
「だって別に朝鮮学校とか行ってないんでしょ?」真顔で問うその人の目を、私はもう一度見つめ返した。何ら悪意のある言葉ではない。私の心も傷ついてはいない。ただ一抹の違和感だけが心に残った。勿論、韓国語を話すこともできず、“それらしい教育”も受けた記憶は一切ない。ただ、「だからあなたは日本人だよ」というその言葉が、父の抱えてきたものを消し去ってしまう気がするのだ。
日本人の母、在日韓国人にルーツを持つ父の元に生まれ、幾度か自分に問うてきた。自分は何人なのか、どこに軸足があるのだろうか。そんな折に、やはり在日韓国人としてのアイデンティティーを持つ女性からこんな言葉をかけられたことがある。「マイノリティーとして生きる覚悟はあるの? 例えばあなたがどんなに優秀な成績をおさめたとしても、“さすが在日の子!”“母子家庭の子はやっぱりできるね!”とはいわれない。ところがあなたがもし悪いことをすれば“やっぱり在日の子は、母子家庭の子は”といわれてしまう。だからとりわけ身の振り方に気を付ける」。それがマイノリティーとして生きるということなのよ、と。
半分は納得しつつ、どうにも腑に落ちなかった。社会の中での振る舞いに気を遣うことは悪いことではない。けれどもそれが少数者であるから、という理由であるならば、何も考えず受け流すことはできなかった。
学生生活も終わりに近づいたあるとき、ふらりと立ち寄ってみた小さな飲み屋さんで、マスターと息が合い、話し込んだ。彼もやはり在日のルーツを持ち、けれども韓国に行ったこともなければ言葉も分からないのだという。「でもさ、俺、在日であることめっちゃ誇りに思ってるんだよね」。ひょうひょうと語るマスターの言葉に、何だか拍子抜けしてしまった。本来は絶対的ではないはずの境界線にとらわれ、勝手にその線引きから外れたような自分を揺らがせていただけ。もっと曖昧でいいし、もっと自由でいい。家族に素直に感謝できるようになったのは、そう気づいてからだった。

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安田菜津紀
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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とは
はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。
目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。
当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。
まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。
あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。
創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。
読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。
「考える人」編集長
松本太郎
著者プロフィール
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- 安田菜津紀
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1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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