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往復書簡「小説⇔演劇」解体計画

2018年11月20日 往復書簡「小説⇔演劇」解体計画

(8)日記は誰に向かって書いているのか?

著者: 滝口悠生 松原俊太郎

滝口悠生→松原俊太郎

新潮』の「アイオワ日記」お読みいただきありがとうございます。これを書いているいまは10月29日で、あっという間でアイオワ滞在も残り数日です。僕も他の参加作家たちも少しさびしい、終わりを迎える雰囲気のなかで過ごしています。

松原さんが書かれていた通り、日記は本来プライベートなもので、公開されることを前提とした日記というのは日記という形式をとったエッセイみたいなものなのかもしれません。という文章には「前提」と「形式」という、僕たちが松原さんの戯曲について語る際に繰り返し用いていた言葉が含まれていて、ちょっとおもしろいなと思ったので今回はここから書き始めてみます。

僕はここ数年、日記を書くワークショップをやったり、小説のなかでも登場人物が書いた日記を引用みたいにつかったりしてきました。それはもともと私秘的な言葉、文章だけが持つおもしろさがあると思っていたからなのですが、ワークショップや雑誌の誌面で日記を書くとなれば、当然その私秘性は損なわれます。しかし、完全に公的になったり虚構になったりするわけでもないので、私的なものと公的なものが混在したり、不均衡になるところにまた別のおもしろさがあると思っていて、それはエッセイともやっぱり少し違うように思うのです。

東京の初台で「fuzkue」という本を読むためのスペースに特化したお店をやっている阿久津隆さんの『読書の日記』(NUMABOOKS)という日記の本があります。読書、という軸は保たれつつも、そこにはなによりまず毎日があって、いわゆる文体的なまとまりも均整もないのに、小説ともエッセイとも違い、またおそらく完全にプライベートな日記では生まれなかったであろうグルーヴがあります。日が変われば文章も変わる、という日記としては当たり前のことをやっているわけですが、これは公開される「前提」で書かれる日記がしばしば「形式」を整えたがる(これは先生に「提出」することを「前提」とした夏休みの宿題とかの悪影響のようにも思うのですが)ことへの抵抗を示しているようにも思えます。混在とか不均衡と僕が書いているのは、具体的に言うとこのようなことです。

自分のことを書くのは難しい、というのは日記においても言えることで、「アイオワ日記」に書かれている「私」(滝口)は、あまり書くのが難しくなかった自分なのかもしれません。難しいというか、書いても=読んでもおもしろいと思えないことについてはただ単に書かないし。全部書いてたらきりないし。書きたくないという気持ち(たとえば恥ずかしさとか弱さとか)についてはもう少し微妙な話だと思いますが、基本的には書きたくないことは無理に書かない、というのが僕が日記を書く時の姿勢です。日記の場合、何を書かなかったか、書かれなかったことも、通奏低音のように文章に響いてくるように思います。

自分のことについて書くか書かないかの選択は、虚構という前提をもつ小説になるともう少し厄介で、柴崎さんとの対談で話していた「自分のことを書くのは難しい」というのは主に小説における話なのですが、日記の場合は『読書の日記』が示すように自分の濃度が日によって不均衡でも全然OKと僕は思っています。誌面に掲載される以上は、他人のプライバシーにかかわることや内緒話など、書けないこともたくさんあって、僕が参加したアイオワ大学のIWP(インターナショナル・ライティング・プログラム)はそれでもほぼ公のプログラムで各作家のプロフィールなども公開されているので書きやすいですが、これが私人の集まりだと同じようにはいかないと思います(そうすると、もっと自分についての記述が多くなるのかも)。

公開を前提とするかいなか、というのは、読み手をどう想定するかという話でもあるわけですが、僕が「アイオワ日記」で想定している読み手は、ふだん小説や雑誌を書いている時に想定しているのとまったく同じと言っていいと思います。これは掲載媒体が『新潮』であることも当然大きいし、僕はふだんも日記を時々書いていますが、それは基本的に自分だけが読む用で、備忘録としての意味合いが強いので、文章というよりは場所や名詞だけだったり、メモのような形のことが多く、しかし「アイオワ日記」ではそういう形では書いていません(もう少し言うと、そういう毎日のメモをもとにして、雑誌掲載用に全部書き下ろしました)。私的な日記の読み手は限りなくいない(あるいは将来の自分)に近いのですが、たとえ公開するものであるにせよ、日記の文章が独特のおもしろさを持ちうるのは、この読み手の不安定さ、形式の不安定さが理由のひとつなのではないかと思っています。

