2016年8月7日、七夕の夜の部。祭の熱は最高潮に達しつつあった。
 

 七夕、と聞くと、多くの人がきっと、7月7日を思い浮かべるだろう。かつては私もそうだった。あの東日本大震災が起こるまでは。
 縁あって通うようになった岩手県陸前高田市では、旧暦の七夕、8月7日に「うごく七夕祭」を迎える。町内ごとにこしらえた見上げるほどの山車に囃子を乗せ、市街地を練り歩く華やかな一日だ。あの日の大津波は街を、命を、そして宝であったほとんどの山車をも飲み込んでいった。ほぼ全ての家々が流され、解散を余儀なくされた町会さえあった。それでも祭にもう一度人が集えるように、と残された力を持ち寄った人々の手で少しずつ息を吹き返してきたのだ。
 ひょんなことから、私自身も囃子の太鼓を教えてもらっていた。慣れないうちは5分も叩けば手の皮がはがれる。叩くほどに囃子の勢いは増し、思わずバチを手放してしまいそうになる。
 そんな私にベテランの叩き手がこんな言葉をかけてくれた。「どんなに手が痛くても、腕がしびれても、太鼓叩く力を絶対抜いちゃいけない。七夕に負けちゃあだめなんだ」。なんでかって? お盆にこの街に帰ってくる魂が、迷わないようにって叩くんだよ、と。
 8月7日、この日帰りくる魂たちは、土の下に埋まりつつある街の様子をどう見降ろすのだろうか。「あと1か月か」と、空を見上げる、7月7日。

今は更地となり、草木に覆われた市街地。かつての街の面影を重ね合わせながら歩くんだ、と祭組の人々は語る。