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分け入っても分け入っても日本語

 大勢から寄付金を募って、困った人のために役立てたり、事業を起こしたりすることは、昔からありました。
 お寺や仏像を作るために寄付を募ることを「勧進(かんじん)」と言いました。このことばは平安時代からあります。「勧進帳」の「勧進」ですね。江戸時代には「勧化(かんげ)」とも言いました。
 勧進に対して、寄付を行うことを「奉加(ほうが)」と言いました。「勧進帳」が寄付を募るための文書だったのに対し、「奉加帳」は寄付者たちが金額などを記す帳面です。
 さて、現代、お金を募ることを「募金」と言います。これはいつ頃からのことばか、はっきりしません。『日本国語大辞典』第2版にも実例なし。ただ、この辞書の「内債」の項目を見ると、明治時代の『草莽(そうもう)雑誌』第5号(1876年)の例があり、「募金」の文字が見えます。
〈政府不時に募金するに(あた)り、如何(いか)なる方法を(もち)()きや。(その)方法三個あり。(いは)く課税曰く内債曰く外債()れなり〉
 ここでは政府が課税することも「募金」と言っており、違和感があります。でも、お金を集める意味なのは確かです。
 「募金」は、お金を集める側が使うことばです。ところが、これを寄付する側、つまり、お金を出す側が使うこともあります。主客の転倒が起こっています。
 このことを国語辞典で最初に指摘したのは『岩波国語辞典』第7版(2009年)でした。「募金」について〈寄付金などを広く一般からつのること。↔醵金(きょきん)義捐(ぎえん)〉と説明した後に、こう補足しています。
〈醵金・寄付する行為の意は一九八〇年ごろ学校から広まった誤用で、現在かなり多用。教師が言った「―のお金を持って来なさい」などを寄付の金銭と誤解したせいか〉
 『岩波』は、主客転倒が1980年頃に起こったと考えています。おそらく『岩波』の編者・水谷静夫の採集した用例に基づいているのでしょう。『岩波』には、水谷の研究・用例採集の成果に基づいた、こうした独特の記述があります。「募金」の記述の元になった資料を知りたいところですが、残念ながら水谷は2014年に亡くなっています。
 代表的な募金事業である共同募金は、日本では戦後の1947年に始まりました。なぜ、30年ほども経ってから用法に主客転倒が起こったのか、不思議に思います。この時期に変化が起こる理由があったのか。
 こういう変化は、もっと前に起こっても不思議でないと思って、国会会議録を調べてみました。募金に関することは、国会でも議論の対象になっているはずです。
 1975年12月の衆議院交通安全対策特別委員会で、公明党の議員が次のように発言しています。
〈〔生活保護家庭は〕いま年末を控えて、必死になってどう年を越していこうか、生き延びていこうかということですよ。慈善なべが並んで、そしてあたかも苦しい人のために募金してくださいと、寒空の中で鈴が鳴っているようなのはそらぞらしいのじゃありませんか〉
 ここで〈苦しい人のために募金してください〉とあるのは、「寄付してください」ということです。主客転倒の例です。1980年よりも少し例がさかのぼりました。
 もう少し前の例はないでしょうか。1965年の統計数理研究所によるアンケートを見ると、こんな調査項目があります。
〈〔共同募金に〕すすんで募金した/みんながしたから募金した/あまりしたくないが仕方なく募金した/募金しなかった〉
 これは「お金を募る行動をしたか」ということではなく、「お金を寄付したか」ということです。これでアンケート調査が成り立ったのであれば、この言い方に違和感を持たない回答者が多かった、意味が通じた、ということでしょう。
 これ以前はどうかとなると、確実なことは分かりません。ただ、ことばの上で、主客転倒という現象は、わりあいよく起こるものです。
 たとえば、店側が客に部屋を「貸し切る」と言います。その客たちだけに貸す、ということです。「貸し切りにする」とも言います。客の立場からは「貸し切りにしてもらう」、つまり「借り切り」です。ところが、主客転倒が起こって、「客が部屋を貸し切って騒ぐ」などという用法が生まれました。本来なら「借り切って」と言うところです。
 あるいは、最近の例で、通信会社などが利用者に料金を課すことを「課金」と言います。ところが、利用者の側も、料金を支払うことを「課金する」と言うようになりました。
 自己と他者の区別がついていないとも言えますが、もともと、ことばの主客というものは入れ替わりやすいのです。「扉が(ひら)く」と「扉を開く」、「雑念が去る」と「雑念を去る」など、同じ動詞を自動詞にも他動詞にも使う例があります。これも主客の入れ替わりの例ですが、私たちは気にしないで使っています。
 ふたたび『日本国語大辞典』を見ると、冒頭に紹介した「奉加」は、神仏に寄付を行うことから転じて〈一般に、金品を与えること、またはもらうこと〉にも使われたといいます。
 またしても、主客の転倒です。江戸時代の「守貞漫稿(もりさだまんこう)」では、「『奉加』とは下から上に寄付をすることを言うが、今は、俗に他人にお金を募るのを『奉加』と言い習わしている」と説明しています。
「奉加」を、寄付をするほうにも、お金を募るほうにも使ったというのは、「募金」「課金」とそっくりです。どうやら、募金に関することばは、昔から主客が転倒しやすかったようです。
 

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

飯間浩明
飯間浩明

国語辞典編纂者。1967(昭和42)年、香川県生れ。早稲田大学第一文学部卒。同大学院博士課程単位取得。『三省堂国語辞典』編集委員。新聞・雑誌・書籍・インターネット・街の中など、あらゆる所から現代語の用例を採集する日々を送る。著書に『辞書を編む』『辞書に載る言葉はどこから探してくるのか? ワードハンティングの現場から』『不採用語辞典』『辞書編纂者の、日本語を使いこなす技術』『三省堂国語辞典のひみつ―辞書を編む現場から―』など。

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