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ふしぎな中国語――日本語からその謎を解く

汚名は「返上」?

 よく誤用だといわれる日本語に、「汚名挽回」という表現がある。挽回するなら「名誉」なはずで、「汚名」を取り戻してどうするのだ、「汚名返上」というのだ、というのがこの表現を誤用とする人々の説明だ。私は高校入試のときに受験先の過去問で誤用とされていることを知った(じつは誤用ではない、というのが現在の定説らしい)。

 だが、「汚名挽回」式の表現は他にも使われる。中国語ではかつて、“恢复疲劳”論争なる論争が起こったことがある。これだと、構造からすると、「疲労を回復する」になってしまい、「汚名を挽回する」みたいな非論理的表現になってしまう、と言われたのだ。ところが文法的にいうと、中国語では「疲労から回復する」の意味で普通に使うことができる。今回は、「汚名挽回」の名誉を挽回することをめざそう。

恢复疲劳”を「非論理的」と見なす人がいたのは、“恢复”を動詞(V)と考え、“疲劳”を目的語(O)と考えるからである。今回は、このVとOの関係について紹介しよう。

「穴を掘る」の穴はどこに

 英語はSVOで日本語はSOVだなどとよく言われる。

 なぜこの三つが特に取り上げられるかと言えば、文の根幹がこの三つだからである。すなわち、主語、動詞(述語)、目的語である。目的語とは、英語で言えばobject。「対象」と訳してもいいように、典型的には動作の対象が目的語になる。「ご飯を食べる」なら、食べる動作の対象がご飯であるし、「男を殴る」なら、「殴る」動作が「男」を対象に行われている。「汚名挽回」の「汚名」を動作の対象と考えると、確かに非論理的である。

 だがOは、その名称とは異なり、動作の対象を表しているだけではない。日本語では「を」を使って表すが、「穴を掘る」の「穴を」は動作の対象とはいいがたい。なぜなら、掘る前に穴は存在しないのだから。厳密にいうなら「土を掘って穴にする」と言わねばならないだろう。「お湯を沸かす」だってそうだ。もうお湯になっているものにさらに火をかけているわけではない。水を沸かしてお湯にしている。「家を建てる」も同様である。つまり、動作の結果が目的語になっている。英語でもdig a hole, build a houseなどと言えるから、やはり目的語の位置に動作の結果を置けることがわかる。

 では、「空を飛ぶ」「道を歩く」などはどうだろうか。「飛ぶ」「歩く」行為が、空や道に及んでいるわけではない。これは単純に移動の経路を表しているだけだ。英語ではこのような移動の行われる場所は目的語に出来ないので、fly in the sky ,walk on the roadなどのように言う。

 中国語はこのVとOの関係性がより多様である。VOの形式にずいぶんとたくさんの関係を放り込んでいるのである。まず、日本語や英語同様、動作の結果出現するものを目的語にすることができる。“做饭(ご飯を作る)”、“盖房子(家を建てる)”、“包饺子(餃子を作る)”などである(付言すれば、「餃子を作る」は「餃子を包む」と表現する)。

 場所を表す言葉も日本語と同様に目的語になる。“去北京”は「北京に行く」、“飞上海”は「(飛行機で)上海に行く」とできる。この場合、日本語なら「に」、英語なら前置詞のtoを使うものがVOの形で表されている。もちろん、移動の経路も目的語になる。“走路(道を歩く)”、“过马路(大通りを渡る)”、“逛街(街をぶらつく)”などといった表現が可能である。

下车(車を降りる)”、“离开东京(東京を離れる)”は、いずれも起点が目的語になっている。日本語でも「を」を使って表現できるが、「車から降りる」「東京から離れる」ということも可能だ。中国語にはさらに、“下海(海に入る)”という表現もある。“下车”と形はそっくりだが、この場合は起点ではなくて着点が目的語になっているパターンである。

VとOの意味的関係

 さらに「非論理的」なVO構造を見ていこう。

救火”の構造もしばしば話題に上る。直訳すると「火を救う」になりそうだが、火を救ってしまったら放火魔である。実際には“救火”というと、火事を消す、の意味になるから、直訳すると「火から救う」であろう(なお、火事は和製漢語。もともと「ひのこと」と言っていたが、それを漢字で「火事」と書いていたため、いつのまにか音読みするようになってしまった)。

