ここ数ヶ月の話なのだけれど、右肩の激痛に悩まされている。突然痛み出したと思ったら、指先まで痺れるようになった。肩を上げようにも、ある程度の角度になると痛くてそれ以上動かすことができない。肩の関節の可動域が明らかに狭くなっているような気がする。
この激痛というものがどの程度の激痛かというと、肩の上あたりの骨をハンマーでコツンと叩く程度に痛い。つまり、「グエッ!」と思わず声が出る程度には痛い。それは瞬間的な痛みではなく、後を引く嫌な痛みで、あまりのしつこさに心の痛みをも引き起こす。なんでこんなに痛いの、本当にシャレにならない……と、気分が落ち込む程度に痛いのだ。あまりにも痛いので、やりたいこともやらないようになる。本当に最悪だ。心臓の手術で胸骨を割られた経験を乗り越えた私が痛いのだから、かなり痛いと思って頂いてかまわない。
仕事柄、両腕は酷使しているので、今までも肩こりに悩まされたことはあったけれど、今回のコレはまったく事情が違う。明らかに、肩こりではない何かだ。これは何なのだろう。しばらく考えて、たぶん五十肩だという結論に達した。コロナ禍による休校が3ヶ月続き、連日フライパンを振り続けたあたりから、右肩には違和感があった。いやいや、この10年以上、ずっと体を酷使してきたではないか。おむつだって1万枚ぐらいは替えたんじゃないの? 適当に休めばよかったのに……とは思うけれど、そんなことを考えたってあとの祭りだ。自分の好きなときに気ままに休めるようであれば、育児でそこまで悩むわけがないのだ。
これはそろそろ病院に行かなくては生活がままならないと考えていたとき、ふと、運動をすれば治るのではないかという考えがちらりと脳裏に浮かんだ。運動と言っても、ただ単に運動するのは面倒くさいし退屈なので、そこに何らかの作業的な要素を加えようと思い、庭の掃除をすることにした。草刈りはそもそも好きだけれど、その草刈りだけではなく、庭木の剪定、枝の整理、その他諸々をゆっくりと丁寧にやって、庭を完璧に仕上げようと思ったのだ。その作業によって、庭は大変きれいになり、そのうえ五十肩も治ればそれに越したことはないではないか。完璧な計画だ。
そして結果がどうなったかというと、右肩の状態は悪化した。それも深刻な感じで。今度は首まで痛い。二の腕も痛い。肘から先も痛い。可動域が狭くなったので、家事もやりにくいし、右手でマウスを操作するのがとても大変になってしまった。ドラッグストアで高めのシップを買ってみたりしたものの、完璧に治ったとは言えない。今も、右肩をかばいつつ、家事や仕事をこなしているような状態だ。こんな時に限って仕事は忙しい。夏だから洗濯ものの量が多い。
唯一の救いは、わが家のマッサージ師こと次男の存在だ。次男はなぜか3歳頃からマッサージが趣味で、私が頼むと二つ返事で肩もみをしてくれる。さすがに中学生になってからは料金を請求されるようにはなったものの(10分300円)、力が強いのでとてもよく効く。だてにキャリア10年ではない。先日も私が、痛い、痛いと言いつつ仕事をしていると、お茶を飲みにキッチンまでやってきた次男が、「ちょっとやりましょか?」と声をかけてきた。「先生、頼みます、かなり痛いんです」と答えると、「うむ」と言って、早速肩もみをしてくれた。
次男が面白いのは、こういう時だ。彼は私の肩もみをしながら、学校で起きたことや、最近面白かった動画や、塾の様子などを話してくれる。まるで本物のマッサージ師のようなサービスを提供してくれるのだ(揉み&トーク)。私は、ふむふむと話を聞きながら、次男も成長したなあなんて思う。
「このまえ国語の先生が、14歳という年齢は、子どもでもあり、大人でもあるって言うてはったわ。大事なのは、都合のいい時に子どもになったり、大人になったりしたらアカンってことらしい。14歳は大人のはじまりだと思って、しっかりと自覚せんとダメらしいわ」
「その通りや! 先生、ほんまにいいこと言うなあ~」と感激しつつ、右手でデスクをバンと叩いたら、やっぱり肩は痛かった。そして庭の雑草はあっという間に伸びきってしまった。もしかしたら庭の雑草を刈ってもらうほうが私の肩にとってはいいのかもしれない。少しずつ、息子たちに私の家事を肩代わりしてもらってもいいのかもしれない。人生も折り返し地点を過ぎて、私自身も考え方が変わったなあなんて思う、2020年の厳しい夏である。
-
村井理子
むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』『エデュケーション』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』など。著書に『犬がいるから』『村井さんちの生活』『兄の終い』『全員悪人』『家族』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『いらねえけどありがとう』『義父母の介護』など。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。
この記事をシェアする
ランキング
MAIL MAGAZINE
とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 村井理子
-
むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』『エデュケーション』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』など。著書に『犬がいるから』『村井さんちの生活』『兄の終い』『全員悪人』『家族』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『いらねえけどありがとう』『義父母の介護』など。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。
連載一覧
対談・インタビュー一覧
著者の本
ランキング
ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら