2021年6月2日、一般財団法人河合隼雄財団の主催(協力:新潮社)による「河合隼雄物語賞」「河合隼雄学芸賞」の第9回選考会が開催され、授賞作が決定しました。
第9回河合隼雄物語賞
第9回河合隼雄物語賞は、寺地はるな『水を縫う』(2020年5月30日 刊行 集英社)に決まりました。選考委員のみなさん(小川洋子氏、後藤正治氏=五十音順)は、「裁縫の好きな男子高校生が、周囲の人々との触れ合いの中で、自分なりの生きるよすがを見つけていく。平凡な日常を書き起こしながら、読者をエンカレッジする小説である」という授賞理由をあげています。
寺地さんは受賞の報を受けて、「思いもよらないことで大変驚いておりますが、この小説は世の中にたくさんある偏見とか、こうでなくてはならない、と皆が思い込んできたものに、一つひとつ疑問を投げかけてみようと思って書きましたので、大変うれしく思います」と受賞のことばを述べられました。
著者略歴
寺地 はるな(てらち はるな)
1977年佐賀県生まれ。大阪府在住。会社勤めと主婦業のかたわら小説を書き始め、2014年『ビオレタ』でポプラ社新人賞を受賞しデビュー。2020年『夜が暗いとはかぎらない』が第33回山本周五郎賞候補作に、2021年『水を縫う』が第42回吉川英治文学新人賞候補作にノミネートされた。2021年「咲くやこの花賞」(文芸その他部門)を受賞。『大人は泣かないと思っていた』『今日のハチミツ、あしたの私』『ほたるいしマジカルランド』『声の在りか』など著書多数。
第9回河合隼雄学芸賞
第9回河合隼雄学芸賞は、石山徳子『「犠牲区域」のアメリカ 核開発と先住民族』(2020年9月24日刊行 岩波書店)に決まりました。選考委員のみなさん(岩宮恵子氏、中沢新一氏、山極壽一氏、鷲田清一氏=五十音順)は、「核開発に潜むアメリカのセトラーコロニアリズム(定住型植民地主義)を、先住民の犠牲という観点から描いた意欲作。ここにえぐり出されたアメリカの負の歴史は、わたしたち日本人が原発事故や放射能汚染・核廃棄物処理やエネルギー政策の未来を考えるにあたり、格好の映し鏡になるであろう」という授賞理由をあげています。
石山さんは受賞の報を受けて、「この度は、大変栄誉ある素晴らしい賞を誠にありがとうございます。思いがけないことで驚き、また身のひきしまる思いでおります。この本は、北米各地でこれまで歩いてきた、様々な場所で出会った方の、物語の力強さ、やさしさに支えられながら書くことができました。今日の受賞を励みに、忘れられてきた、もしくは見えなくされてきた物語を掘り起こすような仕事をこれからも地道に続けてまいりたいと思います。本当にありがとうございました」と受賞のことばを述べられました。
著者略歴
石山徳子(いしやま のりこ)
1971年東京都生まれ。日本女子大学文学部英文学科卒業。ラトガース大学大学院地理学研究科博士課程修了(Ph.D. 地理学)。専門は人文・政治地理学、地域研究(アメリカ合衆国)。明治大学政治経済学部、大学院教養デザイン研究科教授。著書に『米国先住民族と核廃棄物――環境正義をめぐる闘争』(明石書店、2004)、『震災・核災害の時代と歴史学』(共著・青木書店、2012)、『「ヘイト」の時代のアメリカ史――人種・民族・国籍を考える』(共著・彩流社、2017)などがある。
授賞作には正賞記念品及び副賞として 100 万円が贈られます。 また、受賞者の言葉と選評は、7月7日発売の「新潮」に掲載されます。
河合隼雄物語賞・学芸賞についての詳細は、一般財団法人・河合隼雄財団のHPをご覧ください。
授賞作発表記者会見
2021年6月2日、一般財団法人河合隼雄財団の主催(協力:新潮社)による「河合隼雄物語賞・学芸賞」の第9回選考会が開催され、授賞作が決定しました。選考会に続いて記者会見が開かれました。河合幹雄財団評議員より開催の挨拶がありました。
みなさんこんにちは。それでは、ただいまから第9回河合隼雄物語賞・学芸賞授賞作発表の記者会見を始めたいと思います。私は司会を担当します評議員の河合幹雄です。河合隼雄の次男と言った方がわかりやすいかもしれません。よろしくお願いいたします。
はじめに、河合幹雄財団評議員より物語賞の発表がありました。
物語賞は寺地はるなさんの『水を縫う』です。授賞理由を後藤さん、お願いします。
後藤正治選考委員より、物語賞についての選評をいただきました。
選考委員を務めております、後藤と申します。小川さんと一緒にさまざまな角度から議論しましたけれども、『水を縫う』を授賞作に相応しいということで選びました。非常に読みやすい、逆に言えばちょっと平凡な感じもありますが、裁縫が好きな男子の高校生、一風変わった趣味を持つその高校生が家族の、あるいは周辺の人々と触れ合っていくなかで、自分なりの生きる道を見つけていく。一見、家族の絆を描いている風ではありますが、じつは家族はそれぞれお互いが他者であって、違う存在であり、個人個人として生きている、また家族という枠組みのなかで触れ合っていく、そこでお互いを理解し合っていく、平凡ではあるけれども我々が今生きているなかでの「よすが」といいましょうか、そういうものを見つめさせてくれる。非常に読後感のいい小説で、どこか読者を励ましてくれるような作用を持っている小説ではないかということで授賞作といたしました。不足しているところは後ほど小川さんに補っていただけると思います。
続いて河合幹雄財団評議員より学芸賞の発表がありました。
学芸賞は、石山徳子さんの『「犠牲区域」のアメリカ 核開発と先住民族』に決まりました。授賞理由は、各選考委員で協議してまとめたものでありますが、「核開発に潜むアメリカのセトラーコロニアリズム(定住型植民地主義)を、先住民の犠牲という観点から描いた意欲作。ここにえぐり出されたアメリカの負の歴史は、わたしたち日本人が原発事故や放射能汚染・核廃棄物処理やエネルギー政策の未来を考えるにあたり、格好の映し鏡になるであろう」ということです。それでは山極先生お願いします。
山極壽一選考委員より学芸賞についての選評をいただきました。
選考委員の一人であります山極と申します。この作品はセトラーコロニアリズムという聞き慣れない言葉で始まるんですけれども、普通、植民地主義、植民地化というのは19世紀から20世紀にかけて起こった現象です。欧米各国が乗り込んでいって、独立をすると乗り込んでいった人たちは退却をするという構図になっていったわけですが、アメリカは乗り込んでいった人たちがどんどん土地を侵略して、自分たちが定住していくというプロセスを辿った国です。移民の国で、まさに移民が先住民を周辺化し、その土地を奪うという歴史的なプロセスがありました。そして戦後、これは戦中からそうですけれども、核開発の土地として先住民の土地が利用され、汚染されてきたという負の歴史があります。それを綿密な取材と、きちんとした証拠を揃えて書き綴った、非常に説得力のある本だという評価であります。とりわけ先住民たちの態度、土地を捨てるのではなくて、汚染された土地、あるいは開発のために奪われようとした土地の権利を巡って、長年にわたる戦いのプロセスがきちんと描かれているということ、その事情は戦後アメリカを目標としてきた日本の核の平和利用という標語のもとに行われてきたことと非常に近い話でもあります。ですから「映し鏡」という言葉を使わせていただきました。とても非情なことがアメリカで起こってきた。その事実を日本の現状に照らし合わせて考えることができるとてもいい本だと思います。そしてその先の未来をどう考えるかということ、これはアメリカの歴史の現実をただ眺めるだけではなく、我々日本人にも突き付けられた現実の問題であるというふうに読み取れるだろうと思います。日本の今後に非常に大きな啓発を与える書だという評価をいたしました。以上です。
河合幹雄財団評議員より、受賞者からの言葉が読み上げられました。
まず物語賞の寺地はるなさんの受賞のことばです。「思いもよらないことで大変驚いておりますが、この小説は世の中にたくさんある偏見とか、こうでなくてはならない、と皆が思い込んできたものに、一つひとつ疑問を投げかけてみようと思って書きましたので、大変うれしく思います」と、いただいております。
続いて学芸賞の石山徳子さんの受賞のことばです。「この度は、大変栄誉ある素晴らしい賞を誠にありがとうございます。思いがけないことで驚き、また身のひきしまる思いでおります。この本は、北米各地でこれまで歩いてきた、様々な場所で出会った方の、物語の力強さ、やさしさに支えられながら書くことができました。今日の受賞を励みに、忘れられてきた、もしくは見えなくされてきた物語を掘り起こすような仕事をこれからも地道に続けてまいりたいと思います。本当にありがとうございました」と、いただいております。今日はご本人にお願いしてZoomに入っていただいておりますので、石山さん、一言よろしくお願いいたします。
著者の石山徳子さんご本人よりZoomから遠隔で受賞のことばをいただきました。
石山でございます。このたびは大変驚いております。もう本当に胸がいっぱいでびっくりしております。山極先生のコメントをうかがい、今後とも頑張っていかねばと思いました。誠にありがとうございました。
続いて質疑応答に移りました。まずは物語賞から。
Q. 裁縫が好きな男の子を後藤さんは一風変わった趣味という風におっしゃいましたが、時代がだんだん変わってきたのも、こういう主題が選ばれたことの背景にあるのかと思いますが、裁縫の好きな男の子が現代の小説で描かれるということの意味をどうお感じになりましたか。
A. (後藤選考委員)世間的な価値観からすると、男子高校生で裁縫が大好きってへんな子、みたいなイメージがあるんですけれども、私は途中から違和感なしに読めましたね。それは、作者が裁縫、手芸というのを非常に愛していて、一糸一糸、紡いでいく面白さ、楽しさ、喜び、手応えみたいなものを非常にうまく描きこんでおられて、これは女性の趣味として見られることが多いけれども、この世界に男の子がのめりこんでいくのは全くおかしくないといいましょうか。やはり裁縫の世界が非常にディテールを含めて生き生きと描かれているのが印象に残りましたね。
Q. さきほど後藤さんの講評の中で、ある種の平凡さというか読みやすさもあり、ということをおっしゃいましたが平凡というところを超えてくる表現をどの辺りにお感じになりましたか。
A. (後藤選考委員)登場人物だけでいえばおそらく大阪の衛星都市に住む四人家族、高校生とお姉さんと母と祖母、そしてお父さんは別居している、ありがちな家族構成で、それぞれ今風にいえば家族の絆を再確認する、一見そういう物語の筋書きになっているんだけれども、この作者のいわんとするところを読み取っていくとすると家族は家族としてはじめから絆があるわけじゃなくて、やっぱり他者なんだということですかね。別個の人格とDNAを持った個人なんだという、そこから出発されている。しかし、また同時にその中でお互い触れあっていく局面を見つけていく、別居しているお父さんを含めて一瞬の触れあい。非常にそこが印象的でしたね。もうひとつは人生を生きていくなかで、ああ、たしかにそうだよなという進言、一例をあげれば「人はだれもが失敗する権利がある」というような言い方で綴られているところがありますが、読んでいてたしかにその通りだなと首肯するところがいくつかあって、やはりいい作品だなと思いました。
Q. 受賞のことばにある、たくさんの偏見とか、こうでなくてはならないと皆が思い込んできたものというところは、著者の意図を汲んで具体的にどうお読みになりましたか。
A. (後藤選考委員)目線が非常に低い、ごくごく庶民的に生きている庶民の家族だと言っていいと思いますが、そこでお互いに人生を歩んでいくなかで、ふっと立ち止まるところがいくつかありましてね。その一つは例えば、別居しているお父さんはかつては縫製のいい職人さんだったという設定ですが、どういう理由か、もうひとつぱっとしないような長い歳月を送ってこられて、非常に才能のある職人さんだと思うんだけれども待てばいいというかね。なにか人が沈んでいくのを手助けするとか手を差し伸べるというよりも黙って待っている、そこの趣みたいな印象的なところがいくつかありましたね。このあたりは小川さんに補っていただいたほうがいいかなと思います。
A. (小川洋子選考委員)たぶん寺地さんがおっしゃる世間の偏見というのは、男の子が裁縫に興味を持つのはちょっとへんだとか、あるいはこの裁縫の好きな男の子のお姉さんはかわいらしい恰好が異常に嫌いなんですが、女の子らしさってなんなのかとか、あるいは、おばあさん世代になると夫や父親から女としての在り方を押し付けられてきたことへの違和感、そういう一般社会の常識からちょっとずつはみだして、そこに疑問をもっている家族のひとりひとりが、それぞれに最終的には実りのある気付きを得るという構成になっています。
続いて学芸賞の質疑応答へと移りました。
Q. 山極先生にお尋ねします。綿密な取材をもとに証拠を揃えて、とさきほど講評の中で評価されていました。一方、対比する言葉ではないかもしれないですが、受賞のことばでは「様々な場所での物語の力強さ」ということを言われていて、ハードな政策を扱いつつ、そのハードな研究をするなかで「物語」というのはちょっと不思議な響きもしますが、「物語」という言葉が著者から出てくる、またそこに意味があるのかと思うのですが、どう捉えられたのでしょうか。
A. (山極選考委員)私が著者が綿密な取材を行った上でと申し上げたのは、当事者たちに直接会って、著者が当初考えていたものとは全く逆の話が出てきた。たとえばこの土地を捨ててほかの土地に移る、そう思っていたのに、汚染された地域にもかかわらずその土地に残り続けるという選択肢を選んだ、とかね。あるいは、政府から出る多額の補償金をもらって発展に尽くす、というようなことをおっしゃる方もいる。ここでは部族という言い方をしていますけれど、それぞれの民族を代表する人たちが土地とその民族の歴史との関わりのなかで選択するうえで必要だった「物語」ですね。それを聞いて納得もし、あるいは反発もする、そのプロセスが非常に忠実に描かれている。そういう意味だと思います。著者も随分葛藤し、苦悩しているところがよく読み取れるという気が、私はいたしました。
Q. 具体的にはアメリカの先住民族の例えばどういった場所をフィールドワークしているのか教えていただけますでしょうか。
A. (山極選考委員)具体的な名前が出てきます。先住民の彼らを保護する地域と言われて移住させられた地域もあれば、昔インディアンと言われた人たちが様々な部族に分かれ、そこで長年住んでいた土地を民族が滅亡したというふうに合衆国のほうからいわれ、その土地が放射能汚染で染まれば、もうその土地には価値がないので移住しろといわれて移住した先がひどい地域であったということが、多々起こっているわけですね。具体的な例がたくさん出てきますけれども。本人がいるから、本人に直接聞いた方がいいかもしれない(笑)。
A. (著者石山徳子さん)ありがとうございます。いまおっしゃっていただいた、そのとおりなんですけれども、行ったところはハンフォード・サイトという、プルトニウム工場があったところですとか、中間貯蔵施設の受け入れを考えたスカルバレーのゴシュートという部族の居留地ですね。あとはウラン鉱山のあるナバホ・ネーションの話も書きました。ナバホについては資料分析に限定しております。ロスアラモス、ハンフォード・サイト、スカルバレー、あとはネバダ核実験場に関連する場所ですね。そういったところにまいりました。
(河合幹雄財団評議員)ウランを掘ったところ、核兵器を作ったところ、核廃棄物を捨てたところ、という形で網羅されていたと思います。
最後に河合幹雄財団評議員より挨拶がありました。
本日参加されたジャーナリストの皆様、コロナ禍という大変ななかで現地に来ていただきまして、どうもありがとうございました。Zoomでご参加いただいた皆様も御礼申し上げます。7月2日にホテルオークラで授賞式を開催いたします。よろしくお願いいたします。それでは、これにて第9回河合隼雄物語賞・学芸賞の発表の記者会見を終了したいと思います。どうもありがとうございました。
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考える人編集部
2002年7月創刊。“シンプルな暮らし、自分の頭で考える力”をモットーに、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
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