 さらに、例外的な用法としては“吃大碗(大きいお碗で食べる)”、“写仿宋体(明朝体で書く)”、“照镜子(鏡に照らす)”などがある(「明朝体」は中国語だと“仿宋体”、すなわち、宋の時代の書体を模倣したもの、という言い方になる)。“照镜子”も、「鏡」が動作の対象だと考えるなら、鏡を何かに照らしていることになってしまう。実際には「鏡で」照らす、の意味である。これらの用法では、目的語にその動作を行うための道具が来ている。極めて例外的な用法で、通常は“用筷子吃(箸で食べる)”のように、前置詞“”を使う。

 はじめて中国に行ったとき、ホテルで意味が分からないと思ったのが“打扫卫生”である。“打扫(掃)”は「掃除する」の意味、“卫生(衛生)”は「衛生」なので、「衛生を掃除する」になってしまう。辞書を見ても意味が解らなかったのだが、「衛生的にするために掃除する」ということで、単に掃除することを表している。この場合の「衛生」は動作結果と言ってもいいだろう。VとOの意味的関係を分類したものとしては、一般向けでは相原茂『読む中国語文法』(現代書館、2015年)があるが、そこではなんと、十四種類もの関係が挙げられている。

 なぜこんなにもVOの意味的関係が豊富な(もとい、いろいろ詰め込んでいる)のだろうか。

 文において、中核をなすのは述語(動詞)である。中国語は語順が文法的に重要なのであった。中核をなす動詞が真ん中にあるとすると□V□と、その前後に二つのスロットができることになる。いちおう、SVOなどと呼ばれ、Vの前後はそれぞれ「主語」と「目的語」だということになっているが、すでに見たようにOの位置に来る語は、objectでもなんでもないようなものも多い。実を言うと、Vの前に来るものもSと呼んでいいかどうかよくわからないものがある。

 そこで、SとOという用語をいったん括弧に入れて、Vの前の□を一つ目にVと関係する名詞(第一項)、後ろの側の□を二つ目にVと関係する名詞(第二項)としておこう。「第二項」の位置に、中国語はできる限り多くのものを放り込んでいるのである。もっとも、VOの語順にいろいろ放り込むのは中国語の専売特許というわけではなくて、同じくSVO語順を持つタイ語を見ても動詞+名詞の形だけで「食べる+箸 → 箸で食べる」「濡れる+水 → 水に濡れる」「酔う+酒 → 酒に酔う」「寝る+ベッド → ベッドに寝る」など、中国語以上にいろいろ表せると聞いた。

 してみると、そもそも「第二項」をOと呼ぶ方が、非論理的なのかもしれない。もちろん、「動作の対象」を表すことがもっとも多いのであるが、必ずしもそれだけではないのだ。

 このように考えると、「汚名挽回」もあながち非論理的ではないことになる。というか、日本語でも「疲労回復」は「汚名挽回」と同じ構造なのだから、「汚名挽回」がおかしいなら「疲労回復」だっておかしいのに、日本ではこちらがやり玉にあがるのは見たことがない。「汚名」が可哀そうである(余談だが、先日視聴していた1985年のドラマ、Zガンダムでは「汚名挽回」が普通に使われていた。「汚名挽回」を誤用だとする論調が出てきたのは意外と最近なのかもしれない)

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
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「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

橋本陽介

1982年埼玉県生まれ。お茶の水女子大学基幹研究院助教。慶應義塾志木高等学校卒業、慶應義塾大学大学院文学研究科中国文学専攻博士課程単位取得。博士(文学)。専門は中国語を中心とした文体論、テクスト言語学。著書に、『日本語の謎を解く―最新言語学Q&A―』(新潮選書)、『中国語実況講義』(東方書店)、『「文」とは何か 愉しい日本語文法のはなし』(光文社新書)、『中国語における「流水文」の研究 「一つの文」とは何か』(東方書店)など。


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