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おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

 辻占(つじうら)というお菓子は、もう二十年以上も前、当時金沢に住んでいた姉が、お正月に帰省した折に買ってきてくれたお土産だった。お正月に一家揃ってお屠蘇をいただき、おせち料理を食べた後、午後のお茶の時間になったときに、姉が出してきたのが辻占だった。金沢ではお正月にこんなお菓子を食べるんだってと言って、小袋の口を開けてこちらへ向ける。中に占いが入っているらしいよ。

 それは淡い色をした薄いお煎餅を小さな花のかたちにきゅっとつぼめたような形をしていて、初めて見る風雅なお菓子に、へえ、おもしろいね、金沢はさすが小京都と呼ばれるだけあって、雅なお菓子があるねえなどと言いながら、私たちはめいめい袋の中からおみくじを引くようにつまんで取って、ぱりぱりと音を立てて開けて、中の紙片を取り出した。その指先ほどの小さな白い紙に書いてある占いの言葉が、このお菓子を忘れなくさせたのである。

落雁 諸江屋の辻占の形は、初春らしく福寿草を表すという

 「ずいぶんごすき」とかぼちゃの絵。「だれもすく人」とおかめの絵。「いいものハこれ」と杯の絵。「志んからよい」「よくよく決めた」「たよりをまつ」。占いともいえないような、この意味深長な言葉はなんだろうか。ずいぶん変わってるねえ、まあ昔からのものだからと、皆で自分の引いた紙を見せ合い、それから回りの薄焼煎餅を食べ、お茶を飲み、なにやかやと笑ったり話したりしているうちに、初春の日は暮れていった。
 それからも辻占はお正月に何度か登場したと思うのだが、そのいわれについては無頓着なまま、姉は金沢を離れ、実家での辻占遊びは終わってしまった。

 そもそも辻占とは、道の四つ辻に立って、通る人の言葉で吉凶を判ずる、古代から続く占いだった。それがのちに占いの文句を書いた紙を辻占と呼ぶようになり、江戸時代後期には辻占を菓子の袋に混ぜたり、煎餅で包んだものを辻占煎餅と名づけて、花街などの街頭で辻占売りが売っていたそうだ。金沢には茶屋街があるし、あのいわくありげな占いの言葉は遊郭のお遊びの名残かと合点がいった。短い文句を3枚つなげてひとつの文章にして、意味をもたせたりもしたようだ。

 辻占煎餅は今でも京都の伏見稲荷や神奈川の川崎大師の参道で作られ、また長崎や富山でも新春の縁起菓子として親しまれている。地域によって素材や形はさまざまだが、もとは町角に立つ吉凶の占いが、次第にお菓子のおまけのようになって、年の初めに皆が集い、にぎやかに過ごす、そのはなやぎのひとときに一役買うようになったことが、この辻占が残ってきた理由だろう。

小さな紙片のしゃれたひとことが初笑いを誘う

 今はことわざやわかりやすい言葉に変化しているというが、姉のお土産の辻占は近世のしゃれた文句がよく、これまでに引いたものは後生大事に取っておいたのだが、その紙がどうしても見つからない。今も入れたはずの机の引き出しやお財布の中などを探っていたのだが、どこに雲隠れしたのか出てこない。これはまた、改めて新年に皆で引きなさいという意味だろうか。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

若菜晃子

1968年神戸市生まれ。編集者。学習院大学文学部国文学科卒業後、山と溪谷社入社。『wandel』編集長、『山と溪谷』副編集長を経て独立。山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編集、執筆。著書に『東京近郊ミニハイク』(小学館)、『東京周辺ヒルトップ散歩』(河出書房新社)、『徒歩旅行』(暮しの手帖社)、『地元菓子』『石井桃子のことば』(新潮社)、『東京甘味食堂』(本の雑誌社、講談社文庫)、『街と山のあいだ』『旅の断片』(アノニマ・スタジオ)他。『mürren』編集・発行人。3月に『岩波少年文庫のあゆみ』(岩波書店)を上梓。

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