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2018年6月27日 短篇小説を読む

[訳者まえがき]レベッカ・マカーイ「赤を背景とした恋人たち」

著者: 藤井光

 現代アメリカ文学を見渡してみれば、短篇の名手といわれる作家は多くいます。スティーヴン・ミルハウザーやブライアン・エヴンソン、ケリー・リンクやアンソニー・ドーアなど、どんな作風や分野が好みの読者であってもお気に入りの短篇作家を見つけるのに困ることはないと言っていいでしょう。
 そうした錚々たる名前に並ぶであろう新人作家が、レベッカ・マカーイです。とはいえ、今回刊行となる短篇集『戦時の音楽』が初めてのまとまった紹介となる作家でもありますので、マカーイの生い立ちや作風を以下にご紹介したいと思います。
 レベッカ・マカーイは1978年に、言語学者の両親のもとに生まれたハンガリー系のアメリカ人作家です。父親のアダム・マカーイは、1956年のハンガリー動乱の際にアメリカ合衆国に逃れてきたという経歴の持ち主でもあります。そうした経緯から、シカゴ郊外に居を構えるマカーイ一家のもとには、アメリカに亡命してくるハンガリー人がしばしば身を寄せていたということです。そのことを指して、「うちの地下室は難民キャンプだった」と、レベッカ・マカーイは僕に語ったことがあります。
 さらに父方の家族史を遡れば、ハンガリーでは有名な舞台俳優で作家でもあった祖母と、政治家として第二次世界大戦を生きた祖父の奇妙な関係があらわになるなど、マカーイ一家には、芸術や学問と同時に、激動するヨーロッパの現代史が影を落としています。
 こうした背景もあって、家族の過去と戦争との関わりという主題が、マカーイの作品にはしばしば登場します。過去と現在が交錯するなかで、歴史の暗い影と向き合うことを余儀なくされ、ときには自分を見失ってしまう人々の姿が、さまざまな形で描かれていきます(その極致といえるのが、『戦時の音楽』に収められた「ブリーフケース」でしょう)。
 ただし、多くの作品でのマカーイの筆致は、あくまで理知的です。対象となるのが虚構の登場人物であっても、あるいは自分の家族史であっても、あくまで冷静な距離を保ちながら描写していく手つきは、鋭いメスによって患部に探りを入れる外科医のようですらあります。
 その一方で、マカーイの作品は、もうひとつの顔を覗かせることがあります。それは、どこか憎めない欠点を抱えた人々への、愛のこもった視線です。命の危険が迫るような状況であっても芸術にのめり込んでいく人々を描き出すとき、マカーイの筆致は、喪失感や苦しみを滲ませることもあれば、優しいユーモアを感じさせるときもあります。
 今回ご紹介する「赤を背景とした恋人たち」では、戦争と芸術という主題を背景としながらも、マカーイのユーモア精神がもっともよく発揮されていて、おおらかな語りを存分に味わうことができます。
 物語が幕を開けた時点で、かなり奇妙な出来事がもう進行中です。舞台は現代のニューヨーク、高層アパートメントに住む三十代の女性主人公は、最近になって、夫と別居することになったばかり。しばしのひとり暮らしかと思いきや、なぜかそこに、J・S・バッハ、「大バッハ」が時空を超えて転がり込んできたのです。
 18世紀からの珍客は、ドイツ語しか話せませんが、もちろんピアノの腕前は抜群です。外に出たいそぶりもなく、部屋でCDプレーヤーをいじっては後代の作曲家を学んでいくバッハ。はたして楽聖はどんな好みを見せてくれるのか、それだけでも興味は尽きません。そこに、主人公の女性が抱えた個人的な悩みと、21世紀のニューヨークをめぐる情勢が絡んでくることになります。はたして、このふたりの共同生活は、いったいどんな展開を迎えるのでしょうか。

藤井光

 

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

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