アルビルの救急病院に搬送されてきたアダムくん。この時は言葉を発することもままならなかった。(2017年1月)
 

 「道を開けて!」「早く点滴を!」。1月、イラク北部アルビルの救急病院には、緊迫した声が絶えず飛び交っていた。イラク第二の都市モスルをISから奪還する作戦が2016年10月に再燃して以来、“前線”からの緊急搬送が続いている。負傷した兵士たちの傍らで緊急処置を受けているのは皆、子どもたちだ。“戦争”が兵士たちだけの闘いではないことを突きつけられたようだった。
 病室の片隅で、力なく横たわる小さな男の子が目に留まった。アダムくん、6歳。故郷の街が解放され、祝日である元日に友人たちと遊んでいたところを被弾したのだという。
 7月、彼のその後を知るために、モスルを目指した。アバディ首相が“勝利”を宣言した後にも、西側の一角からは爆発や銃撃の音が響き続けていた。元はどんな建物だったのだろうか、原型を留めないコンクリートの塊が道脇を埋める。
 「ようこそ、ようこそ!」。満面の笑みで迎えてくれた父の陰から、はにかんだアダムくんが顔をのぞかせている。まだ砲弾の破片が体内に複数残されているものの、経過は順調だという。
 「あの日、アダムは3人の友人たちと遊んでいたんです。生き残ったのはこの子だけでした」。父であるクタイブさん(36)が当時を振り返る。「アダムが生き残ったのは……」。そこまで語ると一瞬、声をつまらせた。「この子が生き残ったのは、目の前に老人が立っていて、その陰にいたからなんです。彼の体は粉々になっていきました」。
 クタイブさんは音楽の教師、とりわけウードと呼ばれる伝統楽器を得意としていた。「ISの支配下では一切許されなかった」というその音を誇らしげに奏で、アダムくんもその傍らで聞き入る。彼らにとってこの時間が一つの「解放の象徴」だった。
 戦闘が終わった地にも尚、互いへの大きな不信感は残っているという。それでもこの音のように、人の心を少しずつつなげるものを見つけられるだろうか。彼らがこの街で生き抜く「これから」にも、シャッターを切りたい。

モスルの自宅にて。「また弾いて!」とアダムくん自らウードを父のところに持ってきた。