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AI時代を生き延びる、たったひとつの冴えたやり方

 第四次産業革命は、すでに起きている情報革命の進化形と考えることができる。コンピュータができました、インターネットができました、Wi-Fiが普及しました、誰もがパソコンとスマホを持っています…その先に待っているのが、AI、ロボット、IoT社会というわけだ。

 当然のことながら、今後、情報・ロボット関連産業は隆盛をきわめるだろう。となると、将来、安泰な進路は、情報・ロボット関連「会社」に勤める、ということになるのだろうか? 今回は、その常識を体感的に考えてみたい。

会社ってェ奴は1

 会社考察のまくらとして、プログラマー稼業の書き忘れたエピソードから。

 私の場合は一匹狼で、B to B(ビジネス・トゥー・ビジネス)でプログラムを書いていた。つまり、5千円のパッケージのソフトを何万本も売る、というB to C(ビジネス・トゥー・コンシューマー)ではなく、特定の会社のための請負というか受注生産のような形態だった。

 大学院で素粒子論と宇宙論を専攻していたこともあり、独自の数学モデルを使って広告出稿最適化プログラムを書いていたから、本来なら、さほど競合は気にする必要がないはずだった。だが、それでも、ありえないような競合はあった。

 ありえない競合その1。あるとき、取り引き開始直前の某広告代理店の担当者から、次のような相談があった。

「竹内さん、ちょっと困ったことになりました。実は、ウチのクライアント筋の某電機メーカーの子会社から、広告出稿最適化プログラムを1円で受注したいという申し出がありまして…」

「い、1円?」

「はい、当社としましても、コスト削減の必要に迫られておりまして、上長からは、竹内様からの逆提案がない限り、某電機メーカーに仕事を出すよう指示を受けまして…」

「1円を下回る価格って存在するんですか?」

…」

 無茶振りである。数千万円のプログラムが数千万円である必要はないが、それでも「相場」はある。プログラムのほとんどはインターフェイスに費やされるのだが、全体で何万行にもなるわけで、3ヶ月から半年の開発期間だけでなく、バグ取りを含めた試用期間、細かい顧客リクエストの反映などで、完成までにはさらに半年かかる。大きなソフトウェア会社だったら、(当時は)5千万円から7千万円が相場だった。つまり、私は「格安」で広告代理店にプログラムを卸していたのだ。なのに1円とはこれいかに。

 担当者からの断片的な情報を総合すると、次のような事情があったようだ。某電機メーカーの子会社は、広告出稿最適化プログラムを売ること自体が目的ではなく、広告代理店のコンピュータシステムの包括受注を目指していた。そうなると、ハードウェアを含めて、何十億円という規模の案件なので、まずは「手土産」として、広告出稿最適化プログラムをタダ同然で作り、競合他社を排除しようとした。その競合他社は竹内薫という個人だったわけだが(笑)。

 産地直送で軽トラックに野菜を積んで「竹内個人商店」が団地にやってくる。無農薬なので、虫食いもあり、見栄えは悪いが、なにやら独自のノウハウがあり、めちゃめちゃ美味しい。団地に隣接する大手スーパーは、危機感を募らせ、竹内個人商店を排除するために「野菜全品1円セール」を敢行する。竹内個人商店は、さすがに1円未満で野菜を売ることは不可能なので、泣く泣くこの団地で野菜を売ることを諦めましたとさ。

 ま、そんな感じで、某電機メーカーの子会社は、某広告代理店の仕事を受注し、竹内個人商店は撤退を余儀なくされた。

 公正取引委員会が聞いたら、思わずのけぞるような案件だが、すでに時効であるし、広告業界ではありきたりの話だと思うので、実体験を綴ってみた。


 ありえない競合その2。某大手広告代理店から突然連絡があり、私の広告出稿最適化プログラムを買いたいという。

「最近、クライアントから『もっと科学的にターゲット層に効率よく広告を出稿する方法はないのか?』という問い合わせを多く頂戴しております。竹内様の御著書『パソコンによる広告管理』を拝読しまして、社内会議で、弊社も導入するしかないということになりました。一度、プログラムを拝見した上で、購入させていただきたく存じます」

「(いきなり購入とは、さすが大手広告代理店。カネ持ってやがんなぁ)ありがとうございます! 守秘義務があるので、すでに取り引きのある競合他社さんのインターフェイス情報はお見せできませんが、カスタマイズ前の標準インターフェイスとエンジン部分のご説明なら可能です」

「では、御自宅までお伺いしますので、よろしくお願いいたします」

 スケジュール調整をして、当時住んでいた鎌倉の自宅で待ち構えていると、担当者が訪れた。だが、私はその人数に仰天した。それまでの中堅広告代理店の場合、担当者は2名が普通で、多くても3名だったのに、この大手広告代理店は総勢10名近くで大挙して我が家を訪れた。慌ててスリッパをたくさん出して、馬蹄形に並んだ訪問者の真ん中でMacの画面を立ち上げたはいいが、質問の数も半端じゃない。詳しいスペックやプログラム処理まで突っ込んで、根掘り葉掘り訊ねてきた。だが、購入しますと宣言しているお客さんだし、なにしろ、業界大手の有名広告代理店でもあるし、できるだけ丁寧に説明するよう心がけた。

 帰り際、視察団の「団長」は、

「いや、聞きしに勝るすばらしいプログラムですね! 早速、社の稟議を通して、導入させていただきます?」

と言い残し、満面の笑みで帰って行ったが、それきり団長とは音信不通になった(笑)。

 これは、ようするに、買う買う詐欺であり、自社のプログラマーたちに「営業担当」という肩書きの名刺を持たせ、堂々と大勢で産業スパイにやってきたのである。どのような視聴率データを使い、誤差何パーセントで予測できるのかなど、彼らは詳細なスペックをメモして持ち帰った。さすがに計算式の心臓部はわからなかったはずだが、似たような結果を弾き出すプログラムを大勢で頑張って書いたのでしょうな。やれやれ。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

竹内薫

たけうちかおる サイエンス作家。1960年、東京生まれ。東京大学教養学部、同理学部を卒業、カナダ・マギル大で物理を専攻、理学博士に。『99・9%は仮説』『文系のための理数センス養成講座』『わが子をAIの奴隷にしないために』など著書多数。

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