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たいせつな本 ―とっておきの10冊―

2019年10月4日 たいせつな本 ―とっておきの10冊―

(6)ノンフィクションライター・近藤雄生の10冊

科学の世界に、より深く分け入りたくなる10冊

著者: 近藤雄生

立花隆『宇宙からの帰還
コペルニクス『天体の回転について
ガリレオ『天文対話
トーマス・クーン『科学革命の構造
森田真生『数学する身体
福岡伸一『できそこないの男たち
チェリー・ガラード『世界最悪の旅
スティーヴン・ホーキング『ホーキング、宇宙を語る
幸村誠『プラネテス』(全4巻)
サイモン・シン『フェルマーの最終定理

 今年1月、約5年かけて書いたノンフィクション『吃音 伝えられないもどかしさ』を上梓した。それから半年以上が経ち、いよいよ次作のテーマがぼんやりとながら見え出したころ、このリレー連載への寄稿依頼をいただいた。「科学の本10冊はどうですか」。そう言われて、これは、と思った。というのも、次に取り組もうと考えているテーマが、まさに科学の話だからだ。
 自分は元々、物理学をやりたいと思って大学に進んだ理系男だ。しかしいろいろな経緯から、学生時代を終えると旅をしながらライターとして文章を書くようになり、理系的な世界とは一切縁のない生活を送るようになった。ところが4、5年前から、理系記事の取材・執筆依頼が増え、多く引き受けるようになっていくうちに、以前から書きたかったサイエンスノンフィクションにいずれ本格的に取り組みたいと思うようになっていった。そして最近ようやく、そのタイミングがやってきたようなのだ。
 そんなわけで今回、次作のテーマを探りながら、おすすめしたい科学系の本、特に、より深く科学の世界を知りたいと思わせてくれそうな10冊を、考えてみた。以下の中に「これは面白そう」と思える本が読者の方それぞれにあることを願いつつ、一冊ずつ自分なりに紹介したい。

 一冊目は、立花隆さんの宇宙からの帰還。宇宙に行った人間は、宇宙でいったい何を感じ、その後、地球に戻ってきて何を思い、どう生きているのか。アポロ計画に参加した宇宙飛行士に、そんな問いを真正面からぶつけて書いたこの本は、かなり知られた名著であるが、自分にとっては進路を大きく転換させるだけの力を持っていた。実は私は、高校時代までは、ちゃんと読んだ本が通算10冊もないだろうほど、本とは無縁の生活を送ってきたのだが、そんな自分に、「本って実はすごい面白いんじゃないか?」と思わせ、後に文筆業の世界へと入っていくきっかけを作ってくれたのがこの本だったのである。一方で、一時期宇宙飛行士という進路を真剣に考えるようになったのもこの本が一つのきっかけであった。後者の道は全く成就しなかったものの、自分の進路に双方向に揺さぶりをかけたという点で、この本は自分にとって唯一無二の存在と言える。

宇宙からの帰還

立花隆

1985/7/10発売

 そうして私が本に興味を持つようになって、まず惹かれたのが科学史の世界だった。その分野の古典を時々手に取ってみるようになったが、中でもとりわけ印象に残り続けたのが、科学の歴史を動かした書として名高いコペルニクスの天体の回転についてとガリレオの天文対話である。前者は、地球が太陽の周りを回っているという「地動説」を説き、「コペルニクス的転回」という言葉を生み出した本だ。私たちがいま一般に持っている宇宙観はこの書から始まったんだと意識しながらパラパラとめくるだけでも、科学の歴史が体感できる。薄いから手に取りやすかったというのも、本を読むことに馴れてなかった自分にとっては大きかった気がする。ちなみに1543年に出版されたこの初版本は、現在世界に数百冊ほどあるとされるが、その一冊が2008年に、東京で行われたブックフェアで1億5000万円で売りに出された。
 一方、コペルニクスの次の世代に当たるガリレオは、自らが作った望遠鏡による観測で知った事実から、コペルニクスの地動説が正しいことに確信を持つ。そして、地動説を広く知らしめるために1632年に刊行されたのが『天文対話』だ。しかし当時、地動説は教会によって「間違っている」とされ、支持することを禁じられていた。そのためガリレオは、地動説が正しいと直接唱える本を書くことは許されず、打開策として、地動説と天動説の各説の支持者が対話するという形式で、地動説を紹介する本を書いたのである。ガリレオの巧みな表現術によって『天文対話』はひとまず正式に出版が許可され、広く読まれるようになったものの、その後、彼の魂胆はばれ、ガリレオは裁判にかけられて有罪となり、地動説を放棄するという誓いを述べさせられた上に軟禁下におかれることになる。地動説の正しさを暗に唱えながらも、一見すぐにそうとはわからないように工夫して書かれたこの本は、読み物としても面白くできた名著である。

天体の回転について

コペルニクス

1953/5/5発売

天文対話〈上〉

ガリレオ・ガリレイ

1959/8/25発売

 さて、こういった近代科学の生まれる過程の話に興味がある人にはぜひ読んでもらいたいのがトーマス・クーンの科学革命の構造だ。コペルニクス、ガリレオの時代から、量子力学が生まれた20世紀に至るまで、科学がどうやって発展してきたかを論じた書で、「パラダイム」という概念を初めて提唱したことで広く知られる。つまり、科学は連続的に進歩するのではなく、コペルニクスの地動説が天動説にとってかわったように、新たに生まれた革新的な理論が、革命のように新たな枠組み(パラダイム)を生み出して、それまで支配的だった理論にとって代わるという説を唱えている。パラダイムという概念がその後広く様々な分野に影響を与えたという点からも、この本は重要な書だ(……と、書きながら、読んだのが学生時代なので、自分も読み直さなければなりません)。

科学革命の構造

トーマス・クーン

1971/3/6発売

 ところで、理系科目といえば数学を思い出す人がきっと一番多そうだが、実は数学は、物理や化学(といったいわゆる小学校の理科に当たる科目)とは、学問として全く趣を異にする。物理や化学は、実際に起きている現象を説明するための学問、つまり自然科学であるのに対して、数学は、数字や図形の間に成り立つ関係性を研究して体系化する学問であり、自然科学ではないのである。
 そしておそらく世の中の少なからぬ人が、 数学という言葉を聞くだけで、「いや、数学はちょっと……」と距離を置いてしまうような学問でもあるが(むろん、「物理はちょっと」派や「化学はちょっと」派も少なくないだろうけど)、数学がいかに私たち人間と深く関わりながら発展してきた学問かを、その背景の思想や歴史から見せてくれたことで大きな話題になったのが森田真生さんの数学する身体である。コンピュータの父ともいえるアラン・チューリングと、「情緒」を中心に据えた独自の思想で知られる岡潔という二人の数学者の人生を紐解きながら、鮮やかに数学の魅力を説く。「数学はちょっと」派の人にこそ、手に取ってもらいたい一冊である。数学をテーマにした森田さんのトークイベントも抜群に面白いので、この本を読んだら是非、チェケラ!

数学する身体

森田真生

2015/10/19発売

 続いて6冊目は、森田さんとともに近年の日本を代表する理系の書き手である福岡伸一さんのできそこないの男たち。福岡さんは生物学の研究者であり、文筆家としては『生物と無生物のあいだ』でその名を広く知られるようになったが、個人的には『できそこないの男たち』のインパクトが大きい。生命の基本仕様は女性であり、それを作りかえて出来上がったのが男性である。それゆえに男の身体には「ところどころに急場しのぎの、不細工な仕上がり具合になっているところがある」と本書は説明するのであるが、その事実は、自分の身体を見るとはっきりとわかるのだ。その部分の印象が大きくて、他の重要な箇所を忘れてしまっているかもしれないが、私にとっては、世界の見え方を少なからず変えてくれた本であり、お勧めしたい一冊だ。

できそこないの男たち

福岡伸一

2008/10/20発売

 そして、科学という括りから言えば、少し奇妙な選択に見えるかもしれないが、次は冒険の書の傑作、チェリー・ガラードの世界最悪の旅を紹介したい。20世紀初頭、イギリスのスコット率いる探検隊が南極大陸に上陸し、スコットを含む5人の隊員が南極点初到達を目指したものの、ノルウェーのアムンゼン隊との競争に敗れた後、遭難、全滅した悲劇は有名だろう。本書は、この探検隊の隊員として南極大陸に渡って生還した著者が、その探検について書いたものだ。なぜそれを科学の本に入れるのかといえば、スコット隊によるこの探検の、南極点到達以外の目的が南極大陸の科学的研究だったからである。
 著者のガラードは、動物学者として隊に参加、南極点まではいかなかったため死ぬことは免れたが、彼もまた、他の二人の隊員とともに、驚くべき冒険行を行っている。マイナス50度前後の極寒の中、片道50キロほどの距離を歩いて大陸のある場所まで行くのであるが、その目的はなんと、発生学の研究のため、コウテイペンギンの繁殖地として唯一知られていたその場所へ、繁殖の様子を見るとともに卵をとってくることだったのである。
 その行程を読むと、研究を目的とした学者たちの行動としては、完全に常軌を逸して見える。現代から見れば信じられないような頼りない装備での6週間の旅であり、しかも時期は、南極が桎梏の闇に包まれる冬なのだ。帰路にテントが吹き飛ばされたりしたことも含めて、生きて帰ってきたことが奇跡とも言える大冒険で、科学の研究に従事するものの執念と、私たちがいま享受している何気ない知識がいかに先人の凄まじい努力によって得られたものであるかを想像させてくれて余りある。冒険の書としても科学の書としても、アドレナリンが出まくる一冊だ。

世界最悪の旅

チェリー・ガラード

2002/12/1発売

 8冊目は、これももはや宇宙に関する古典とも言える、スティーヴン・ホーキングのホーキング、宇宙を語る。正直に告白すれば、私は高校時代だったかにこの本をファッション的に手に取って前半で早々に挫折した。でも今回、この原稿を書くに当たって初めて最後まで読み切って、この本の魅力がよくわかった。なんとなくしか理解できてなかった事柄が、すごくシンプルでわかりやすい比喩で説明されていて、なるほど!と思わず膝を叩きそうになる箇所が数多くあったのだ。
 学生時代、一度ホーキング博士が大学に講演に訪れたが、その時、彼のパワポ資料の一枚に、中央にりんご一つだけが描かれた図があった。どういうことだろうと思っていると、だんだんとその図が、彼の話を見事に的確に説明していることに気づいて感動した記憶が今もはっきりと残っているが、この本もまた、そのような魅力に満ちている。宇宙について多少の基礎知識がないとおそらく若干難解だけれど、本来ものすごく難しい話を、なんとか一般の人にもわかるように書こうと力を尽くしているのが感じられて、こちらもなんとか理解したいと思わせてくれるのである(本書に出てくる数式はE=mc2ただ一つだ)。彼のような天才的な人物が、わかりやすい言葉で伝える力も備えているというのは、本当に稀有でありがたいことだ。宇宙に興味がある人は、一度は手に取ってみる価値のある書だと思う。

ホーキング、宇宙を語る

スティーヴン・W. ホーキング

1995/4/1 発売

 さて、この原稿も終盤に差し掛かってきたこの辺で少し趣向を変えて漫画作品を一つ挟むと、宇宙をテーマにしたプラネテス(全4巻)はおすすめだ。21世紀後半、デブリ(=宇宙ゴミ)回収を生業とする宇宙飛行士たちの物語で、主に月と地球を舞台に、派手でも地味でもない味わい深い人間ドラマが展開する。ホーキング博士のように、宇宙の謎を解き明かそうとする人がいる一方で、今後、実際に宇宙に出ていく人もきっと多くなるだろう。私たちにとって宇宙とはいったい何なのかを、じっくり考えさせてくれる。

プラネテス(1)

幸村誠

2001/1/22発売

 最後には、最も紹介したい一冊を。サイモン・シンのフェルマーの最終定理である。17世紀、フランスの数学者フェルマーが、以下のようなシンプルな定理(命題)を、ある本の余白に書き残した。
 <xn+ yn = zn となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせは、3 以上の自然数 n については存在しない>
 そして、自分はこの証明方法を知っているが、余白が狭すぎて書くことができないと付記したまま、死んでしまった。これは後に「フェルマーの最終定理」と呼ばれるようになり、数々の数学者が証明しようと挑戦したが、証明されるまでにはなんと300年以上の時間が必要となったのだ。本書は、この定理に取り組んだ数学者たちの様々な人間ドラマ、そして彼らがこの問題に取り組む過程で大きく発展してきた数学の歴史を、ドラマチックに描いたノンフィクションである。
 じつは私は、いつか、『フェルマーの最終定理』のような本を書きたいと長年思い続けてきた。自分が扱うテーマは、数学ではなく物理学の予定だが、まさにいま、この本のイメージを思い浮かべながら、どんなテーマがよいかを探っているところなのである。

フェルマーの最終定理

サイモン・シン

2006/5/30発売

 この10冊の中に、読みたいと思える本があり、読んでさらに科学の世界を深く知りたいと思ってもらえたら幸いです。そしていつか自分も、自信をもって世に送り出せるサイエンス本を生み出したい。そうここに書き記しておくことで、自分自身を奮い立たせて、精進します。

 

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

近藤雄生

こんどう・ゆうき 1976(昭和51)年東京都生れ。東京大学工学部卒業、同大学院修了。2003年、旅をしながら文章を書いて暮らそうと、結婚直後に妻とともに日本を発つ。 オーストラリア、東南アジア、中国、ユーラシア大陸で、約5年半の間、旅・定住を繰り返しながら月刊誌や週刊誌にルポルタージュなどを寄稿。2008年に帰国、以来京都市在住。著書に『遊牧夫婦』『中国でお尻を手術。遊牧夫婦、アジアを行く』『終わりなき旅の終わり さらば、遊牧夫婦』(以上、ミシマ社)、『遊牧夫婦 はじまりの日々』(角川文庫)、『旅に出よう』(岩波ジュニア新書)、『オオカミと野生のイヌ』(エクスナレッジ、本文執筆)。最新刊に『吃音 伝えられないもどかしさ』(新潮社、講談社本田靖春ノンフィクション賞・新潮ドキュメント賞最終候補、本屋大賞ノンフィクション本大賞ノミネート作)。大谷大学/京都造形芸術大学非常勤講師、理系ライター集団「チーム・パスカル」メンバー。


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