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やりなおし世界文学

2020年12月24日 やりなおし世界文学

(25) 謎のナゾベーム――シュテュンプケ 『鼻行類』

著者: 津村記久子 , 100%ORANGE


 「尾が四メートルある。屁で持ち上げて果実を採る」。なんなんだこのメモは。ハラルト・シュテュンプケの『鼻行類』におけるナゾベーム類についての記述だ。説明しても未読の方には間違いなくよくわからないと思うのだけれども、ナゾベームという動物は屁(のようなもの)でしっぽを持ち上げて果実を採るらしいということにとにかくご留意いただきたい。
 一九四一年、日本軍の捕虜収容所から脱走したスウェーデン人のシェムトクヴィストは、ハイアイアイ群島に属するハイダダイフィ島という島に流れ着く。そこには、フアハ=ハチ族という常に約七百人に調整されている住民たちと、鼻で移動する哺乳類である鼻行類がいた。本書は、地上の他の場所には存在せず、さらにはある国の核実験によるハイアイアイ群島の消滅によって滅びてしまった鼻行類に関する記録である。
 信じるか信じないかはあなた次第、と投げてしまってもいいのだが、個人的には、眩しいほどのもっともらしさとぬけぬけとした語り口に、常に薄笑いながら読んでいた。レオ=レオーニの『平行植物』もそうだったけれども、何もそこまでというところまで無為とも言える嘘を重ねられると感動する。でも、本書の中では訳者も解説者も含めて、誰一人として鼻行類の非実在にはふれていないので、わたし自身は架空の動物についての記録を読むようなつもりで本書を手に取ったとしても、本当は鼻行類はいたかもしれない。そう思えるぐらい本書は無用に真摯な精細さがひしめいている。
 多鼻類短吻類四鼻類ナゾベーム科ナゾベームの尾に関する「根元にしか脊椎のないこの尾は、盲腸につながる気道を内蔵しており、これを通じて(盲腸気道括約筋〔Sphincter caeco-gasotubalis〕の弛緩によって)突然腸内ガスが充満すると、尾ははち切れんばかりにふくらみ、4m以上の長さになって高く投げあげられる」という記述が冒頭の要約メモの全文なのだが、「屁とは必ず体から出てゆくもの」という主義の方以外には、要は屁に近いもので四メートルもあるしっぽを持ち上げて果実を集めるという、まことにばかばかしい状況が、もう歯軋りするほど大真面目に書かれているという状態には、もはや爽快感のようなものさえ漂う。
 本書にはこのようなまばゆいほどのいかした記述が頻出する。たとえば、鼻で歩くどころか跳躍ができるという硬鼻類の中の跳鼻類は、鼻の関節を使って強力な跳躍ができるものの、鼻の構造上後ろにしか跳べないという。「鼻でジャンプする」なら、もしかしたら頑張ったら考えつくかもしれない。けれども、「後ろ向きにしか跳べない」は狂っている。駄目押しに、実際に後ろに跳んでいる跳鼻類のトビハナアルキの図版が示されるのを眺めながら、著者の本気度に戦慄する。
 鼻行類同士の関係にも注目せざるをえない。しっぽを伸ばして果実を採集するナゾベームには、オニハナアルキという、同じように鼻が四つある捕食者がいるらしいのだが、オニハナアルキは鼻息がうるさいため、こっそり忍び寄るということができないそうだ。オニハナアルキのナゾベームに対する追跡行は数時間に及ぶ。ナゾベームは投げ縄式の尾を枝に巻き付けて溝や小川を渡って逃走し、オニハナアルキに追いつかれそうになっても、最後の手段として尾で木の枝にぶら下がって地面すれすれをぐるぐる回ったり、振り子のように揺れたりするため、それを見ている追跡側のオニハナアルキは気持ち悪くなって吐くそうだ。斬新な逃げ方だ……と感心した後、しかしオニハナアルキに捕まってしまったナゾベームは、オニハナアルキのしっぽの毒爪にやられて、涙を流しながら捕食される、という無駄に怖い記述に沈黙する。
 また、ツツハナアルキという一箇所に固着する鼻行類と、ヤドリトビハナアルキという種は共生関係にあるそうで、ツツハナアルキは雌雄に関係なく乳が出るためヤドリトビハナアルキに与えているらしい。しかし条件がある。ヤドリトビハナアルキが甲殻類を捕まえてツツハナアルキに渡し、それのいきがいいとかでツツハナアルキが納得しないと、ヤドリトビハナアルキは乳を飲ませてもらえないそうなのだ。獲物のいきが悪いと、悪臭腺から分泌物をかけられることもあるらしい。圧巻の無意味さだ。端的に言って、こんなことを考えた上に書いて出版することそれ自体に感動する。でもたまに、満腹だったりするとツツハナアルキはヤドカリの入っていない貝殻をもらっても乳を飲ませたりすることがあるそうだ。そしてヤドリトビハナアルキは、人工飼料を強制的に与えることもできるのだが、やはりこれらの〈売り込み〉儀式を行わないといまいち調子が出ないらしい。本当に輝かしいほどアホな話だ。
 もっとも美しい鼻行類と言われるハナモドキ属のフシギハナモドキの生態も興味深い。長い尾でぴんと立ち、短くて幅広い六つの鼻を開いて花に擬態し、虫が寄ってきたら鼻を閉じて捕食する彼らは、風の強い日に偶然ふれあうことで交尾するそうだ。鼻の疥癬にかかり、鼻のほじりすぎで滅んでゆくこともあるという彼らのコロニーの行く末の話には胸が痛む。
 いったいなんでこんな本を、という詮索や、著者が本当はどんなふうに読者に感じてほしいのかということは抜きにして、傍目にはあまりにも無目的に、そして物惜しみなく連続して炸裂するクリエイティビティを固唾をのんで追っているうちに、なんだかよくわからないがよーし自分も頑張るぞ、みたいな気分になる。元気が出ると言ってもいい。自分がここまで力強く小説を作り込む自信はないけれども、鼻行類のことを思い出したら、もう少し頑張ってみようという気持ちにはなれるんじゃないかと思う。

『鼻行類』

シュテュンプケ /日高敏隆・羽田節子  訳

1999/5/15

とにかくうちに帰ります

とにかくうちに帰ります

津村記久子

2015/09/27発売

うちに帰りたい。切ないぐらいに、恋をするように。豪雨による帰宅困難者の心模様を描く表題作ほか、それぞれの瞬間がはらむ悲哀と矜持、小さなぶつかり合いと結びつきを丹念に綴って、働き・悩み・歩き続ける人の共感を呼びさます六篇。

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松村 正樹

著者プロフィール

津村記久子
津村記久子

1978(昭和53)年大阪市生まれ。2005(平成17)年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞してデビュー。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、2009年「ポトスライムの舟」で芥川賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、2013年「給水塔と亀」で川端康成文学賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞を受賞。他の作品に『アレグリアとは仕事はできない』『カソウスキの行方』『八番筋カウンシル』『まともな家の子供はいない』『エヴリシング・フロウズ』『ディス・イズ・ザ・デイ』など。

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100%ORANGE

イラストレーター。及川賢治と竹内繭子の2人組。東京都在住。イラストレーション、絵本、漫画、アニメーションなどを制作している。イラストレーションに「新潮文庫 Yonda?」「よりみちパン!セ」、絵本に『ぶぅさんのブー』『思いつき大百科辞典』『ひとりごと絵本』、漫画に『SUNAO SUNAO』などがある。『よしおくんが ぎゅうにゅうを こぼしてしまった おはなし』で第13回日本絵本賞大賞を受賞。

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