で、戯曲と上演のことに考えを戻した時に、「上演もまた戯曲に対する一つの読みの提示」というのはなるほどその通りだと思うのですが(地点はまさにそうですよね)、では上演がある読みを提示する時に、その読み手とはいったいどんな存在なのか、とあらためて考えてみたのですが、またよくわからなくなってきました。小説においては、読む作業は基本的に読み手ひとりで行われます。もちろん、他者の読みと突き合わせて影響されるといったことはしばしば起こりますが、それも結局はひとりで読み返す作業が必要で、読みは常にひとりのうちで起こることのように思われます。(朗読は? という興味深い問いがここで出てきますが、一旦措く)

戯曲の読み手は、それが上演を前提とする場合、なによりもまず演出家や演者がそれを読む者として想定されてしまうわけで、観客はその先にいるようにも思えます。もちろん観客も戯曲を読むことはできますが、それは演出家や演者とは少し違う読み手なのではないか。読みとしての上演を観客が経験するとき、観客は戯曲の読み手としての足場を奪われ、観客席にとじこめられ、戯曲と上演=書き手と読み手の関係が舞台上に現れるのを観るのが観客? 前に、戯曲と上演とどっちがおもしろいか、などと問うてみましたが、それは上演における読み手と戯曲における読み手が必ずしも一致せず、時に我々観客は読み手でいられない、ということが根にあるのかもしれません。

10月29日 滝口悠生

『演劇計画Ⅱ -戯曲創作-』

委嘱劇作家:松原俊太郎、山本健介(The end of company ジエン社)
演劇計画Ⅱアーカイブウェブサイト http://engekikeikaku2.kac.or.jp/
京都芸術センター http://www.kac.or.jp/

 

サウンド/ドラマ『おじさんと海に行く話』

音響家・音楽家の荒木優光による、音を主体とした上演シリーズ(音響上演作品)の新作を発表します。松原俊太郎が書き下ろしのテキストを提供。

日時:2018年12月7日(金)19:00、12月8日(土)14:00/19:00
会場:京都芸術センター 講堂
作:松原俊太郎
構成・サウンド:荒木優光
http://www.kac.or.jp/events/24547/

 

演劇計画Ⅱ -戯曲創作- 関連企画 松元悠『カオラマ』

松原俊太郎の創作中の新作戯曲『カオラマ』の第一稿・第二稿を基に、リトグラフ作家の松元悠が作品を創作・展示します。

日時:2018年12月13日 (木)-2019年1月6日 (日) 10:00-20:00
※2018年12月26日(水)~2019年1月4日(金)は休館
会場:京都芸術センター ギャラリー北・南
戯曲:松原俊太郎『カオラマ』(第一稿・第二稿)
展示:松元悠(リトグラフ作家)
http://www.kac.or.jp/24664/

茄子の輝き

茄子の輝き

滝口悠生

2017/06/30発売

離婚と大地震。倒産と転職。そんなできごとも、無数の愛おしい場面とつながっている。芥川賞作家、待望の受賞後第一作。

山山

山山

松原俊太郎

2019/05/08発売

プラトニック&アレゴリックな独白的文体に、選考委員も震撼! 純粋劇作家・松原俊太郎のデビュー作品集。第63回岸田國士戯曲賞受賞作品。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

滝口悠生

1982年東京生まれ。2011年、「楽器」で新潮新人賞を受賞してデビュー。2015年、『愛と人生』で野間文芸新人賞、2016年、「死んでいない者」で芥川賞を受賞。他の著書に『寝相』『茄子の輝き』『高架線』などがある。

連載一覧

松原俊太郎

作家。1988年熊本生まれ。2015年、処女戯曲「みちゆき」で第15回AAF戯曲賞大賞受賞。2019年、『山山』で第63回岸田國士戯曲賞受賞。他の作品に戯曲「忘れる日本人」、「正面に気をつけろ」(単行本『山山』所収)、小説「またのために」など。

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