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『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』試し読み

2024年2月20日

『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』試し読み

歓喜の魚――ほんの少し買い、たくさん作り、捨てないしあわせ

著者: 村井理子

単行本発売時に大反響を呼んだ、キャスリーン・フリン(村井理子訳)『「ダメ女」の人生を変えた奇跡の料理教室』が文庫化されました。

失敗したっていいじゃない。たかが一回の食事だもん――。なぜだか泣ける料理本!

38歳で名門料理学校を卒業した著者は、ふとしたきっかけから女性たちに料理を教えることに。自分らしい料理との付き合い方がわからず、自信が持てなかった年齢も職業もバラバラな10人とともに笑い、一緒に泣き、野菜を刻み、丸鶏を捌いていたら、彼女たちの人生が変わり始めた! 買いすぎず、たくさん作り、捨てないしあわせが見つかる、一冊で何度も美味しい料理ドキュメンタリー。

「考える人」では、文庫化を記念して特別に試し読みを公開。調理を苦手とする人の多い「魚」を、無駄なく美味しく簡単に調理するには? 

登場人物たち

私 キャスリーン・フリン。本書の著者。

サブラ(23歳) マーガリン大好き。マクドナルドが実の母との思い出の味。子宮がん検診で引っかかり、野菜を食べなければならないと感じている。

ジョディ(不詳) 失業したばかりの日系人。裕福な家には大量の食材をストック。子どもに日本の食品メーカーのカレーばかり食べさせていることを気にしている。

シャノン(32歳) 専業主婦。生焼けを恐れ、何でも真っ黒焦げにしてしまう。母親との関係に問題がある。計画的に献立を考えられるようになりたい。

ドナ(26歳) 国際支援機関に勤務。貧しい家庭に育ち、料理を兄に笑われたことがトラウマに。新婚だが、自分よりも料理ができる夫に引け目を感じている。

アンドラ(43歳) 裕福な家庭に育った準弁護士。不況で経済苦に陥り、フードスタンプに頼る生活に。節約しながら賢く食べ、苦境を乗り越える糸口を探す日々。

トリッシュ(61歳) リッチな精神科医。赤肉は食べない。オーガニックの食材を好んで買い、塩分過多を恐れる。キッチンに居場所を見つけたい。

ジェン(25歳) 彼氏とふたりで暮らしはじめる節目で料理を学びたい。持ち寄りの女子会での疎外感を解消し、自分が食べるものを管理できるようになりたい。

テリ(46歳) バツイチ。元アルコール依存症で、断酒してから料理への興味を失う。野菜が好きだが、調理ができず腐らせてしまう。高血圧、肥満の問題もある。

ドリ(不詳) パスタばかり食べている。環境調査のプロでありながら、大量の食品廃棄をしてしまうことに罪悪感を抱いている。

シェリル(32歳) 高級住宅街に住む、2児の母。冷蔵庫にあるもので何か作ることができるようになりたい。

リサ キャスリーンのアシスタント。

マイク キャスリーンの夫。

 

キャスリーン・フリン(村井理子訳)『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室

2024/1/29

公式HPはこちら

世界からSUSHIが消える?

 北米に住む人間はあまりシーフードを食べない。年間ひとり当たりざっと7キロほどしか食べていない。年間30キロ近く食べている鶏肉と比べると、わずかな量だ。私たちが食べる食品に占める魚介類の割合はたった7パーセント。アジア諸国では、魚介類は食品の25パーセントを占めている。ヘルスケアの専門家の多くが、魚の消費量を上げることで、脂肪酸であるオメガ3を十分に摂取できるとしている。オメガ3は心臓病、アルツハイマー、がん、そして臨床的うつ病に対してさえ、抑制する働きがあるとする研究結果が相次いでいる。

 私はクラスに魚料理を教えようと意気込んでいた。しかしそれは、まったくうんざりしてしまうようなドキュメンタリー映画「The End of the Line」(日本未公開。原作は『飽食の海:世界からSUSHIが消える日』)の上映を見るまでの話だった。もしこのドキュメンタリーについて聞いたことがないのであれば、ここで説明したいと思う。これは商業的な乱獲によってもたらされた、多くの魚に焦点を当てたドキュメンタリーで、それは海にとっては“不都合な真実”として、しばしば言及されている。乱獲は消費者の気まぐれが原因で行われる。1980年代に起きたサケにまつわる大騒動も同じだ。途方もない需要と、小売業者やレストランからの突然の要求で、何百万匹といわれるサケの乱獲が行われたあげく、数年でその種を絶滅寸前にまで追い込んだ。数年後にチリ産のシーバスがメニューに並びはじめたときも同じことが起きた。20種以上の魚が乱獲リストに記載されている。

 ということで、私の最初の意気込みはすっかりジレンマとなった。魚料理を教えるべきなの? 料理の仕方を知っていたら、もっと魚を食べるというメンバーが多くいたからだ。

 「は? 何言ってんのよ。魚の授業をやらなくちゃだめよ」とリサは言った。「ここはシアトルなんだよ。空港のフロアにブロンズのサーモンが埋め込まれてんのよ。なんでテッドを先生として呼ばないのよ? 彼は魚料理のジェダイ・マスターじゃないのさ」

 シェフで友人のテッドの経歴は、1980年代にテレビ局へのケータリング業務に関わったところからはじまり、彼のレストランにはジュリア・チャイルドがよく訪れた。いまでは財政コンサルタントとして活躍しているテッドだけど、キッチンへの情熱を一度も捨ててはいなかった。

ジェン、サングリアを振舞う

 メンバー数人が早めに到着していた。私はここがチャンスとばかりに、テッド、ジェフ、そしてマギーがしたくをしている間にメンバーに話しかけた。

 「近所にあるスタンドで野菜を頻繁に買うようになった」とジェンは言った。「その晩にメキシコ料理がテーマのパーティーに行くからって言ったのよ。野菜スタンドのオーナーのリアクション、見せてあげたかった!」彼女はその話をしたくてたまらない様子で続けた。「彼も奥さんも、行ったり来たりして、おばあちゃんがペルーから持ってきたレシピで、最高のサングリアを作れって言い出してさ」

 オーナーはジェンにレシピをくれ、ジェンとボーイフレンドがサングリアを作ることができるように準備を整えてくれたというのだ。ただし、オーナーがタマーリ〔トウモロコシ粉やひき肉をトウモロコシの皮で包み蒸した料理〕を欲しいかと言ってきたときには、余分に買わせるための策略なのではと疑ったらしい。「パーティーではタマーリをたっぷりと作っているはず。だから味見だけさせてもらうわって言ったら、袋に入ったタマーリをタダでたくさんくれたの」

 ジェンとボーイフレンドは急いで家に戻った。「大きなワインジャグにサングリアを作ったんだ。小さな注ぎ口に必死になって果物を詰めて」と彼女は、その状態を笑いながら説明した。「まったくハチャメチャだった。それからタマーリとサングリアを持ってパーティーにすっ飛んでいったよ」彼らのお土産は大好評だった。パーティーにいた人たちが感激していたらしい。

 「なんだかおかしいけど、私、わかったんだ。スーパーマーケットの外にはいろいろな世界があるって。こういう出会いってスーパーではありえないでしょ? まるで彼らの友だちになったような気分だった。私たち、この地域の一員なんだなって。それって素敵だよね。ちょっと恥ずかしいけど、料理っていろいろな楽しみがあるな、想像以上だなって思ったんだ」

 ジョディが時間通りに現れ、ジェンの話の最後のあたりを聞いていた。彼女は話に加わった。「あなたが楽しみって言葉を使ったの、驚いた」とジョディは言った。先週末、友人が家に遊びにきたそうだ。一緒に料理をして、授業で何を習ったのか知りたかったらしい。「1時間ぐらい一緒に料理をした後になって、友だちが私に向かって『ねえ。一体どうしちゃったの? すごく緊張しているのがわかるんだけど! まるでヘンなオバサンだよ。料理って楽しいはずでしょ!』って言ったのよね」

 ジョディは、ワインを飲んでリラックスしている友だちの姿を見ていたという。「これがけっこうショックだった。料理ってストレスを感じるようなものじゃないってことに気づいたから。なんで私っていつも不安になってるんだろ? いつも自分の中のどこかで失敗を恐れてる。でもあの瞬間、私、頭がクリアになった気がする」そして彼女は少し黙って「ヤダ、私ったらなんだか告白モードになってるし!」

 ちょうどそのとき、マギーが手を叩いてこう言った。「さあ、皆さん! サーモンができ上がったわよ」

食材選挙の有権者

 テッドは5切れをソテーして、それを安いものから高いものの順で並べた。養殖のアトランティック、白ザケ、紅ザケ、銀ザケ、そしてキングサーモンだ。横に並ぶとはっきりと違いがわかった。白ザケとアトランティックは白っぽく、紅ザケは深いオレンジ色で密度の高い身には波のような筋が入っていた。銀ザケはほぼ赤い色をしていた。そしてキングサーモンは深い桃色をしていて、やわらかそうだった。

 メンバーは、好き嫌いで二分された。一部は食べ慣れた紅ザケが好きだと言い、他のメンバーは銀ザケがより複雑な味だと言った。「キングサーモンはバターのような味わいがあるよね」とドリは言った。白ザケと養殖ものは「これは無理」だった。

 グループごとに、テーブルの上に置かれた氷の上に並ぶ、生のサケ、ヒラメ、それからタラの切り身を観察した。「新鮮な魚を選ぶときに最も気をつけなければならないことは、新鮮な魚はにおわないということだ」とテッドは言った。

 「もし売り場にいる人がにおいをかがせてくれないって言うんだったら、別の場所を探したほうがいいね」とテッドは言った。「香りを確認することはとても重要だから、パックになっていない魚を買うことだ。そして理想を言えば、魚は買ったその日に食べること」

 私たちが消費者として、問題の一部となるか、それとも解決法となるかは、何を買うかによって決まる。私はメンバーに「グルメ」誌の元編集者、ルース・レイチェルが、私も参加していたカンファレンスで発言した内容で、いまも記憶に残っている事柄を話した。「私たちが大統領になって欲しい人に投票できるのは4年に1回です」とレイチェルは言った。「でも、私たちは自分のお金を使って毎日3回投票できるんです」

 テッドはそれについて言及した。「その通り。お店の人に質問しよう。聞いてみるんだ。『これって新鮮かしら? 冷凍物? どこの魚? どうやって捕ったの?』ってね」

 魚を食べ続けると水銀中毒になるのではという、よくある疑問をテッドに聞いたメンバーがいた。長生きで大きいマグロのような魚は、水銀の含有量が多いのではと推測されているからだ。「自分の腕よりも長い魚は食べないほうがいいという話は聞いたことがあるわね」と私は言った。「小さい魚のほうが、あなたにも環境にもよいとされているの」牛肉での議論と同じように、私たちはひと晩中話し続けることができるほどだった。それでも、そろそろ調理の時間だ。まずは、メンバーがいつものように必要な野菜を数分かけて切っていった。作業をしながら、おしゃべりしつつ。

魚を焼く

  「すごくおもしろい話なんだけど」告白モードのことはすっかり忘れたようにジョディがいった。「ガレージの中を掃除してたら、ローストチキンを焼く機械が出てきたのよ。すっかり忘れててさぁ。でもね、いろいろと学んだいまとなっては、ローストチキンを焼くのに“機械”を買っただなんてすっごくおかしくて」

 サブラは週に一度、友だちと一緒に料理するようになったと教えてくれた。「うん、すっごく楽しいよ。友だちが家まで来てくれて、一緒に料理するんだ。今週はビーフシチューを作って、それが本当に美味しかったんだよ」そして彼女は周囲を見回した。「あれ? これだけ? もう野菜はないの?」

 私たちは、私がロンドンで出会ったイタリア人に教えてもらったレシピから作りはじめた。熱したフライパンに、スライスしたばかりの赤唐辛子、玉ねぎ、アスパラガスの茎、にんにく、そして刻んだ黒オリーブを入れ、そこにたっぷりとオリーブオイルを注ぎ込んだ。塩、そしてこしょうも加えた。

 「基本としては、たくさんの野菜を焼いて、その中に魚を潜り込ませるってイメージね」と私は言った。「鶏のむね肉でも作ったことがあるわ」私はそれをオーブンに入れた。「よし、テッド。あなたの番よ」

 テッドは両手をパンッと合わせた。「よし、魚を焼こう!」彼はスキレットを手に取ると、作業台の上に置いてある簡易コンロの上で熱しはじめた。鶏肉と同じように、高温で手早く調理して、真ん中まで火を通すのだ。バーナーの火を大きくしてスキレットにオリーブオイルを注いだ。そしてヒラメに軽く小麦粉をはたいた。「これでフライパンにくっつかない」彼がフィレをスキレットに入れると、オイルに触れて派手な音を出した。ジュージュー鳴る音に負けじと、テッドは大声で話しはじめた。その音はひっきりなしに鳴っていた。「焼くときは、必ず身から焼く。皮が付いていたら、皮が付いていないほうを下にして焼くんだ。そうすることで均等に火が通って、美しい茶色い焼き目が付く」

 彼は素早くスキレットを振った。「これは聞いたことがあると思うけど、食べ物を入れた直後にフライパンを振れば、こびり付くことはないんだよ」彼は注意深くスキレットの中を見ていた。5分経過して、半透明の白身魚の下と周辺の色が変わった。彼はフィレをひっくり返して、フタをして、火を止めた。「2・5センチ以下の厚さのフィレは、スキレットの熱で火が通る。反対側を焼いた時間と同じぐらい、調理しよう」

 「さて、魚が焼けているかどうか確認するためにここで必要なのが、このツールさ」と彼は言い、右手人差し指を出した。大げさに意味ありげに人差し指をゆっくりと魚の表面に向けていった。

 「真ん中が引き締まって硬くて、触ると熱くなけりゃダメ」彼はフォークを取り出して、真ん中で割った。「こういう感じで層になって分かれることを“フレーキング”と呼んでいる。このフレーキングが、君らの目指すゴールだよ」彼は魚を皿に載せた。

“フォン”を“ディグレーズ”

 「それじゃあいまから、同じフライパンを使って即席ソースを作るぞ」彼は再び火をつけた。「スキレットの底に小麦粉が付いてるのが見えるかな」と、彼はスキレットを持ち上げて、メンバーに見えるようにした。「これが、“フォン”と呼ばれるものだ。フランス語で、“基礎(ファウンデーション)”という意味となる。これにはたくさんの味が詰まってる」

 彼がスキレットに少しだけ白ワインを注ぐと、一気に蒸発した。

 「熱したフライパンに液体を入れてフォンを浮き上がらせる。これを“ディグレーズ”と呼ぶんだ。さあ、トリックを教えたよ。これは、フライパンにこびり付いたベタベタを剥がす方法でもある」彼はスライスした玉ねぎ、ズッキーニ、パプリカを加え、塩こしょうした。数分炒めて、それを魚の上に載せた。「バーン! ほら、でき上がりだ」彼はスキレットをカウンターに置いた。そして魚の上に刻んだバジルを振った。

 「シンプルであっという間にできる。この作り方を学んだら、冷蔵庫にあるものを使って15分でソースを作ることができる。ワインを飲まない人や、ワインがないという場合は、チキンストックを少し、そこにレモンジュースかライムジュースを加えてみてくれ。それでバッチリだ」

料理は助け合い

 ドリが、鶏肉のレッスンで学んだ“味のキス”が魚にもできるか質問した。

「もちろんよ。コンセプトは同じだからね」と私は言った。「いますぐやってみようよ。ねえみんな、ふたり組になって」

 毎週毎週、誰かが料理をするのを見ていて、私は興味深いことに気づいた。ひとりでは、メンバーは自信がなさそうに振る舞う。でも、ふたり組になってチームを作ると、レッスンもてきぱきと進み、自由に実験できるようになるのだ。たぶん、料理の本質が助け合いなのかもしれないし、知識の足りなさや自信のなさから隠れて安心できるのかもしれないし、その両方かもしれない。私たちは、もっと協力して料理を作るべきなのではと私は考えた。レシピに挑戦しながら、人とつき合うことに時間を費やすのだ。たぶん、私たち全員が、コーヒータイムよりも“料理の時間”を持ったほうがいいのではないだろうか? 子どもを一緒に遊ばせる約束をするなら、みんなで一緒に料理をすることも、たぶんできるだろう。

 メンバーがスキレットを握ったところで、私は考えるのをやめてクラスに集中した。メンバーはまるで高価な宝石かプラスチック爆弾を選ぶかのように、とても注意深く魚の切り身を選んだ。ドリは再び、ペアになったドナと一緒に大きなストーブの前に陣取った。ドリは高温調理のほうが自信を持つことができるのだ。ドナが尻込みすると、ドリが彼女の代わりに魚を調理すると申し出た。ふたりは魚を焼いて、人差し指を使って焼き加減をテストした。そしてにんにく、ねぎ、パプリカの細切りとズッキーニを使って即席ソースを作った。ふたりで作ったフィレの上にその野菜ソースをかけると、ふたりは喜びを抑えきれないようだった。

 「ちょっと見て! 焼けたよ。雑誌に載っちゃいそう」

 ふたりは本当に誇らしげだった。私はカメラを取り出して、ふたりの写真を撮影した。

 サブラとジェンは自分たちの魚の調理をあっという間に終えてしまい、私はふたりの料理を見ることもできなかったほどだ。「あたしたちプロっすから。そういうこと」魚をムシャムシャ食べながら、サブラは説明した。ジョディとアンドラは真剣な表情で調理をし、注意深くすべての手順を踏んでいった。テッドはトリッシュとチームになっていた。

 「でも、焼き上がったかどうか、どうやってわかるのかしら? 焼き上がった感じがどうなのかわからないわ」トリッシュが聞いた。彼は、魚が焼けてから、何度も触って焼き上がった硬さを感じて、人差し指を「訓練」してみることだとアドバイスした。他のすべての物事と同じように、魚を上手に焼けるようになるには、とにかく焼いてみるしかないのだ。

 全員がソテーし終わると、私はオーブンから10分ほどローストされた野菜を取り出した。「さ、ここに注目してね。野菜は半分調理されている状態。さあここでやらなくちゃならないこと。それは、この野菜の上に魚を置いて、熱くなった野菜で魚を覆(おお)ってあげることです」私はヒラメの長い身を野菜の上に置いて、スプーンで熱々の野菜をすくって、ヒラメを覆った。「さあて、あと15分か20分ぐらい焼きましょうか。それからどうなったか見てみましょう」

プレゼントを開くようなひと皿

 次に私たちはパピヨット料理の作業に移った。パピヨット、つまり紙焼きだ。この技術は、とてもシンプルで素早い調理方法だし、フライパンもいらなければ、皿を洗う必要もないというのに、アメリカの家庭であまりにも知られていない。調理方法は本当にシンプルだ。少しの油を、大きめのオーブンシートかホイルに広げて、塩こしょうする。薄くスライスした魚のフィレにオイルかバターを塗って、塩こしょうし、みじん切りにした野菜、ハーブ、少量のワイン、そして柑橘(かんきつ)系の果汁か酢を加えるのだ。オーブンシート(またはホイル)を二つ折りにして端をたたみ、両端をきっちりと折ったら、200度に熱したオーブンで15分焼く。これは薄くスライスした鶏肉でも作ることができる。

「野菜は細かく切って、魚は薄く切ってみて。そうすればすぐに火が通るからね」とテッドは説明した。そして彼は自分の指を使って、オーブンシート(またはホイル)の端をきっちりとつかみ、たたみ込む方法を見せてくれた。「きっちりと、完全に密封してくれ。そうすればオーブンシートから水分が漏れないよ。きっちり折って蒸気を逃がさないことで、焼くこと、蒸すことが同時にできるんだ」

 各チームが作業をはじめた。私はテーブルの周りを歩き回って、メンバーが、タラ、サーモン、鯛の切り身を選び、どう組み合わせていくのかを見ていった。ドリとドナは話し合っていた。「うーん。バルサミコはどう? 味が強過ぎない?」ドリが考え込んだように言った。ドナも考えていた。

 「ねえ、好きなものを考えない? オリーブはよさそうよね。オリーブと何が合う?」「トマトじゃない?」ドリが答えた。そこからふたりはスライスしてあった野菜に手を伸ばして、より細かいみじん切りにしていった。刻んだオリーブ、パプリカ、玉ねぎ、エシャロット、バジル、そして白ワインと白バルサミコ酢が振りかけられたふたりの魚は、本当に美味(おい)しかった。

 各チームが折りたたんだオーブンシートに名前を書き、ベーキングシートの上に並べた。私は焼いていた野菜と魚を取り出して、サイドテーブルに載せた。「うわあ、美味しそう」とアンドラが言った。「すごくいいにおい」私はオーブンシートに包まれた魚が載ったトレイをオーブンに入れた。

 メンバーはおしゃべりしながら、お互いの作ったものを食べ、野菜で包まれて焼かれた魚の味見をした。「全部すごく美味しいし、すごく簡単だよね」とジェンは言い、自分のソテーした魚をぱくりと食べた。「私、これから、絶対に、もっとたくさん魚を食べると思うわ」

 15分後、マギーが紙焼きの魚をオーブンから出してきた。各チームは注意深く自分たちの熱々の魚を回収して、皿の上に載せた。私の合図で、メンバー全員が同時にナイフを使って紙を開けた。蒸気が出て、様々な香りがキッチンに充満した。ドナは喜んで手を叩いた。「ごちそうのプレゼントを開けてるみたい!」「こんなの出したら、ダンナはノックアウトだわ」と、シェリルは言った。

 その夜、私は古いことわざを思い出していた。「魚を1匹与えれば、1日食いつなぐことはできる。魚の取り方を教えてやれば、一生食いっぱぐれることはない」いいことを言っているなあといつも感心する。片づけをしながら私は、魚を捕まえること自体は問題ではないのだから、魚をシンプルに料理する方法を教えることは、このことわざ通りになるのだと気づいた。

(つづきは本書でお楽しみください)

失敗したっていいじゃない。たかが一回の食事だもん―。
なぜだか泣ける料理本!

キャスリーン・フリン(村井理子訳)『「ダメ女」の人生を変えた奇跡の料理教室』(新潮文庫)

38歳で名門料理学校を卒業した著者は、ふとしたきっかけから女性たちに料理を教えることになった。自分らしい料理との付き合い方がわからず、自信が持てなかった年齢も職業もバラバラな10人とともに笑い、一緒に泣き、野菜を刻み、丸鶏を捌いていたら、彼女たちの人生が変わり始めた! 買いすぎず、たくさん作り、捨てないしあわせが見つかる、一冊で何度も美味しい料理ドキュメンタリー。

村井理子

むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』『エデュケーション』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』など。著書に『(きみ)がいるから』『村井さんちの生活』『兄の終い』『全員悪人』『家族』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『いらねえけどありがとう』『義父母の介護』など。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥


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