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やりなおし世界文学

2020年6月29日 やりなおし世界文学

(特別編)速さと鋭さのダイバーシティ――サキ『サキ短編集』

著者: 津村記久子 , 100%ORANGE

短篇集『サキの忘れ物』を上梓された津村記久子さん。「サキ」とは、『サキ短編集』(新潮文庫)など、短編の名手として知られるイギリスの作家です。

表題作の主人公・千春はある日、バイト先の喫茶店で客が忘れていった一冊の本を手にする。その本がまさに『サキ短編集』。この本を読み始めることで、少しずつ、でも確実に千春の人生が動き出す――。

津村さんはこの短篇を書く前に、毎日新聞夕刊に連載中の「読書日記」で『サキ短編集』への想いを書かれていました。今回、『サキの忘れ物』刊行を記念して、毎日新聞社のご協力を得て、読書日記を転載させていただくことになりました。

『サキの忘れ物』、そして『サキ短編集』をぜひお楽しみください。

 小学六年か中学一年の時だったと思うのだけれども、元ザ・ブルーハーツで、現ザ・クロマニヨンズの真島昌利氏が、ラジオの書き起こし本で、サキとかブラッドベリを読んでいる、と発言していて、自分も、とさっそく図書館に借りに行って読んでみたのだが、まあこれがさっぱりわからなかった、ということで、二十数年にわたって疎遠になっていたサキである。挫折後もサキの評判は耳にしていて、そらもうおもしろいんだろうなあ、と遠巻きにしつつ、あのさっぱりわからなかった体験を反芻するのがつらくてそのままにしていたのだが、このたび再挑戦することにした。結論から言うと、ものすごくおもしろかった。もっとちゃんと読めよ十代前半の自分よ。ただ、この粋さというか、鞭の一振りのような鮮やかな撤収具合は、もしかしたらただ呆然とするだけだったかもな、とも思う。そのぐらい鋭くて速い。
 「サキ短編集」の二十一本の短編は、おもしろい話、「やられた!」と思える話、そして怖い話、とだいたい三種類に分類されると思う。どの話もうまくて、すぱっと終わる。自分の文章を、くどくどしくなく、さっぱりしていてきれいに終わるものにしたいと思っている人には、良いお手本になるのではないか。サキを読んでいると、自分の小説に関して、あそこは書きすぎていないかとか、もっと説明せずに見せていけないものかと考え込んで、そういう態度自体がサキっぽくないなとがっかりする。
 ただ話がうまいだけではなくて、サキの文章表現自体も非常におもしろい。たとえばこの話がそれほどうまく終わらなくても、文章を読んでいるだけでこの話を読み始めた元は取れるだろう、という具合に。たとえば、「話上手」という話では、子供たちに話を聞かせる女性の話の退屈さについて「血も肉も躍らない、あわれなほど面白くない話」と断じ、「親米家」では、ある画家が付かず離れずな人間関係を営む様子について「いうなれば、市場の物売女が、行きずりの客と応待し、商品を見せ、天気とか不景気の話とか、時にはリュウマチの話とかはするが、相手の日常生活にくちばしを入れたり、彼らの野心を根掘り葉掘り聞いたりしたがる様子は決して見せないというほどのものだった」と的確に書く。また「平和的玩具」で、ジョン・ステュワアト・ミルがなぜ経済学の大家になったのかと子供に尋ねられた大人が「まあ、自分でなりたかったからだな。経済学の大家になるのは、いいことだと思ったんだよ」と言う、半ばやけになったような、面倒くさそうな感じもよく出ている。
 話のテーマになることは、戦争や、家庭における子供の人数、どんな女性と結婚したらよいかだとか、はては通勤電車で何を話したらよいかだとか、労働組合をテーマにした話など、多岐にわたる。ただ話題をもてあそぶような、おもしろければそれでよかった、というような冷たいものでもなくて、どの話にもどこか、サキ自身のものと思われる実際的な目線がある。地に足がついているのである。
 とはいえ、本当にくだらないなあ、と笑ってしまうような話もある。「肥った牡牛」という牛専門の画家とその隣人の話や、「休養」という滞在先で部屋の中に豚と鶏を放たれて一晩過ごすはめになる議員の話が、個人的に特に好きだ。「休養」の、豚と鶏の戦いにえんえんと悩まされるシーンは、オチなどなくてもいつまでも読んでいたかった。また、方々で名作と聞く「開いた窓」もすばらしい。一作一作に何かが突出している至福の二十一編。

(毎日新聞夕刊 2015/6/30付「読書日記」より)

サキの忘れ物

津村記久子

2020/6/29発売

サキ短編集

サキ / 中村能三 訳

1958/3/18発売

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

津村記久子
津村記久子

1978(昭和53)年大阪市生まれ。2005(平成17)年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞してデビュー。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、2009年「ポトスライムの舟」で芥川賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、2013年「給水塔と亀」で川端康成文学賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞を受賞。他の作品に『アレグリアとは仕事はできない』『カソウスキの行方』『八番筋カウンシル』『まともな家の子供はいない』『エヴリシング・フロウズ』『ディス・イズ・ザ・デイ』など。

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100%ORANGE

イラストレーター。及川賢治と竹内繭子の2人組。東京都在住。イラストレーション、絵本、漫画、アニメーションなどを制作している。イラストレーションに「新潮文庫 Yonda?」「よりみちパン!セ」、絵本に『ぶぅさんのブー』『思いつき大百科辞典』『ひとりごと絵本』、漫画に『SUNAO SUNAO』などがある。『よしおくんが ぎゅうにゅうを こぼしてしまった おはなし』で第13回日本絵本賞大賞を受賞。

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