シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
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村井さんちの生活

 わが家の双子(二卵性)は、それぞれの特性に合わせて、別の塾に通っている。普段は同じ曜日にそれぞれクラスがあるのだが、ここのところ一ヶ月ほどは、コロナ禍が原因のスケジュール変更が相次いで、ひとりが塾、もうひとりが在宅というパターンも増えた。先日は、次男だけが夜間の補講に参加し、長男は在宅で、そのうえ、夫も早めに帰宅しているという珍しい日だった。

 珍しいことなので、特別なことでもしなくちゃいけないような気持ちになって、三人で映画を観ることにした。長男は夫の影響を受け、ホラー映画が大好きだ。一緒に映画を観ようよと誘うと、長男はうれしそうに、「いいよ、ホラーにしよう」とすぐに乗り気になった。

 長男は、大人しくて穏やかで、反抗することも滅多にない(ただし、次男とチームを組んで文句を言う時はたまにある)。こちらが話しかければよく聞くし、口数は少ないながらも家族とはよく会話している。とびきり明るく、おしゃべりで、常にお祭り状態の次男に比べれば静かだが、それも長男らしくて、私はそんな長男には、次男とは少し違った気持ちで接している。

 部屋を暗くして、長男お気に入りのホラー映画を一本観終わると、なんとなく、三人で話しはじめた。学校のこと、友達のこと、勉強のこと。長男はこの日、驚くほど饒舌だった。夫がいたことがうれしかったのだろう。三人だけの時間に喜んでくれていることは明らかだった。

 学校にかわいい子はいるのか? という夫の問いに、照れながら、「いるよ」と言ったときには驚いた。そうか、そりゃそうだよな、次男だって連日、告った、告られたと大騒ぎしているのだから、長男にだってそういう気持ちは芽生えているだろう…言わないだけで。長男は、とても楽しそうに夫を相手にしゃべり続けた。私はなかば呆然とその長男の様子を見ていた。長男がここまで楽しそうに話をする様子は、しばらく見たことがなかった。精神的にもこんなに成長していたんだと驚いた。

 夫に対して、もっと強くなりたい、もっと大きくなりたい、もっと友達を作りたいと夢を語る、そんな長男の言葉のむこうに、次男に対する憧れのようなものを私は感じていた。夫もそれは感じたようで、「お前は努力家だから、絶対に強くなれるぞ! それに男前やから、これからモテまくるぞ!」と長男を励ましていた。私は、「心配しなくても大丈夫だよ、あなたは真面目でとても強い人だし、今のままで十分だよ」と言うのが精一杯だった。

 そのうち、次男を塾まで迎えに行く時間になり、私は車で家を出た。

 土砂降りの暗い夜道を車で進みながら、長男の気持ちを考え、辛くなった。生まれたときからずっと一緒で、常に側にいる弟が、自分よりも何もかも得意に思え、体まで大きいのだから、長男が劣等感を抱いても不思議はない。もし長男がそんな気持ちだったとしたら…気の毒で仕方がない。胸が締め付けられるようだ。でも、なんでも長男より得意そうな次男が、長男の粘り強さと勤勉さに憧れを持っていることを、私は知っている。

 塾の前に車を停めて次男を待つと、しばらくして、派手なバックパックを背負った、そろそろ177センチになろうかという次男が悠然とやってきた。ドアを開けるなり「あー、今日も下らないミス、連発や!」と大声で言い、どかっと座った。

 「なんでやろ、気をつけているつもりやけど、ちょっとしたところでミスしてしまう。先生も、最後のこんなところでミスするなんてもったいないって言ってくれたわ。これから気をつけなあかんなぁ。でもな、今日も楽しかったわ!」と、表情に自信をみなぎらせて言った。なんだかきらきらと輝いていた。母親の私でさえ、その強い輝きに圧倒されそうだった。

 私は、車をスタートさせながら「自分の弱点がわかったんだからよかったよね。これからは気をつけようって思うだけでずいぶん違うと思うよ。がんばって」と言いつつ、頭のなかは長男の言葉で一杯になり、ハンドルを握りつつ、堪えきれずに泣いた。

 次男はそんな私に気づかず、すぐにイヤホンを耳にねじ込んで、「それじゃ、俺、音楽聴くし!!」と私に断ると、大音量でKing Gnuを聴き始めた。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥


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