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随筆 小林秀雄

 昭和三〇年代から四〇年代にかけて、小林秀雄は大学入試の出題数で毎年御三家の一角を占めていた。他の二家は『朝日新聞』の「天声人語」と夏目漱石である。ところが、五〇年代の半ばを過ぎた頃から、小林秀雄はぱたりと出なくなった。なぜそうなったのか。思い当る節がひとつある。丸谷才一氏がついた悪態である。
 私は昭和二十一年の生れだが、私の一年下から戦後のベビーブーム世代、いわゆる団塊の世代が始まり、昭和二十二年から二十四年までの三年間に生れた八〇〇万人超の子供たちが、四十一年からは大学にも押しかけるようになった。そのため、対応に追われた大学では、それまでには見られなかった珍事が相次ぐようになった。その一つが、入試問題の堤防決壊だった。
 本来、入試問題とは、大学教育を授けるにふさわしい学生を選抜するためのものであり、その出題範囲は高校教育の範疇に限るというのが鉄則である。にもかかわらず四〇年代に入ると、大学生となるにふさわしい優秀な学生を選抜するというよりは、大量の受験生をまず篩(ふるい)にかけ、大学側の受入れ事務の軽減を図っているとしか思えないような珍問、奇問が方々で見られるようになった。当時の新聞で知って、今も私が憶えているのは、「いま世界中で売り上げを伸ばし、注目されている清涼飲料水は何か」という某大学の入試問題である。答えはコカ・コーラだという。言うまでもない、これは教育現場の試問ではない、単なるクイズである。これに類する愚問が年を追って増殖していた。
 当然のことに、批判の声が上がった。むろん大学教育本来の入試に還れという批判だが、それと同時に、このコカ・コーラのような、高校の教科書のどこにも書かれていないようなことを訊く奇問が跡を絶たなくなると、受験生の守備範囲は果てしなくなるどころではない、それによって彼らは浮足立ち、高校で身に着けるべき学力の習得にかける時間にも影響が出る、大学受験は高校生にとって大変な負担である、その負担をさらに増大させるような入試問題は猛省せよ、となったのである。
 こういう世論を受けて、昭和五十五年(一九八〇)春、『週刊朝日』が大学入試の教科ごとに論客を立て、現状を分析し、改革への提言を行うというシリーズを始めて、「国語」の論壇には作家・評論家の丸谷才一氏を立てた。丸谷氏には『日本語のために』と題した著書もあった(昭和四十九年、新潮社刊)。今その『週刊朝日』は手許にないが、丸谷氏の回の見出しと氏の切り口はよく憶えている。見出しには「小林秀雄の文章は出題するな」とあり、その理由は、小林の文章は悪文だからだ、というのであった。
 私は、一読して『週刊朝日』を叩きつけたくなった。大学入試に小林秀雄が頻出していたればこそ私は小林秀雄と出会えたのである。そして、大学に入ってからの四年間、社会に出てからの十年間、私は私とまったく同じ経験をして小林秀雄の愛読者となった友人たちとの出会いにも恵まれた。しかしその反面、大学受験で小林秀雄との格闘を強いられ、以来、小林秀雄が嫌悪あるいは憎悪の対象となってしまっている友人たちも少なからずいるにはいた。したがって、丸谷氏が「小林秀雄は入試に出すな」と言うについては、割り切れないながらも食ってかかりたくなるほどの怒りではなかった。だが、氏が、「小林秀雄は悪文だ」と言うにおいては許せないと思った。

