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高村薫×南直哉(1240×240)

2019年5月15日

髙村薫・南直哉『生死の覚悟』

髙村薫・南直哉『生死の覚悟』試し読み

第三章「信心への懐疑――2018年9月13日」より抜粋

著者: 髙村薫 南直哉

1990年、『黄金を抱いて翔べ』でデビュー。以来、直木賞を受賞した『マークスの山』や『レディ・ジョーカー』、近年は『土の記』など骨太な作品を発表し続けている作家・髙村薫氏。1984年に出家、曹洞宗の大本山・永平寺で約20年の修行生活をおくり、2018年には『超越と実存 「無常」をめぐる仏教史』で小林秀雄賞を受賞した、「恐山の禅僧」こと南直哉師。2009年刊行の髙村氏の作品『太陽を曳く馬』をきっかけに始まった、作家と禅僧の対話。それをまとめたのが、5月16日発売の『生死(しょうじ)の覚悟』(新潮新書)です。その発売を記念して、ふたりの対話の一部を公開いたします。

「住所不定住職」

南:
 大変ごぶさたをしております。

髙村:
 こちらこそごぶさたをしております。

南:
 本日はわざわざご足労いただき恐縮です。

髙村:
 いえいえ。関西に住んでいる人間にとって、福井はさほど遠いところではありません。

南:
 この霊泉寺(福井県福井市)は、私が住職をしている寺で、永平寺にいる時分に縁ができ、以来、二十年以上住職をしています。

髙村:
 禅宗のお寺らしい凛としたたたずまいがありますね。南さんは、青森県の恐山にも籍があるとうかがいましたが。

南:
 はい。恐山を管理している菩提寺の「院代」、つまり住職代理をしていまして、そちらは永平寺を2003年に下りる段になって縁ができたものです。

髙村:
 ということは普段、青森と福井を頻繁に往復されているわけですか?

南:
 はい。少なくとも月に一度、青森と福井を往復している状態です。それに東京を含めた三か所、それぞれ月に約10日ずつ滞在しています。青森では恐山での業務や行事がございますし、福井はいわゆる檀家回りで法事や葬式があり、東京では講演や面会希望の人と会うなど、移動また移動の日々です。そのため、どこにいても中途半端だと叱られますし、檀家からは「住所不定住職」なんてからかわれています(笑)

髙村:
 お檀家さんは、何かご住職に相談をしたいと思っても、いらっしゃらないことも多いのですね。

南:
 そうですね。檀家と家族には不義理をしています。もちろん葬儀があるとなれば急行いたしますが。とはいえ霊泉寺の檀家は30軒ぐらいなので、葬儀は年に数件ほど。だから何とかつとめることができていますが、北陸地方の特にこのあたりは浄土真宗の金城湯池(きんじょうとうち)で、多いところで千軒近くの檀家を抱えているところもあります。それほどの規模になると、もう「住所不定住職」では無理でしょう。

髙村:
 福井というと、総本山の永平寺のあるところですから、曹洞宗のお膝元というイメージがありますが、浄土真宗のお寺の方が多いのでしょうか。

南:
 全くもって。我々曹洞宗の人間は、浄土真宗の大海に浮かぶ小島のごとき存在です。やはり蓮如上人の吉崎御坊(註1)の存在が今でも大きいのです。
 ただ、私は大きな寺の住職は務まらなかったと思います。それを見通していたのが私の師匠で、私がまだ永平寺にいる頃、比較的大きな寺から来た「南君を住職に」という勧誘話は、片っ端から断っていたようです。「お前は勉強がしたいんだろう。大きな寺に入ると、好きなように勉強できないぞ」と。その配慮はありがたかったですね。
 一方で師匠は、恐山については不思議と「他はダメだが、恐山ならばいいだろう」と。「こんな話をいただいたのですが、向いてないですよね?」と半ば冗談のつもりで聞いたのですが、「いや。お前には似合う」と言われて驚きました。

「仏教の突破」

南:
 以前「考える人」の対談(註2)でお会いしたのは、もう7年前のことだそうで。

髙村:
 そのようですね。2011年1月ということは、東日本大震災が起きる前のことです。

南:
 もうそんなに経ちましたか。前回の対談はとにかく髙村さんの『太陽を曳く馬』(註3)に多大な衝撃を受けまして、いろいろと失礼なことをうかがってしまいました。

髙村:
 いえいえ。こちらこそ素人が仏教や道元について書いたので、本職の僧侶の方からお叱りを受けるのではないかと緊張しておりました。

南:
 私にとって前回の対談は、作家の方ときちんと話をする初めての機会でしたので、大いに触発されました。またお会いして話の続きをと切望しておりましたので、あらためて機会をいただいたことをありがたく思っています。

髙村:
 こちらこそ、信心の外側にいる人間には、もったいないお言葉です。

南:
 7年前にお会いして以来、ご活躍を仄聞しておりましたが、2015年には空海について(註4)お書きになっていたので驚きました。失礼な物言いになるかもしれませんが、髙村さんと空海上人の取り合わせはいささか意外に思ったので。そして2016年には、またもや大部の小説『土の記』(註5)を出され、これも興味深く拝読しました。

髙村:
 ありがとうございます。

南:
 御礼を申し上げるのはこちらの方で、2018年1月に出た私の『超越と実存 「無常」をめぐる仏教史』(註6)の書評をご執筆いただきありがとうございます。

髙村:
 こちらこそ『空海』の書評をありがとうございます。また『超越と実存』の小林秀雄賞受賞おめでとうございます。

南:
 恐縮です。今日はこの三冊を軸にして、話を進めていければと思います。

髙村:
 よろしくお願いいたします。

南:
 まずは拙著のことでまことに僭越ですが、『超越と実存』の書評で、「還暦を過ぎてなお信心に出会えず、善女になれなかった私のような人間には、師の思索の遍歴は、仏教を知る入り口としてこれまでも実に身近で切実なものだったが、結論から先に言えば、本書に至ってついに〈あ!〉と声が出た」と書いておられました。単刀直入にうかがいますが、この「〈あ!〉と声が出た」というのは、どのあたりのことだったのでしょうか?

髙村:
 後半の親鸞と道元について論じた、「仏教の突破」という小見出しがある、以下の部分です。

「信じることができない」人間の念仏でも阿弥陀如来の本願による往生は可能だとしても、では、その念仏はどのように実行されるのか。阿弥陀の本願によって、「信じることができない」まま行う念仏とは宗教者の方、実際どういうものなのか。
 それは「信じる」行為そのものを脱落してしまうことによって行う念仏である。真に「他力」によるというなら、「信じる」「念仏する」行為に澱のように残らざるを得ない「自力」を、「信じる」行為もろともに捨て去らねばならない。このとき、「信じない」行為も同時に無効になる。
「信じる」行為は、「誰か」が「何か」を「信じる」という構造でしか発現しない。すると、その脱落は「信じる」主体を放棄し、「信じられる」対象(阿弥陀如来と極楽)を消去するだろう。このとき、念仏はただの音声、意味を理解する必要のない発音の連続になるのだ。

(『超越と実存』「第九章 親鸞と道元の挑戦」)

 特にこの「『信じる』行為そのものを脱落してしまう」というくだり。「信じる」という行為を脱落してしまうことによって、信じる主語である〈私〉も消えてしまうし、信じる対象、つまり「〇〇を信じる」というその対象も消えてしまう。
 この本では、そこから道元の有名なフレーズ「身心脱落」に話がつながっていきますが、そのような呼び込み方、つまり「信じる行為」を消した先に「身心脱落」があるという。それまでは考えも及ばなかったことだったので、思わず「〈あ!〉と声が出た」というわけです。

南:
 なるほど。その部分でしたか。

髙村:
 はい。先ほど、自分のことを「信心の外側にいる」と申し上げましたが、私は信心がないことを昔から強く自覚しています。そのような、何も信じることができないし、何を信じていいのかわからない人間だからこそ、信じるという行為そのものを消してしまう行為とは何だろう、それを可能にしてしまう行為というのは何だろうと、はたと考え込んでしまいました。それは坐禅かもしれないし、称名念仏かもしれない。いずれにせよそうした行為があるとするならば、もしかしたらそこにしか宗教を宗教たらしめるものはないのではないかと思うに至り、〈あ!〉と声が出たわけです。
 同時に、人類が宗教というものを発明して何千年も経つわけですが、本当に「宗教というものは何だろう」と思ったのです。人類は宗教をもったことで、多大な恩恵とそれ以上の犠牲――例えば異宗教間の戦争――を払ってきましたが、あらためて「宗教とは何だろう」という根源的な疑問というか、虚しさを感じるに至りました。

南:
 そこまで深く問うに至ったのですね。

髙村:
 はい。宗教者の方、例えば南さんは坐禅という行為をする、その行為の中で宗教者である自分の実存を日々確認していくことができる。それが宗教者の実存であるということについては、「なるほど。そうか」と思いますが、では、私のような信心を持たない者にとって宗教とは何なのか、ということを真剣に考えざるを得なくなりました。

左から、南直哉氏と髙村薫氏(撮影:菅野健児)

究極の宗教論

南:
 いきなり本題に入りましたね。「信心」の問題を抜きにして「宗教」を考えることはできない――という点については、完全に同意します。

髙村:
 私は今、次の小説の準備もあって、ずっと歴史の本を読んでいます。中でも仏教の歴史を振り返るにつけ、日本人はこれまで「宗教」とどのように対峙してきたのか――ということを考えざるを得なくなりました。
 その意味で、この『超越と実存』は、究極ではないかと思っております。宗教というのは、ここに書いてあること以上でも、以下でもないだろう、と。

南:
 それは過分なお言葉です。

髙村:
 究極だからこそ、これまでの歴史について考えざるを得なかったのです。「では、今までは何だったのだろうか?」と。日本に伝道してからずっと仏教をめぐるさまざまな言説があり、信仰のかたちがあったわけですが、何だかどれも「仏」とは言い難いという気がして……。
 まだうまく言葉にできないのですが、それがこの本によって、これ以外にない、というところまで来てしまったように思います。人間が宗教をどうとらえるかの究極のあり方が、この『超越と実存』にはあると思うのです。
 しかし一方で、私のような人間にとっては、もうその先がないことにもなります。なぜなら行為がないからです。信心も、それを脱落させるための行為もない人間に対して、はたして宗教は何をもたらすのかと。

南:
 なるほど。私も出家をするかなり以前から同じような問いを抱えていました。つまり、「信じるとは何か」という。
 幼い頃から「自分が自分である根拠は何か」と「死とは何か」というふたつの問いを抱えていて、それが全く解消されないまま、思春期を迎えました。「なぜ生まれてきたのか」「なぜ死ぬのか」という人生の両端がわからないのだから、その真ん中にある「なぜ自分は今ここで生きているのか」も当然わかるわけがない。
 そのような「なぜ存在するのか」といった実存の根拠への欲望が、宗教的な言説への強い関心を支えてきたと言ってもよい。

髙村:
 著作を拝読しますと、南さんがそうした問題意識に貫かれてきたことがよくわかります。

南:
 大人になったら解消されると思ったのですが、いくつになっても消えることはありませんね。

「人ではなく、神を信じなさい」

南:
 すでに告白していることですが、私にはキリスト教徒になり損ねた前科があります。祖母がキリスト教徒だったのです。祖母はいつも聖書を熱心に読んでいたので、ある時、「面白いの?」と聞いた。「面白いからといって読む本じゃないけど、私は好きね」と言うので、「じゃあ一度連れて行ってください」と、確か高校二年の頃に頼んで教会に連れて行ってもらいました。
 聖公会系の教会で、建物に蔦が絡まる風情のあるところでした。そこでは小柄な白髪の老牧師が熱心に説教をしている。身振り手振りを交えた、実に情熱的な説教でした。終わって祖母が牧師に「先生、うちの孫です」と紹介して、それから教会に通い始めたんです。
 一年半ほど経って、そろそろ洗礼を受けてもいいかなと思い始めました。いい牧師さんだったし、その家族やそこに通う信者にも好感が持てたので、間違いないだろうと。ある日、日曜学校が終わった後に、「先生、実は話があります」と、牧師さんと二、三時間ほど話をしました。話というよりは、こちらの疑問をぶつけただけですが。
「先生は、キリストを本当に信じているのか?」「原罪という概念がよくわからないのだが、どう思うか?」など、当時は愚かだったから、生煮えの考えを思いつくままぶつけてみたわけです。
 牧師さんも困ったのでしょう。最後は、「人間の知恵ではわからないことがある。しかし神には神の考えがある」と答えられました。その答えは、申し訳ないけれど、逃げだと思った。全く納得がいかなかったのですが、そんな彼の人柄には大いに惹かれたので、「先生、洗礼を受けたいのですが」とようやく本題を切り出したら、「南君、キリスト教は神を信じるのであって、人を信じるんじゃないんだよ」と。その言葉が今でも喉元に引っかかっています。

髙村:
 仏門に入る前に、そのような経験がおありだったのですね。

南:
 そうなんです。この頃から「信じる」ということがどういうことなのか、わからないままなのです。「〝信じる〟がわからない」なんて、「お坊さんが何を言っているんだ」と思われるかもしれませんが、私が仏門に入ったのも、ブッダや道元禅師のことを信じたわけではありません。それよりも、ブッダや道元禅師に共感したから出家したのです。
 道元禅師にしても、「なぜ坐禅をするのか?」と問われて、「昔からみんなやっていたからだ」というようなことを言っています。「坐禅を信じる」なんて言い方は一切していません。
 前回も話をしましたが、私は賭けだと思ってやっています。
「なぜそんな賭けをするのか」というと、己の存在根拠に対する欲望があるからでしょうね。あまり好きな言葉ではありませんが、承認欲求という言葉に置き換えてもいい。よく「食欲・性欲・睡眠欲」の三大本能が人間にはあると言っているのですが、これは動物にもあるものです。ところが言語を使う人間には、それに加えて、己の存在根拠に対する欲望がある。しかし切ないのは、自分自身でそれを確認する術がないことです。それこそが、宗教的な言説を絶えず希求する原因だろうと思います。
 ところが、それに対するアプローチとして、普通考えるような神や仏を信じるという行為が、髙村さんと同じように私にはわからない。よくわからないけど、どうやら自分の問題を解決する手段として仏教は有効である、使えると、ブッダや道元禅師は言っている。ならば、それに賭けてみようと。

髙村:
 宗教者である南さんが、きっぱりと「信じるがわからない」とおっしゃるのが不思議なところでもあります。

南:
 だからいまだにカトリックの神父さんなんかと話をしていると、羨ましいと思うと同時に、彼らが何をどのような意味で信じているのかがわからない。それに比べて、親鸞聖人や道元禅師の言説の方がよりリアルに感じるわけです。

私の原点

髙村:
 こんなことを申し上げるのは僭越ですが、私も親鸞聖人には近しさを覚えます。素人ながらに『歎異抄(たんにしょう)』(註7)を読んでいると、「この人は信じられない人なんだ」というのが、よくわかると申しますか。

南:
 全く同感です。だから私は親鸞聖人について、「『信じるとは何か』と問う人間が、同時に『信じる』ことは不可能である。(略)彼の言う『悪人』とは、この『信じることができない』実存の根源的危機のことなのだ」(『超越と実存』)と書きました。
 最初に『歎異抄』を読んだ時も、「よくこの人は信じることができないでお坊さんをやっているな。よほど苦しかったんだろうな」と衝撃を受けたのです。

髙村:
 親鸞聖人に対して「信じられない人である」という近しさを覚えますが、一方で浄土真宗において親鸞聖人は、無条件の崇敬を集める対象でもあります。そのふたつが私の中でぶつかり、同時に乖離していく感じを覚えるのです。

南:
 そこが浄土真宗の複雑なところでしょう。

髙村:
 以前にもお話をしましたが、私は物心がついた時から、環境だけは非常に宗教的な環境にありました。

南:
 前回の対談でそのことをうかがい、大変驚きました。

髙村:
 母は浄土真宗の寺の生まれで、私自身はずっとキリスト教系の学校に通いました。幼少期に放り込まれたカソリックの修道院も、私の実家一円にあったお寺さんでも、周囲にいたのはみんな神仏に手を合わせて拝む善男善女で、朝晩のおつとめを欠かすこともない。その中で私ひとり、それができないでいたのです。
 先ほど承認欲求という話が出ましたが、そうした環境にいたせいか、「あ、自分は信じられないダメな人間なんだ」と、自分を否定的に考えるようになりました。物心ついた時からです。「神仏を信じることができない人間」=「ダメな人間」と思うに至るわけです。
 南さんのように己の存在根拠といったことまでは考えませんでしたが、神仏を信じられない冷たい人間という自己認識は消えるものではありません。

南:
 切ない話ですね。

髙村:
 それが私の原点だったと思います。物心がついた頃から大人になるまで、絶えず原点としてあり続けました。

「信じる」への違和感

髙村:
 現在、仏像がブームになったり、神社がパワースポットとして人気だったりしますよね。どこでもみなさん自然と神仏に手を合わせていますが、昔から私はそれができませんでした。この歳になっても、いまだに自然と「手を合わせて祈る」ことへの強い違和感があります。
 そんな人間が、なぜ今お坊さんとお話をしているのかと思われるかもしれませんが、1995年に起きた阪神・淡路大震災が転機となりました。地震が起きた瞬間、ふいに仏教をおもい、以来その世界をのぞくようになり、ブッダや道元といった祖師たちが遺した言葉、あるいは彼らについて書かれたものを読むようになったのです。
 しかし読めば読むほど、壁が立ちはだかってくる。それが、「信じる」という行為でした。修行や学道よりも、発心や信心こそが、信仰にとって最大の難関であるということを発見したのです。キリスト教でも仏教でも、宗教において最後に突き当たるのは、「信じることができるか、できないか」ではないか――。
 そこに現れたのが南さんの『超越と実存』で、そこに「信じる行為を脱落させる」とあったので驚いたのです。念仏や坐禅という行為を日々続けることによって、信じる信じないを超えていく。これは私にとって、まさに発想の大転換になりました。

南:
 「信じる/信じない」よりも、そうした念仏や坐禅といった行為が、仏教者にとっては大事になってくると思います。
 先ほども申し上げたように、坊さんであることは、賭けだと思ってやっています。それが正しい在り方かどうかはわかりませんが、少なくとも私はそう思っている。賭けだとすれば、チップを張った段階で、当たりがくるかどうかはコントロールできない。もちろん最終的に勝てればいいと願いますが、最初から「これだけの見返りがほしい」という損得やご利益を計算してしまうと、それは賭けではなく取引の話になる。まずはそこを超えて行かなければいけません。
 ギャンブルに深く嵌まる人の中には、損得や収支の勘定を除外して、賭けるという行為そのものに嵌まっていく人がいますよね。

髙村:
 そういった心境になるというのは聞いたことがあります。

南:
 たとえとして適切ではないかもしれませんが、私もそれに近いところがあるのだろうと思います。「この修行や生活を続けて、この先いいことがあるのか」なんて求めていないし、もはや考えてもいない。もちろん先のことはわかりません。ただ、すでに一度チップを張ったわけだから、博打を続ける以外に道はない。
 そうすると、最終的に仏教が正しいか正しくないか――つまり勝つか負けるかを今さら問うても仕方がない。それより日々の行為を積み重ねる。信心や信仰よりも行為が大事というのは、そうした理由です。
 おそらく「信じる者は救われる」という考え方がダメなんだと思います。「救われなくても構わない」と見切るぐらいの気持ちでやらないといけない。

髙村:
 なるほど。

南:
 永平寺で修行をしている時、ある老僧から「直哉さんは最近熱心に坐禅をしているね」と言われて嬉しかったものですから、「そうですか。ありがとうございます」と答えたら、「だけど、好きでやっているうちはダメだね」と言われたことがあります。
「いや、別に好きじゃないですよ」
「あ、そう。じゃあなぜやっているの?」
「いや、しなければならないと思って」
「しなければいけないと思ってやってもダメだよ」
「じゃあ、一体どうすればいいんですか?」
 というやりとりがあって、最後にその老僧が言ったのは、「することになっているから、するんだよ」でした。「したいも、しなければならないもダメで、することになっているからする」――この境地に至るのは遠いと思いましたね。
 永平寺に入門して3年が経った頃、ここは油断できないところだなと思いました。伝統というのは油断できません。行為を積み重ねた上で、それがスタイルにまで昇華しないといけない。「したい」と「しなければいけない」を通過しなければ、到達しない境地がある。そしてその境地に、いかにして身を預けることができるか。
 今でも私は3日ほど坐禅をしないと落ち着かないのですが、そう感じるのは、習慣に身を預けることで安心している部分があるからでしょう。坐禅をしている限り、お坊さんとして大丈夫という実感があります。法事や葬式をしばらくしていなくても、そう思うことはないのですが。
 ある時間、ある場所で一人きりで足を組んで坐禅をしていること自体が、お坊さんとしての支えとなっている。そこに身を預けて頼りにしているという実感がある。しかし、はたしてそれを「信心」と呼べるかどうか。

髙村:
 その行為の有無が、私と南さんを大きく隔てるものではないでしょうか。たとえ互いに信心を疑っている者同士だとしても。

南:
 そうかもしれません。坐禅のような行為と、ブッダや道元禅師の言葉を杖にして、何とか坊さんとしてやっているのであって、「信心」からではないのは確かです。

(つづきは本書でお楽しみください)

*註1^ 吉崎御坊:15世紀に蓮如が現在の福井県あわら市吉崎に建立した、北陸地方における浄土真宗の布教拠点。

*註2^ 「考える人」の対談:2011年4月に刊行の季刊誌『考える人』特集「考える仏教 『仏壇』を遠く離れて」。新潮新書『生死(しょうじ)の覚悟』にも収録(第一章「生命と死の門」、第二章「坐禅の先にあるもの」)。

*註3^ 『太陽を曳く馬』:2009年7月、新潮社より刊行。上下巻。『晴子情歌』『新リア王』に続く三部作の悼尾を飾る作品。髙村作品では御馴染みの刑事・合田雄一郎が登場し、禅寺の修行道場で起こった不可解な「事故」の顚末を追う。

*註4^ 空海について:2015年9月に刊行された『空海』(新潮社)。「劇場型宗教リーダーとして、国土経営のブルドーザーとして生き、死しては民間信仰の柱として日本人の心を捉えてやまぬ男。わが国の形而上学の基礎を築いたのみか、治水事業の指揮まで執った千二百年前のカリスマ。一人の人間にそれを可能にしたのは一体何だったのか――。空海の足跡を髙村薫がカメラ片手に辿る思索ドキュメント」(内容紹介より)。

*註5^ 『土の記』:2016年11月、新潮社より刊行。上下巻。「生の沸点、老いの絶対零度――。ラスト数瞬が目を奪う最新長篇小説。青葉アルコールと青葉アルデヒド、テルペン系化合物の混じった稲の匂いが鼻腔で膨らむ。関西の一流メーカーに就職して妻の里に身を落着けた男は、今年の光合成の成果を測っていた。妻の不貞と死の謎、村人への違和感を飼い馴らしつつ、緑したたる田園で老いてゆく男。そして晩夏の土石流。それもこれも天命なのか――」(内容紹介より)。

*註6^ 『超越と実存 「無常」をめぐる仏教史』:2018年1月、新潮社より刊行。同作が第17回小林秀雄賞を受賞。「私とは、死とは、仏教とは何か――。『諸行無常(=すべての“実存”は無常である)』。そうブッダが説き始まった仏教は、インドから中国、そして日本へと伝わる過程で、『仏性』『唯識』『浄土』などの『超越的理念』と結びつき、大きく変化していった。『恐山の禅僧』が、ブッダから道元までの思想的変遷を『超越と実存の関係』から読み解く、かつてない仏教史の哲学」(内容紹介より)。

*註7^ 『歎異抄』:親鸞の弟子・唯円(1222~1289年)の筆とされている。親鸞滅後に流布した異説を正す目的でまとめられたという。

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「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