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住職はシングルファザー!

2024年1月5日 住職はシングルファザー!

13. 孤独なシングルファザー

著者: 池口龍法

28歳で結婚。2児の父となったお寺の住職が、いろいろあって離婚。シングルファザーとしての生活が始まった。読経はお手のものだが、料理の腕はからっきし。お釈迦さまも、オネショの処理までは教えてくれない。かくして子育ての不安は募るばかり……。一体どうやって住職と父親を両立すればいいのか!? 「浄土系アイドル」「ドローン仏」などが話題の、京都・龍岸寺の住職によるシングルファザー奮闘記!

シングルファザーへの偏見

 この連載を読んでくれている人のなかには、これから離婚を考えている人も少なからず含まれているだろう。経験者として忠告しておきたいのは、ひとり親家庭の親は、どこまでも孤独だということである。

 どんなに疲れていても、山積みになった洗濯物を回さなければいけない。子供たちに「ご飯まだ?」と言われれば、キッチンに向かわなければいけない。子供の教育方針も、お金の使い方も、すべて自分で決められるのは自由なのであるが、誰にも相談できずひとりで判断して責任を負い続ける恐怖のほうがはるかに勝る。さらにつらいのは、ひとり親家庭の前提として、子供が成人するまで、私はずっと元気でいなければいけない。このプレッシャーたるや半端ない。

 でも、離婚する決断ができず、家庭内不和を抱えたままズルズル過ごしているのは、家族に良い影響を与えない。軌道修正して関係修復ができるならそれに越したことはないが、それが無理なら速やかに離婚したほうがいいと私は思う。家庭内が穏やかであるほうが、子供にとっても良いはずである。

 そのために、親が孤独感に襲われながら暮らしていくのはもちろん過酷極まりないが、ひとり親家庭の親を経験すれば、人生における大半の孤独感は乗り越えられるともいえる。育児も家事も仕事もすべてひとりで抱えるのはしんどいが、ハラハラドキドキのコメディの舞台だと思えば楽しめる。ものは考えようでなんとかなるのである。

 ところで、シングルマザーとシングルファザーを比較した場合、どちらが孤独だろうか。

 離婚を経験していない人には「どちらも同じだ」と言われそうだし、シングルマザーからは「私たちの気持ちも知らないで勝手なことを」と厳しい眼差しを向けられそうだが、私はシングルファザーのほうが圧倒的に孤独だと主張したい。

 なぜシングルファザーのほうが孤独かというと、ジェンダーギャップ指数が相変わらず先進国のなかで最下位にある日本では、「会社で働くのが男性」「家で子育てするのは女性」という空気感が根強く残っているからである。実際、子供がいる家庭が離婚する場合、男親が親権を持つのは全体の1割だといわれる。つまり、ひとり親家庭というだけでマイノリティなのに、そのマイノリティのなかでもさらにマイノリティなのが、「シンパパ家庭」である。極端な言い方をすれば、世の中に「存在しないはずのもの」とみなされているとさえ言っていい。

 このような偏見は、社会のいたるところにあって、不意に私の心をえぐってくる。

 たとえば、ショッピングモールなどに出かけていく。

 トイレに行くと、女性用のトイレにはおむつ替え台があるが、男性用には備え付けられていない。つまり、おむつを替えるのは母親だという暗黙の前提がある。ショッピングモールの経営者も、さっきまですれ違った利用者もみんな、シングルファザーなど眼中にないという気がしてくる。

 私の子供たちはもうおむつを離れている年齢だから、おむつ替え台のお世話になることはもうないが、シングルファザーになってから女性トイレにしかおむつ替え台のサインがないのを見るとドキッとする。もし子供がもっと幼かったらどうしただろうか。洋式便座の蓋の上に押さえつけてオムツを交換していたかもしれない。ウンチが蓋についたら、トイレットペーパーでふき取ってわからないようにして立ち去ったかもしれない。

 私は経営者を責めるつもりはない。ショッピングモールのトイレを設計するときに、「シングルファザーにも来てもらいやすいようにしたい」などとマイノリティ中のマイノリティにまで配慮していたら、コストもスペースもかかりすぎるという事情はわかる。いまの私が仮に経営者でも、男性用トイレにおむつ替え台を設置することに多少ためらうと思う。

パパ友は皆無

 それから、シングルファザーゆえの悩みが、ママ友とのラインないしライングループである。

 小学校に通っている間は、友達の家に遊びに行くのにも、親同士が連絡を取り合わないといけない。こういうとき、連絡役を担当するのは母親と相場が決まっている。だから、私は子供の友達の数だけ、ママ友とライン交換をすることになる。私のラインはもうママ友だらけである。

 ママ友との個別のラインだけでなく、野球チームなどに所属すれば、私は保護者のライングループに入ることになる。そのほかに地域の保護者のライングループもあれば、学校のPTAのライングループもある。

 そのライングループに入っているのは、やはりほとんどが母親である(野球チームは途中から父親も入ることが推奨された)。したがって、ライングループにいる男性は私だけであるから、ひとりでに私がシングルファザーであることがバレる。

 「池口さんとこ、離婚してお父さんが子供引き取ってるらしいよ」「あらぁ、たいへんねぇ」というママ友間でのささやきが耳元で聞こえるような気がして、離婚初期の頃は心が痛んだ。

 「ママ友とのラインがそんなに嫌なら、パパ友を作ってラインしたらいいのに」と言われそうである。

 もっともである。

 だが、どういうわけか、小学校の友達の親とのパパ友ラインはほぼ皆無である。

 偏見だと言われるかもしれないが、いまどき、夫婦共働きが当たり前。乳幼児の頃は母親が中心に子育てしていたとしても、小学生にあがったら、たいていは社会復帰する。パートタイマーではなく、フルタイムで働く人ももちろんいる。それなのに、習い事や学校などの保護者ライングループに参加するのは、私の経験するかぎり、ほとんどが母親である。

 おかしな話ではないか。

 仕事で忙しい合間にもライングループにメッセージはどんどん届く。遅滞なく返事を送り続けるのは、決して楽なことではない。それなのに、母親ばかりがその作業を担っている。

 要するに、世の中の父親は、奥さんにまだまだ甘えているのだろう。仕事は男性が、そして、育児と家事は女性が行うという旧習から、完全には抜け出せていないのだろう。

 恥ずかしながら私だって、離婚していなければ、おそらくは奥さんにすべてを任せていた。ママ友たちと盛んにラインを交わす居心地の悪さのなかで、相変わらずジェンダーギャップ指数が低い日本の育児の現実を知れたことは、貴重な経験であった。

 

*次回は、1月19日金曜日配信の予定です。

 

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

池口龍法

僧侶。浄土宗・龍岸寺住職。2児の父。1980年兵庫県生まれ。京都大学卒業後、浄土宗総本山知恩院に奉職。2009年、フリーマガジン「フリースタイルな僧侶たち」を創刊。2014年より現職。念仏フェス「超十夜祭」や浄土系アイドル「てら*ぱるむす」運営などに携わる。著書に『お寺に行こう!  坊主が選んだ「寺」の処方箋』が、共著に『ともに生きる仏教 お寺の社会活動最前線』がある。『スター坊主めくり 僧侶31人による仏教法語集』の監修もつとめる。Twitter: @senrenja

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