ここまでで二つばかり書き残したことがある。
まず一つはインターネット関連産業の「裏」事情。インターネット関連産業といえば、すぐに思い浮かぶのがGoogleとアマゾンだろう。
すでに書いたが、Googleは、たった一社で、世界の人工知能研究者・開発者の1割を雇用していると言われる。また、この原稿を書く際にも、20回ほど「ググる」必要がある。まさにインターネットの支配者の名にふさわしい。
アマゾンが世界のインターネットショッピングを支配していることも周知の事実だ。アマゾンは「Amazon Go」という、世界のコンビニとスーパーマーケットを無人化・AI化するプロジェクトを推進している。やがて、世界の人口のほとんどが、アマゾンのアカウントで買い物をするようになるかもしれない。
だが、彼らは、あくまでもインターネットという情報伝達ハイウェイの上を走っているにすぎない。実は、インターネット「そのもの」を支配している、あまり知られていない企業があるのだ。それは米マサチューセッツ州に本拠を置くアカマイ・テクノロジーズ社だ。マサチューセッツ工科大学(MIT)のトム・レイトン教授が中心となって1998年に設立した大学ベンチャーで、本社がMITの正面にある。「誰も知らないインターネット上最大の会社」とも呼ばれ、全世界130箇所に分散したサーバー群を擁し、負荷分散サービスとクラウドセキュリティサービスを展開する。なんと、インターネット通信量の15%から30%はアカマイのサーバーがさばいていると言われる。
アカマイは日本語の「アタマいい」を意味するハワイ語だ(サモアやタヒチでは「アタマイ」と発音)。発音が似ているのは偶然かもしれないが、アカマイのサーバー群はグラフ理論と呼ばれる高度な数学によって最適化されており、たしかにアタマがいい。
今、読者がこの連載をネットで読んでいるとしたら、かなりの確率で、数学的に最適化されたアカマイのサーバーを経由しているはずだ。アカマイは、あなたが「どこ」にいるかを瞬時に判断し、いちばん近くのサーバーへと誘導する。ええと、タクシーの配車センターに電話すると、いちばん近くを走っているタクシーを回してくれるが、あれに似ていますよね。ただ、アカマイのサーバーの数は23万台以上とも言われており、それを数学テクノロジーが支えている点がタクシー配車とは大きく異なる。
アカマイの起業は、いまや伝説だ。共同設立者の一人、ダニエル・ルウィンは、レイトン教授の大学院生だったが、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの際にアメリカン航空11便に搭乗していて命を失った。いわば悲劇の船出となったベンチャーだが、世界のインターネットを事実上「支配」する大企業へと躍進した。
なんでこの話を書いているかというと、アカマイのような目立たない巨大企業が、誰も知らぬ間に世界を支配している現状を読者に知ってもらいたかったからだ。小粒のベンチャー企業が10年程度で世界に君臨する大企業へと急成長する。それが超計算社会の特徴なのだ。しかも、そのような支配者は、Googleやアマゾンのように「有名」にはならず、影で動き続ける。
アカマイは、高度な数学テクノロジーを武器に、影の支配者として第四次産業革命においても中心的な役割を演じ続けるだろう。
さて、二番目の書き残しに移ろう。
読者は、世界の総電力消費に、インターネット関連産業が占める割合がどれくらいか、ご存じだろうか。計算には、みなさんがお使いのパソコンやスマホも含まれる。
会社でも自宅でも、みんなが、ひっきりなしにパソコンやスマホを使っているわけで、子どもはゲームに興じている。30%? いやいや、もっと多いだろう。下手をすると50%くらいか? そもそも電力消費量の多い先進諸国ほど、インターネット関連の電力消費量も多いわけだし。
もし、読者がそうお考えになったとしたら、実際の数字を聞いて驚くはずだ。専門家による見積もりでは、インターネット関連の電力消費は、せいぜい2%程度にすぎないのだ! いいかえると、世界の電力消費の98%は、パソコンやスマホ「以外」ということになる。いったいなぜだろう?
たとえば、電気自動車は、クルマが人や荷物を載せて動き回るので電力を消費する。エレベーターもそうだし、ベルトコンベアーもそうだ。また、動きはしないが、電気を熱に変換するしくみも電力を食う。エアコンがそうだし、電子レンジもそうだ。
でも、パソコンやスマホや情報通信の場合、物理的に何かが動いているのではなく、いわば、「情報」が動いているのだ。正確にいえば、それでも、光や電子が動いていると言い張ることが可能だが、少なくとも、デッカイ何かが動いているわけではない。パソコンやスマホが熱をもつことはあるが、それで暖房しようというわけではない(笑)。
パソコンやスマホで使われる半導体は、極端に省エネの進んでいる世界だ。私が子どもの頃は、東京秋葉原の電気街に行くと、トランジスタ、ダイオード、抵抗といった大小様々の電子部品が山のように積まれていた。そして、「模型とラジオ」(通称:モラ)「子供の科学」(通称:コカ)といった雑誌では、無数の電子回路が紹介され、不思議な「夢の世界」が広がっていた。エレクトロニクスの裾野は広く、その頂点に君臨する日本のメーカー各社は、世界中に電子部品がいっぱい詰まった家電製品を輸出し、第三次産業革命の覇者となった。
電子回路の基本メカニズム自体は、その頃と今とで、さほど変わっていないにもかかわらず、秋葉原はオタクの街へと変貌し、電子部品を扱う店も次々と閉店した。なぜなら、電子部品がどんどん小さくなり、チップ化されていったからだ(集積回路)。
米インテル社の共同設立者で名誉会長のゴードン・ムーアは1965年に半導体の集積度を調べた論文に次のように書いた。「トランジスタのような部品の集積度は毎年倍増してきた」。この数字は75年には「2年で倍増する」と訂正され、その後、業界関係者は「1年半で倍増する」と語るようになった。集積度が上がるにつれ、コストは下がり、省エネ化が進んだ。
うん? ちょっとわかりにくいですか? 集積度が2倍になるというのは、部品を微細化して、同じ面積に2倍の部品を詰め込むこと。そのためには、配線を細く短くする必要がある。実際には、事はさほど単純ではないが、とにかく、電子部品がミニチュアになることで省エネが進む。
ここで一つの疑問が生まれる。
第四次産業革命がAI、IoT革命であるとするならば、今後、産業の主役が交代するに連れ、世界は半導体だらけとなり、さらなる省エネ化が進むはずだ。前に触れたように、世界経済(GDP)とエネルギー消費の間に相関があるならば、第四次産業革命の結果、経済成長が止まり、縮小に転ずるのか?
いやいや、ここで忘れてはならないのが、第四次産業革命のもう一人の主役の存在だ。そう、ロボットである。AIはインターネット上のサーバー群にのみ存在するわけではない。無数のロボットが「モノのインターネット」(IoT)としてAIとつながり、物理的に稼働することになる。AI重機、AI農作業機、AI介護士、AIナンタラカンタラ……。もちろん、人間の形をしたヒューマノイドも。10兆円産業ともいわれるAIロボット産業は、抽象的でとらえどころのないAIの「身体」となって、地球を変えてゆく。そして、ロボットは、物理的に稼働するがゆえに、エネルギー消費が大きく、経済成長に寄与するにちがいない。
はたしてAIとIoTとロボットは、エネルギー、人口、経済をどう変えてゆくのか。今後数年間、わずかな兆候をも見逃さないよう、アンテナを張り続ける必要がある。