10月31日、父の命日に発覚した事件のことを、あれからずっと考えている。神奈川県座間市の男性の自宅から9人の遺体が見つかり、容疑者はSNSを通じて「死にたい」と訴えていた女性にも声をかけていたという。
今、15~39歳までの世代で一番多い死因が自殺とされている。生きづらさを訴えるTwitterなどへの書き込みも後を絶たない。ただ、たとえそれがSNSであったとしても、誰かに届いてほしいから言葉を発するのだ。
私は誰かがネットに逃げ込む理由を、「誰にも相談できない」という見方だけに留めたくないと思っている。現実社会に頼れる人がいない場合もきっとある。同時に、親しい人が大切だからこそ、相談をすることで迷惑をかけたくない、とネットを頼ることもあるはずだ。必死にその人を支えようとしても、結局は命を絶つことを止められなかった、ご遺族や身近な人たちの無念を何度も目の当たりにしてきた。SNSにそうした書き込みをする人たち、あるいは周囲の人たちだけにこの問題を背負わせたくない。
大学生のとき、何かしらの理由で親を亡くした大学生同士の交流に参加したことがある。その時改めて実感したのは、「亡くした」という一言の中にも、突然の事故だったのか、長い闘病生活だったのか、体験はそれぞれ違うということだ。その上、千差万別の受け止め方があり、決してその言葉だけをもってして“分かり合う”ことはできない。ただ、確信を持てたこともある。分かり合えないという前提に立ちながらも、“分かりたい”と努め続けてくれる人が目の前にいることが、人の心を救うんだ、と。
私にもあった。この世界からきれいに消えてしまいたいと思うことが。その全てをさらけ出すことは難しい。けれどもその葛藤のたった一部でも、誰かが見つめていてくれるだけで心が軽くなることがある。求められているのは、「死にたい」と言わせない厳しさではなく、「死にたい」と安心して吐きだし、心を落ち着けてまた明日へと向かえる社会ではないだろうか。
今、引っ越しを考えている友人たちに次々と声をかけ、自分の暮らしている街へと誘っている。勿論、今の街が気に入っていることもある。ただそんな徒歩圏内計画は、これまで命を絶っていった友人たちが残した声からの教訓でもあった。あの時、「死にたい」とメールをもらい、彼ら、彼女たちの元へと走って向かえる距離にいたらどうだったろうか…。今はもう会えない友人たちの顔を浮かべる度に、そんな後悔が尽きないからだ。
あの事件から改めて問われている。誰かが立ち尽くしそうになったとき、「ときには立ち止まっていいんだよ」と声をかけられる社会であれるかどうか。どんなにSNSが広がる世の中になったとしても、手触りのある感覚で心がつながり合えているか。誰かを置き去りにしないために。
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安田菜津紀
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 安田菜津紀
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1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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