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おかぽん先生青春記

2020年9月23日 おかぽん先生青春記

脳神経の研究者が夜型なのは仕方ない

著者: 岡ノ谷一夫

 1989年春、米国メリーランド大学で博士の学位を取った俺は、日本に帰国し、上智大学でジュウシマツのさえずり研究を始めた。90年秋、筑波にある農林水産省の研究所、「農業研究センター鳥害研究室」(当時)に異動して、農作物を荒らす鳥を音声で追い払う研究に従事しつつ、ジュウシマツのさえずり研究を継続していた。その過程で、前回お話ししたように、小鳥の歌の研究の第一人者であった小西正一先生の指導を受けた。
 上智大学では、生命科学研究所神経行動学研究室に所属していた。神経行動学とは、動物の行動と脳神経系の活動を関係づけようとする学問である。こういう研究をしていると、夜型になる。なぜかというと、脳神経細胞の活動を計測するような研究は、実験が始まるまでが大変で、いったん実験が始まったからには神経細胞の活動が弱まってしまうまではこれを続けなければならない。また、脳標本を作るような研究では、脳切片を切り始めたならば、すべて切り終わるまで続けなければならない。数百枚にわたる脳切片をきれいにスライドガラスに載せるのは、たいへんな時間と集中力が必要だ。
 だから俺たちは、実験を始めるまではだらだらとし、始まったからには集中した。大学に昼過ぎに着くとビッグコミックスピリッツで吉田戦車の「伝染るんです。」などを読む。これを読まないと研究室内のジョークについていけないのであった。そして前の実験の脳切片などを顕微鏡観察しているうちに夕方になり、腹が減り、みんなで近所の中華料理屋「晴華」でチャーハンを食べる。そしてもぞもぞと実験準備を始め、午後8時ころ実験が始まる。そして終電まで実験をした。往々にして終電までには実験は終わらず、始発で帰ることになった。これでどうして、朝型でいられようか。いや、いられまい。
 もちろん、朝早く来て、昼に「晴華」でチャーハンを食べ、午後いちで実験を始めればよいのである。しかしそうは行かないのが大学院生や博士研究員の定めであった。普通の人々がうろうろしている昼間に、集中力の限りを尽くして脳神経細胞の活動を記録するのは無理なのだ。これは、研究の性質によって規定された運命であり、同時に研究する人の性格によっても規定されている運命なのだ。
 だいたい、脳と行動の関係を研究したいという人々は、動物は好きだが動物を観察することが好きなのではなく動物の仕組みを知りたいのである。子供の頃は昆虫採集よりプラモデル作りに、もう少し大きくなると秋葉原に通ってラジオ作りに、大学生になるとそれがコンピューター作りやプログラム作りに代わる。こういう人間は作業中にラジオを聴く。ラジオならば深夜放送のほうが面白い。このように夜型への道まっしぐらだ。
 このように書いている俺は、もちろん夜型人間だ。太陽の光に当たると死んでしまうのではないかと思うほど、昼はダメだ。会社勤めの方は朝ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗り会社に着き、夜はぎゅうぎゅう詰めの電車に乗り家に帰る。俺は始発で余裕で家に帰り、午後2時くらいの時間に余裕で大学に行った。天職だと思った。
 ところが筑波の研究所に異動すると話は変わった。そもそも、8時30分までに出勤して本部棟で押印しないと出勤したと認められないのであった(当時)。そして別棟にある研究所にはアウトドアタイプの人間ばかりが居て、昼食にはちゃんとトマト入りの野菜サラダを食べ、食後には体操しており、そして夕方になるとみんな帰ってしまうのであった。俺は当初、途方に暮れた。最初の一週間ほど、周りに合わせていたが、何にも研究が出来ぬのであった。そこで、少なくとも押印だけはなんとかならないかと、本部棟の出勤簿がいつ準備され、いつしまわれるのかを観察した。出勤簿は庶務係の方が帰宅する前に窓口に出され、朝9時ころ窓口から回収されていた。そして出勤簿が集計されるのは月末なのだ。すると、夜中に当日の夜と翌日の朝の分を押印してしまえば、差し当たりばれないのであった。俺は誓って言うが、一日12時間は勤務していた。だから押印の習慣が少々異なるのは許してもらおう、と自分に言い聞かせていた。
 研究室のボスには俺の研究の「特殊事情」を説明し、なんとか毎日をやり過ごしていた。幸い、研究室は動物飼育施設と併設されており、別棟にあったので、本部の方々からは不審がられることもなかった。とはいえ、研究室の先輩・同僚からは大いに不審がられた。俺の習性も不審がられたが、俺の研究も不審がられた。以下は俺の研究に寄せられた批判の数々である。
 曰く、動物行動と脳神経系の対応を調べたところで何がわかるのか。そんなことより大事なのは、そのような行動が個体の適応にどう役に立ってきたのかである。細かいことで論文を書けば、そりゃ業績もあがる。でもそんな論文を出して、果たして世界が変わるのか。そんなことは「やれば出来る」ことで、君がやる必然性はどこにあるのか。動物にはそれぞれの進化の歴史があり、動物はそれぞれがやるべきことをやっている。動物が通常行わないような行動を条件づけして、それで動物の何がわかるのか。
 このような批判を日々受け、そして朝いないことを日々ちくりちくりとやられ、そして変な時間にカップラーメンを食べており、まだ30歳なのにメタボ症候群であった俺は、早起きで職場に来る前に双眼鏡で鳥を見ているようなまっとうな人間からすれば、まったく理解できないだけでなく、税金を使って研究すべきでない人間に見えたのだろう。上智に居たころは、研究者の典型であった俺は、筑波に来ると異端の研究者なのであった。異端として開き直るべきなのか、異端ながらに歩み寄るべきなのか。そもそも、俺は双眼鏡ではなく顕微鏡で研究をしている。双眼鏡と顕微鏡の間に横たわる河は広くて深い。俺の新たな課題は、これをどう埋めるか、これをどう渡るかであった。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

岡ノ谷一夫

東京大学大学院教授。1959年生まれ。著書に『「つながり」の進化生物学』『さえずり言語起源論』などがある。

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