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たいせつな本 ―とっておきの10冊―

2023年5月29日 たいせつな本 ―とっておきの10冊―

(18)小説家・小山田浩子の10冊

広島に気づく10冊

著者: 小山田浩子

作・那須正幹 絵・前川かずお『うわさのズッコケ株式会社』(ポプラ社文庫)
大道あや語り・画『へくそ花も花盛り 大道あや聞き書き一代記とその絵の世界』(福音館文庫)
竹西寛子『管絃祭』(講談社文芸文庫)
堀川惠子『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』(講談社)
福島菊次郎『ピカドン ある原爆被災者の記録』(復刊ドットコム)
望月遊馬『燃える庭、こわばる川』(思潮社)
原民喜著・天瀬裕康編『原民喜 初期幻想傑作集 夢の器』(彩流社)
スケラッコ『平太郎に怖いものはない 前編後編』(リイド社)
佐藤友則・島田潤一郎『本屋で待つ』(夏葉社)
藤井基二『頁をめくる音で息をする』(本の雑誌社)

 サミットもありますし広島の本を、と依頼されました。私は広島に生まれ育ちいまも住んで今年で40年、たまにこういう広島に関する依頼があります。もちろんとてもありがたい、一方で気後れも感じます。私は広島を選んだわけではなくなんとなく住み続けているだけで、おそらく別の土地から来た人とか決意を持って故郷を離れたような人の方が、土地への思い、語るべきなにかを持っているのではないか…しかも広島ヒロシマHiroshimaと言ったらそれは世界史に登場する言葉です。私は今年亡くなった祖母が入市被爆をしていますから被爆三世です。祖母の被爆者健康手帳は伯母が私にくれました。大人になり書く仕事をするようになり、原爆を書かないのかと尋ねられることがときどきあります。ぜひ書いてくださいと言われたこともあります。そう言って私の手を握ってくださった被爆者の方は一昨年お亡くなりになりました。私に、広島を原爆を戦争を世界に問うだけの知識や覚悟があるかと聞かれれば不安で口籠もるしかなく、また私にとって広島は空気のようなものでそれを改めて見つめ直すのは容易ではない、知らない広島について知った、改めて広島について考えた、と思う本をだいたい読んだ順に挙げます。

1. 作・那須正幹 絵・前川かずお『うわさのズッコケ株式会社』(ポプラ社文庫)

 子供のころ夢中で読んだズッコケ三人組シリーズの作者が広島の人なのは当時も知っていましたがピンときていなかったのは、日本のどの街にも大きな川があり穏やかな海が近く市電が走っていると思っていたからです。大人になって読むとたとえば特に好きだった『うわさのズッコケ株式会社』は瀬戸内海に面した木材を扱う港で小イワシ釣りの人相手の株式会社を作る話、もうとても広島です。

2. 大道あや語り・画『へくそ花も花盛り 大道あや聞き書き一代記とその絵の世界』(福音館文庫)

 『へくそ花も花盛り』は1909年生まれの画家への聞き書き集です。広島の山の中、川のそばの集落に生まれ育ち結婚、仕事、戦争、原爆、家族の死、絵を描くようになり…個性があり自我がある人物が戦前戦後の社会をどう暮らし、自分や他者とどう向き合い、大変な悲惨な出来事や日々の喜びをどんなふうに記憶しているのか。いきいきした語りを再現する聞き手の技術と敬意も素晴らしいです。

3.竹西寛子『管絃祭』(講談社文芸文庫)

 竹西寛子は16歳のときに広島市で被爆しました。「私自身が見聞したあの夏の広島の様相は、小説「儀式」と「管絃祭」の一部に、できるだけ叙事的に、簡潔に書き残したつもりである」(「時の縄」『神馬/湖 竹西寛子精選作品集』中公文庫所収)とある通り『管絃祭』は、街を流れる豊かな川に寿(ことほ)がれ人やものが行き交っていた戦前の広島と、原爆、そしてその後の人々の暮らし、復興しつつある過渡の葛藤が行きつ戻りつ語られます(なお「儀式」は『神馬/湖 竹西寛子精選作品集』に収録されています)。原爆投下後の街を描く作品としては、作者がこれはルポルタージュだと語る井伏鱒二「黒い雨」やもちろん原民喜「夏の花」など、後世の人間が惨禍を描こうと思うとき想像もできないだろう余白というか、一見静かに、のどかにすら見える細部にどれもハッとします。

4.堀川惠子『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』(講談社)

 なぜ人類初の原子爆弾は広島に投下されたのかという疑問から取材が始まったという『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』。多く理由はありますが本書によればその鍵を握るのが陸軍の軍港・宇品でした。他国への兵士や物資の海洋輸送は日本軍では海軍ではなく陸軍管轄だったというのは意外でしたし、「船舶の神」と呼ばれるほど現場で慕われ敬われた司令官・田尻昌次のことも初耳、田尻昌次は第二次世界大戦直前になぜか任を解かれており、開戦に反対し疎まれたのではないかという説が語られます。現場を知る優秀な人材が無謀な上層部のため振り回され意見が捨て置かれ社会に無惨なことが起こるというのは過去の愚行ではないでしょう。

5. 福島菊次郎『ピカドン ある原爆被災者の記録』(復刊ドットコム)

 被爆者の語りは極めて重要で記憶し語り継ぐべきものですが、そういう語る言葉を持つ人は、戦後を生き延びてこられた人でもあります。語る言葉を持たない、生き延びるということの意味がもっとずっと手前で困難だった人の言葉を私たちは容易に聞けません。写真集『ピカドン ある原爆被災者の記録』の被写体の男性とその家族のような被爆者を、体の自由を失い食べていく(すべ)と気力を奪われ福祉も医療も十分に得られない彼らのような存在を、自分が本書を見る前に十分に想像できていなかった理由を考えさせられます。

6.望月遊馬『燃える庭、こわばる川』(思潮社)

『燃える庭、こわばる川』は広島の島や場所の史実や伝承などをもとに書かれた詩集です。多くの軍事施設があり、原爆に遭った人々が船で運ばれその多くが亡くなりもした似島(にのしま)、毒ガス工場がありいまはウサギの島として知られる大久野島、少しずつ崩れ小さくなっているホボロ島…知らなかった土地や伝承を、現代の広島に暮らす詩人の目と言葉を通して味わう体験は得難いものでした。

7.原民喜著・天瀬裕康編『原民喜 初期幻想傑作集 夢の器』(彩流社)

 『夢の器』は原民喜が戦前に書いた幻想作品集です。『』『幼年画』などから数篇ずつが採られておりこれらの作品が書かれたとき原民喜は千葉に暮らしていたようですが悪夢と超絶美しい幻想とが入り混じる、でも子供の目が見る世界としてとても生々しい短篇には広島の土地の感じが含まれています。1940年発表の「眩暈」で「曲った柱。黒焦の階段。鉛の水槽。痙攣する窓枠を抜けて、彼は巨大な梁の上を伝う」と街を幻視した原民喜が「夏の花」においては現実の風景を見て「電線の乱れ落ちた線や、おびただしい破片で、虚無の中に痙攣的の図案が感じられる」(『原民喜戦後全小説』講談社文芸文庫)と書いたと思うと胸が詰まります。

8.スケラッコ『平太郎に怖いものはない 前編後編』(リイド社)

 江戸時代中期に現広島県三次みよし市に実在した稲生いのう平太郎が経験したとされる妖怪譚いわゆる稲生物怪録を現代に翻案した『平太郎に怖いものはない』。祟りの岩を触ってしまった16歳の平太郎の元に妙な怪異がどんどこやってくるが平太郎は困惑しつつ結構寝ちゃう、というあたりは物怪録そのままに不気味でおかしく、平然として見える平太郎の屈託や祈りが丁寧に描かれるところは現代漫画ならではと感じます。本作のための広島取材も描かれる『しょうゆさしの食いしん本スペシャル』(リイド社)も他県の人の目で見ると、広島って、お好み焼きってこんなんなんじゃという発見があります。

9.佐藤友則・島田潤一郎『本屋で待つ』(夏葉社)

10.藤井基二『頁をめくる音で息をする』(本の雑誌社)

 『本屋で待つ』『頁をめくる音で息をする』は広島県の書店主の本です。前者の舞台は広島県庄原市東城町にある「ウィー東城」、店を突然任された若者が地域との縁を繋ぎ独自の店を作り上げそこで学校や社会に馴染めなさを感じる若者たちが働くようになり…人口が減りつつある土地の書店がどう継続するのか、人が書店になにを求めているのか。後者は、広島県尾道市で23時開店27時閉店の古本屋「弐拾(にじゅう)dB(デシベル)」を営む店主の随筆+日記集です。詩が好きだという店主の文章を読んでいると港野喜代子、木下夕爾などの詩が読んでみたくなります。日常や風景(駐車場へ行くのに渡船を使うのです)が五感を浸すような湿度があるのに軽くもある文章で書かれます。どちらのお店もいつか行ってみたいと思います。

 そして、広島を語るとき避けて通れないのはカープです。それは観戦するスポーツの一選択肢を超えて生活インフラのような、それこそ空気のような存在だと感じます。自作で恐縮ですが10冊+オマケということで『小島』(新潮社)所収の「異郷」「継承」「点点」のカープ3部作では、そういう空気について書いています。

小島』(新潮社)

小山田浩子

2021/04/28

公式HPはこちら

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

小山田浩子

1983年広島県生まれ。2010年「工場」で新潮新人賞を受賞してデビュー。2013年、同作を収録した単行本『工場』が三島由紀夫賞候補となる。同書で織田作之助賞受賞。2014年「」で第150回芥川龍之介賞受賞。他の著書に『』『小島』『パイプの中のかえる』など。

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