裏路地を覆う果物の匂い、絶えず埃の舞う道端で物乞いする子どもたち、その手を握ったときの温かさ。14年前に過ごした日々を、今でも昨日のことのように思い出す。伝える仕事の原点。それは高校生の時に訪れたカンボジアだった。「国境なき子どもたち」が派遣する“友情のレポーター”として、特に人身売買の被害に遭った同世代の子どもたちを取材し、日本に伝えるのが私の役割だった。遠い国の、なんとなく大変そうな場所、というぼんやりした想像でしかなかったものが、一気に友達の暮らす国、そして友達が抱える問題へと心の距離が縮まっていった。
そしてこの夏、今度は一人のフォトジャーナリストとして、そしてこのプログラムの“卒業生”として、新しいレポーターである栁田峰雄くん(ヤナギダ ネオ/13歳)と山邊鈴さん(ヤマベ リン/15歳)の取材に同行した。今年の派遣先はフィリピン。青少年鑑別所、保護施設、そして路上と、出会うのは皆、最も厳しい環境を生きる子どもたちだ。「どんなことを聞けばいいだろうか」「この質問をして、傷つけないだろうか」と戸惑いながらも、彼らが抱えるものに少しでも近づこうと努め続ける。「どうしてこんな環境で生きなければいけないんだろう?」「どうしてここで暮らしていても笑っていられるんだろう?」絶えず「なぜ?」と問い続ける二人。
大人になるにつれ、どんなに抗ってもやがて理不尽さに慣れ、見過ごしてしまう人々の痛みがあるかもしれない。悲しみも、喜びも、心の声を敏感に感じ取り、そして持ち帰る。そんな架け橋を築こうとする二人の姿に、伝える仕事の役割は何か、と改めて問われたような思いだ。
-
安田菜津紀
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
この記事をシェアする
ランキング
MAIL MAGAZINE
とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 安田菜津紀
-
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
連載一覧
対談・インタビュー一覧
ランキング
ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら