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ソマリ人のきもち

 4月下旬、ケニアの首都ナイロビに着いた。宿をとったのは、「イスリ」というソマリ人街だ。

 ここはナイロビ屈指のビジネスセンターなのだが、一般のケニア人すら足を踏み入れない。外国人旅行者など皆無だ。

 住民の7割以上はソマリ人。トラックやバス、乗用車がひしめき、大声のソマリ語が飛び交うさまは、「ソマリ世界」が凝縮されている感があり、「ここはソマリの飛び地か」と最初に来たときは驚いたものだ。

 しかし、今回5年ぶりに来てみると、喧騒は相変わらずだが、未舗装のぐちゃぐちゃの道路は半分以上舗装され、車の通行や人の歩きぶりもずいぶん秩序立ってきた。

イスリの街並み。カラフルなバスやトラックが多い。

 もっとも、アブディや彼の友だちのソマリ人たちによると、「お金があったら別の地区に移りたい」という。住居が小さく、治安も悪いからだ。つまり、貧しい人が多く住むエリアなのだが、逆にいえば、「カネがなくても生きていけるエリア」でもある。

 私は前回来たとき、知り合いのソマリ人のお世話になっていた。昼と夕方、彼の家に呼ばれ、パスタやケチャップ味のライスを御馳走になっていた。私は別にお金がなかったわけじゃないが、仮にカネがなくても、誰か知り合いや同じ氏族の人が食べさせてくれるのだ。

 アブディも「食事にはめったにお金を使わない」と言っていた。彼の場合、友だちと共同で狭いアパートの部屋を借りているが、そこに自炊の設備はない。親族や同じ氏族の人もいないので、多くは「外食」になる。

 私もアブディに連れられ、彼の友人でもあるタクシーの運転手の青年と一緒に、ホテルのそばにある「ラーレイス」という食堂に入った。今までのソマリ世界の経験から、小汚い食堂かと思いきや、中は日本のファミレスのような内装。午後4時という中途半端な時間にもかかわらず、えらく混んでいる。

「ラーレイス」の前で。筆者の後ろで真似をしているのは見知らぬ通行人。

 驚いたのは、料理がむちゃくちゃ美味いこと。

 私たちが頼んだのは、魚のフライとライス。てっきり「白身魚の揚げ物に白いご飯がついてくるんだろう」と思いきや、ウェイターがドカンとテーブルに置いたのは、ピーマン、ニンジン、タマネギなど野菜がどっさり載った豪勢きわまる魚フライと、豆の炊き込みご飯。このほかにキドニービーンと野菜の煮込みと、さらに2種類のスープがついている。

豪勢な魚フライと豆の炊き込みご飯。アブディ(左)はなにやら誇らしげ。

 実際味わってみても感動的な美味さ。スパイスや塩気が実にほどよく、魚フライの火の通し方といい、米の炊き方といい、なぜこうもバランスがいいのかと驚く。

 もともと、ソマリ料理はどこで何を食べても、まず美味しいのだが、こんなに洗練された味付けはめったにない。

 しかもこれが安い。日本円にして700円ほど。3人でお腹いっぱいになる。

 ソマリ方式では、その場でいちばんお金を持っている人が勘定をもつ。周囲を見渡すと、肉や魚を頼まず、パスタやライスだけを食べている人も多い。日常食としてなら、量的にも味としても十分だろう。これなら2人分で200円しない。

 あまりに美味いので、翌日の昼もラーレイスに行ってしまった。この店は朝から晩まで、いつ覗いてもお客でごった返している(女性客は「家族席」という、別のスペースに通される)。いつ行っても不思議なほど喧しい。誰かが特に大声を出していたり、口論をしているわけでもないのに、ソマリ人は普通に喋っているだけで、ものすごくうるさい。

喧噪のなかで食事を摂るソマリの人たち。

 しかし、慣れるとこの喧しさも心地いい。喩え皿を落として割っても周りが気づかないほどだ。子供連れでも友だち同士でワイワイやっていても問題ない。日本みたいに携帯電話の使用が禁止されたりもしていない。ただ、店内がうるさくて電話では相手の声が聞こえづらく、わざわざ通話のため外に出る人もいる。結果として日本の店と同じになったりするところが面白い。

 そして、今度はパスタとヤギ肉のローストを頼んだが、同じように美味かった。盛りつけのセンスも素晴らしい。

 「世界でも屈指のレストランなんじゃないか」と思わずツイートしてしまったほどだ。

 ところが、3回目にラーレイスに行くとなんと満席。しかたなく、近くの雑居ビルの2階にある店にてきとうに入った。

 その店はラーレイスほど小ぎれいではなかったが、お客の混み具合と喧しさは同じだった。そして、なにより驚いたのは料理。

 私たちが注文したのは、チキンのローストとパスタ。それにレモン・ジュース。

 盛りつけのセンスも味もラーレイスと遜色ない!!

 しかもこの店にはベランダがあり、イスリの雑踏を見下ろし、涼やかな風に吹かれながら食事を楽しめるのだ。

 凄いのはラーレイスだけではなかった。イスリの食堂はどこもたいていは美味いのだ。

 ナイロビに行くなら──もし誰かソマリ人の知り合いができたなら──ぜひイスリの食堂を試してほしい。

 ただし。イスリの食堂には一つだけ大きな欠陥があるのだが……。以下、次号!

手前からチキンのローストとポテト、パスタ、生レモン・ジュース。一人一皿、辛いチリソースがついてきて、お好みで何にでもつけるし、ふりかけてもいい。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

高野秀行

1966年東京都生まれ。早稲田大学探検部在籍時に執筆した『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。辺境探検をテーマにしたノンフィクションを中心に『西南シルクロードは密林に消える』『ミャンマーの柳生一族』『アヘン王国潜入記『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』など著書多数。『謎の独立国家ソマリランド』で第35回講談社ノンフィクション賞、第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。最新刊は『幻のアフリカ納豆を追え! そして現れた〈サピエンス納豆〉』(新潮社)。

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