで忘れがちだが、今年は気候自体、ちょっとおかしい。3月に入って雪が2度もあったし、気温は急降下したし、強風もあった。巣を吹き飛ばされて仕方なく再営巣しているカラスもいるだろう。それに、都会では営巣木が少ない。落葉樹しかなければ、彼らは葉が茂るのを待つものだ。よって、「餌不足で遅れている可能性もないとは言わないが、実は平年並みかもしれないし、遅れているとしても他の理由も大いにあり得る」としておく。

次に、市街地のカラスは元気にやっている。決してカラスまでが引きこもっているわけではないーーというか、そんなわけがない。ただ、餌量とその分布は違って来ているかもしれない。

外出が制限されている今、家での食事はむしろ増えているはずだ。ということは、一般家庭から排出される生ゴミも増え、カラスの餌は不足どころか大盛りサービスになっている可能性さえある。となると、私が観察したような、住宅地中心の地域ではカラスの行動に大きな変化がないかもしれない。

だが一方、そのような場所でも、飲食店の休業はカラスにも打撃を与えているはずである。実際、稲荷神社近くの公園に営巣するカラスが中華料理屋の裏でいろいろ食っているところを何度も見たのだ。繁殖ペアはそういう、確実に餌の採れるポイントを縄張り内にいくつもキープしているものである。


繁華街の生ゴミの山に群がるカラス(ここには縄張りを持たず、繁殖していない個体が多く含まれる)の場合、実際に餌を食べている個体はそんなに多くない。多くは後ろで見ているだけで、なかなか順番が回ってこない。収集されてから、こぼれた細かいゴミを拾い集める程度で、足りないぶんは1日じゅうチマチマと色んな餌を食べてしのいでいる個体もたくさんいるはずだ。それでも、都市部のハシブトガラスの縄張りは山の中と比べて圧倒的に狭い。人のいない場所ならば、1キロ四方を超えることもあるのだ。都市部の縄張りの狭さは、それだけ餌が多いことを示唆する。

都市部でゴミという餌資源がシャットダウンされれば、それまで生ゴミをパクパク食べていた優位個体も他の餌に切り替えざるをえない。中堅個体も右に倣えだ。しわ寄せは劣位個体に来る。環境に存在する餌量に見合った数のカラスしか生きていないはずなのだから、餌資源の一部が消滅した以上、東京のキャパは下がっているーーつまり、そのままでは生きていけないカラスが出ているはずなのである。

その結果は? 生存できなくて死ぬ? 他の餌を探す? 餌場を変える? 

そう考えていたら、最後に行った公園でやたらに縄張りに侵入して来るカラスを何羽も見たことを思い出した。これも「普段はどうなのか」をちゃんと見ていないと結論はできないが、公園前のスーパーに買い物に行った時の記憶を辿ると、そんなにカラスが飛び回るところではなかったと思うのだ。となると、あの侵入者は少しでも餌のありそうなところを目指して東奔西走している腹ペコなカラスだったのかもしれない。確かにあの辺りにはスーパーがあり(ということは鮮魚部や惣菜部なんかもあって、ゴミも出るはずだ)、ファストフードもファミレスもある。営業自粛が続く飲み屋と違い、ランチタイムならばまだしも開いているから、そこを目指しているのかもしれない。

それとも、公園に来ている人たちが何か落として行かないかチェックしている? 確かに公園には家族づれを見かけた。しかも、普段と違って曜日に関係なく人が来るはずだ。お弁当やおやつはカラスのいい餌資源になっているかもしれない。繁華街の灯が消えてしまえば、人間の活動の中心は「家」に偏るのだ。考えてみれば当たり前のことだ。すると


いや、これだけではまだ何もわからない。繁華街と住宅を比べてどうこうと言うためには、繁華街を見なくてはいけない。今言えるのは「減った餌を補うために、行動範囲を広げて餌を探そうとしている個体がいるのではないか」という、至極常識的な仮説だ。

今できるのは、現状を記録することと、わからないものは「わからない」としつつ、ああでもないこうでもないと考えることくらいだろう。まあ、元気なカラスを見ただけでも、私としては嬉しかった。


仮にだが、新宿、渋谷といった繁華街がどう変わったかまで含めて調査ができれば、非常に興味深い結果になるだろう。カラスの集まる数や1個体が食べている餌の量、繁殖ペア数、繁殖成績(つまり卵や雛の数だ)までフォローできれば申し分ない。

そして2020年に世界を襲った大事件の一側面の記録ともなるだろう。

そして、「人間が活動を控えればどうなるか」、言い換えれば「人間は自然環境に何をしているか」を示す一例にもなるはずである。

(おわり)

カラスは飼えるか』(新潮社)

松原始 著

2020/03/23発売

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
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手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

松原始

まつばら・はじめ 1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館の特任助教。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』ほか。もちろん悪だくみなどしていない。心に浮かぶ由無し事を考えているだけである。ククク

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