 それから四、五日、経ってのことだ、『新潮』の坂本忠雄さんと二人で小林先生のお宅へ伺っていると、坂本さんとほぼ同世代で、私よりは十年少々年長の他社の編集者氏が現れ、応接室へ通るなりいきなり言った、「先生、読まれましたか、『週刊朝日』の丸谷才一、まったくもってけしからん奴です」。先生は、それを受けて、「なんだい、丸谷がどうかしたのか」、編集者氏は、「小林秀雄の文章は悪文だ、だから大学入試には出すな、こう言ってるんです」、坂本さんと私もうなずいた。すると、先生は言われた、「そりゃあ、君、丸谷の言うことが正しいよ」、私たちはあっけにとられた。
 永らく「本居宣長」に没頭されていた先生は、その間、現代の詩や小説はほとんど読まれていなかったが、吉田健一、江藤淳といった人たちが、新聞に書いていた文芸時評は読まれていた。丸谷氏は、そういう文芸時評の筆者の一人でもあった。が、先生の丸谷氏に対する評価は、おおむね芳しくなかった。だからあの日、私たちには先生の反応が意外だったのだ。
 先生は、「丸谷の言うことが正しい」と言われたあとに、続けられた、「僕は、詩を書いているんだよ。なのに大学の先生たちは散文だと思っている、だから小林の言いたいことは次のうちのどれかなどと訊いてくる。詩の言葉は言い換えがきかない、おいそれとは言い換えのきかない言葉の組合せ、それが詩というものだ……」。
 念のために言い添えるが、先生が、丸谷氏の言うことが正しいと言われたのは、小林秀雄は入試に出すなという、その一点に関してのみである。先生は、丸谷氏が小林秀雄の文章は悪文だと言ったことまでを正しいと言われたのではない。そこはまったく意に介さず、丸谷も僕の書くものを散文だと思っているんだ、とだけ最後に言われた。
 要するに、丸谷氏も、小林秀雄の文章がきちんと読めたうえで言っているのではなかったということなのだが、今回、私がこの思い出をここに持ち出したのは、丸谷氏のついた悪態のおかげで、小林秀雄の文章はなぜ難解と言われるか、難解、難解と言われながら読者は絶えない、絶えないどころか若い読者が次々出てくる、それはなぜなのかを考える有力な手がかり、というより、小林秀雄の文章を読むにあたって、最初に知っておくべきことが「僕は詩を書いているんだ」という先生の一言にあると思ったからである。

 そこでここからは、先生の言う「詩」とは何か、どういうものかへ入っていこうと思うのだが、それに先立ち、昭和五〇年代の半ば過ぎから、小林秀雄が大学入試に出なくなったその理由は、丸谷才一氏の悪態にあったと最初に言った丸谷氏の悪態なるものを、きちんと見届けておこうと思う。小林秀雄が大学入試問題から姿を消したことと、丸谷氏の悪態との間に因果関係があったかどうかを私は跡づけてみたわけではないのだが、私の印象としてはずっとそう思えていたし、いまあらためて丸谷氏の本で読んでみると、私が得ていた印象はほぼ正鵠を射ていたのではないかと思えるのである。
 丸谷氏は、昭和六十一年一月に、『日本語のために』の続篇『桜もさよならも日本語』を新潮社から出した。『週刊朝日』に書いた先の文章もここに収められているが、本に収録するにあたってはかなりの加筆がなされたようで、その舌鋒は『週刊朝日』のときよりも相当ゆるやかになり、口ぶりの行儀もよくなっている。『週刊朝日』では大学に対してものを言うというより、小林秀雄に突っかかるという感じのほうが強くさえあったのだが、本でははっきり大学に向って苦言を呈する物言いになり、「小林秀雄の文章は出題するな」という主張の結論は、次のように言われている(原文は旧かなづかい)。
 ――小林はたしかに偉大な文芸評論家ではあるにしても(そのことを私は認める)、彼の文章は飛躍が多く、「語」の指し示す概念は曖昧で、論理の進行はしばしば乱れがちである。それは入試問題の出典となるには最も不適当なものだろう。……
 実はここに、小林先生の言う「詩」があるのだが、そこは次回に送り、丸谷氏の言を続けて聞こう。
 ――とこのように記すとき、わたしはかならずしも小林を非難しているわけではない。彼は現代日本の散文の未成熟という悪条件のなかで、その悪条件を逆手に取るかたちで新しい文芸評論を創造した。その事業は、彼の場合、散文の成熟という方向と一致するものではなかったというだけのことだ。責められなければならないのは、彼を現代国語の規範としてあつかい、ただでさえ難解なこういう型の評論を、前後を勝手に切ったかたちで入学試験に出す出題者たちである。……
 丸谷氏のこの本が出たのは、小林先生が亡くなって、三年ちかくが経ってからであった。もし先生が存命で、このくだりを読んだとしたら、「責められなければならないのは」以下「前後を勝手に切ったかたちで入学試験に出す出題者たちである」には、同じように「丸谷の言うことは正しいよ」と言われただろう。「彼は現代日本の散文の未成熟という悪条件のなかで」以下「彼の場合、散文の成熟という方向と一致するものではなかったというだけのことだ」にも、「丸谷の言うことは正しい」と言われただろう。だが、「そう言う丸谷も、僕が書いてきたのは詩だとはわかってくれていないようだ」と、苦笑を浮かべて言われたであろうと思う。

(第二十七回 了)

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

池田雅延

いけだ・まさのぶ 1946年(昭和21)生れ。70年新潮社に入社。71年、小林秀雄氏の書籍編集係となり、83年の氏の死去までその謦咳に接する。77年「本居宣長」を、2001年からは「小林秀雄全集」「小林秀雄全作品」を編集・刊行した。

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