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編集部の手帖

 特集の対談が行なわれたとき、話題に出た山梨県笛吹市の御坂山地を近いうちに歩こう、と話はまとまりました。山に登る人は往々にして体験談がうまく、聞いているとぜひ行かなくては、という気にさせられます。発案者は湯川さん、場所を決めて「オトナの遠足」と命名したのは池内さんですが、まさしく遠足気分。めざす石和温泉がJR中央本線の「特急かいじ」で一本、しかも三鷹が停車駅とあって、ともに東京の西部にお住まいのお二人に都合がよく、一同うきうきとその日を待ちました。多少の雨でも決行、と決めたのは誰だったか。
 当日は、朝から小雨。写真部のSさんに、すこし大型の車を手配してもらい、それに乗って石和の町を抜け、笛吹川を渡って、御坂山地に向かいます。池内さんの描いてくださった略図によれば右手に南アルプスが望めるはずですが、もやがかかってなにも見通せません。気のせいか雨あしが強くなってくるなか、大黒坂到着。お天気がよければ歩き出すはずのポイントですが、まずは中腹の聖応寺までそのまま行くことにしました。


 聖応寺の立派な山門の下に陣取って、お二人の山歩きの撮影をしました。湯川さんは特急の車内から変わらぬスタイル、池内さんはヤッケを一枚はおっただけ。雨降りのなか、長い参道を何度も何度も往復してくださいました。十一月の上旬とはいえ、山の中ですから、冷たかったにちがいありません。
 大黒坂の上のほうまで行っても視界がまったく開けないので、山の眺望の撮影はあきらめて「楢山節考の碑」を訪ねることにしました。途中、公道が通行止めで、民家に尋ねながら林道をいくと、山の中なのに釣堀のある、ちょっとふしぎな場所に碑を見つけました。
 そして、小黒坂にある「山廬」へ。ここは俳人・飯田蛇笏と飯田龍太のかつての住居で、いまはご子息の秀實さんがお住まいなので公開されていないのですが、池内さんがお知り合いというご縁で、押しかけたという次第。
 坂の途中から、ものすごく本格的な構えの日本建築と庭園が見えてきました。「山廬は『山のささやかな庵』、という意味なんだよね。あれでささやかな庵なら、僕んちなんてマッチ箱だ」と池内さん。上品なご当主と、驚くほど若くて美しい夫人が迎えてくださいました。
 今日の仕事はあとひとつ、「山でおむすびをほおばる」写真撮影が残っています。雨はいっこうに止む気配もなく、山廬の軒先をお借りして、写真を撮らせていただきました。ほんとうは、香り高い茸の入った熱いお味噌汁のお椀が出てきたのですが、カメラからは隠しています。
 そのあと、邸の裏手にあるお庭を案内していただきました。池に満々と水をたたえ、川が流れ、橋をわたった向こうに裏山を抱き、そこを上がると晴れた日には南アルプスを一望できる眺望台。裏庭と呼ぶにはあまりに広大な地所でした。
 さて、お宅にお邪魔し、由緒ある屋敷の奥に通されて、飯田蛇笏、飯田龍太の書や軸を拝見。ご当主と湯川さん、池内さんは飯田父子の主宰した「雲母」に集まった俳人たちや、親交篤かった井伏鱒二の思い出などに花を咲かせるうち、座敷にお膳がしつらえられました。土地で生った里芋や茄子などをふんだんに使ったご馳走、甲府の個人醸造家のワインなどがどんどん出てきます。
 私はふと、民話の「おむすびころりん」を思い出していました。転がったおむすびを追いかけるうち、謎の「ねずみ御殿」に行き着いてたいへんな饗応を受け、お土産までもらう、というあの話です。人里はなれた場所で夢のようなもてなしを受けるというこの種の昔話には、「舌切りすずめ」とか「こぶとりじいさん」とかいろいろなバリエーションがありますが、善人のおじいさんはおおむね無事に帰還し、手痛いしっぺ返しを食らうのは真似をした欲張り者だったはず。湯川さんと池内さんのお二人は無心だから大丈夫だ、と心中すこしドキドキしながら、おもてなしにあずかっていました。
 すっかり身も心も温まり、二時間ほどして辞去しました。石和温泉駅で特急の時刻を調べていたら、飯田さんご夫妻があらわれました。香茸の陰干しを、わざわざ届けてくださったのです。湯川さんがお味噌汁の椀に入っていた珍しい茸を褒めたのを耳にとめて、「お土産にと準備していたのに、急いで出発されたので渡しそびれました」とのこと。
 雨中の遠足だったから、よけいに、心にのこる山家のもてなしでした。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

考える人編集部
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2002年7月創刊。“シンプルな暮らし、自分の頭で考える力”をモットーに、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。


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