「おかぽん先生青春記」一覧
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- 思い出すこと
- エッセイ
「パンダ」という名の喫茶店
僕が入学したのは1979年だった。大学に入り早々に酒の洗礼に会い、またギター部の美しい先輩方と土曜の練習のあと珈琲タイムがあり、僕の青春はようやく青春らしくなって……
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- 思い出すこと
- エッセイ
酒・珈琲・女学生、時々ギター
ようやく大学に入り、念願の動物心理学を学ぼうと思っていた俺だが、人生にはもっといろいろ楽しそうなことがあるのであった。桜の花びらが散る中、俺はクラシカルギター……
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- 思い出すこと
- エッセイ
親父とギターと発情と
慶應義塾大学の教養課程は、日吉(神奈川県)にある。東横線は、今では地下に潜ってしまったが、俺が大学生だったころは、渋谷の地上にあった。俺は恵比寿から中目黒まで……
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- 思い出すこと
- まなぶ
- エッセイ
大学入学前後のこと
僕が浪人中に祖母が死んだ。心筋梗塞であった。すると父は、「人間いつ死ぬかわからない。好きなことやれ」と言ってくれた。これにより僕は祖母を亡くしたが未来を得た。……
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- 思い出すこと
- こころ
- ことば
- エッセイ
青春と読書 2
やれやれ、前回は眠いのを押して無理矢理エッセイを書いたら「青春と読書」のつもりが「青春と涜書」になってしまったよ。でもむしろそのくらいのほうが人気が出るようで……
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- ことば
- 思い出すこと
- エッセイ
青春と読書
諸君、本稿は3月中に書かれるべきものであった。学期末・学期はじめの大量の雑用もとい、大学運営の仕事と、3月28日から4月9日までの英国・欧州出張により、執筆する時間……
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- からだ
- 思い出すこと
- エッセイ
聖バレンタイン記念日
この年齢(57歳)になると、聖バレンタイン記念日と言っても、営業上の義理チョコが来るのが関の山である。ところが驚いたことに、僕の幼い子どもたちは、すでに聖バレン……
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- からだ
- 思い出すこと
- エッセイ
「モテ期」の浪費
前回は「童貞を捨てる旅」と題して結果的には「童貞を捨てない旅」について長々と書き連ねてしまった。ではいつ童貞を捨てたのかと言うと大学2年である。詳細はまたいず……
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- 思い出すこと
- エッセイ
童貞を捨てる旅
私のいた高校は男子校である。私の在学した1975-78年にかけて、男子校には保健室と購買部以外女性は全くいなかった。人生でいちばん発情しているときに女性から隔離され……
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- 思い出すこと
- こころ
- まなぶ
- エッセイ
浪人という青春 その2
浪人とは希望に満ちた存在である。なぜなら彼はまだ何者にもなっていないのだから。という箴言くらい誰か言っていそうなものだが、誰も言っていないようである。昭和52年……
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- 思い出すこと
- くらし
- こころ
- エッセイ
浪人という青春 その1
前回はつい調子に乗って書いてるうちに、自分が浪人していたことを忘れてしまっていたよ。高校からすぐ大学に入ったように書いたけど、実は一浪したんだ。浪人っていうと……
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- 思い出すこと
- まなぶ
- エッセイ
オリンピックが不快だ その2
前回はオリンピックで始まったのに、なぜかバレンタインデーで終わってしまった。まあいいか。オリンピックも終わったし。バレンタインデーが夏だったらチョコが溶けてた……
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- 思い出すこと
- くらし
- 世の中のうごき
- エッセイ
オリンピックが不快だ その1
世界はオリンピックで浮かれているようだが、俺は不快だ。この暑いのに。そもそも、自分が出場するならまだしも、百歩譲って自分の知人・親族ならまだしも、日本人という……
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- 思い出すこと
- まなぶ
- エッセイ
懐かしの先生たち 2
私、岡ノ谷一夫、生まれも育ちも北関東、栃木県足利市です。はい、皇室に背いた逆賊の土地で御座います。幼い頃、昭和40年代は、家の前の大きな公道も砂利道で、馬がかぽ……
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- 思い出すこと
- くらし
- こころ
- エッセイ
懐かしの先生たち 1
僕には、「学校の先生」に限定しても、忘れられない先生が何人もいる。忘れられないだけの経験をさせてくれたということだから、幸せなことだ。そのうち何人かの先生たち……
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- 思い出すこと
- くらし
- こころ
- エッセイ
なぜ私は「おかぽん先生」なのか
義務教育期間中は、あだ名というものは、人気者にはおおっぴらにつき、嫌われ者には陰口としてつき、中間層には特にはつかぬものである。中間層につくあだ名は、あだ名と……
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- 思い出すこと
- くらし
- こころ
- エッセイ
青春とはいつからいつまでなのか
「青春記を書くことになった」と妻に伝えると、「あなたは晩婚だから、ずいぶんと書くことがあるでしょうね」と言われた。晩婚の相手は当の本人なわけだが、彼女は普通の年……
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MAIL MAGAZINE
とは
はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。
目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。
当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。
まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。
あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。
創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。
読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。
「考える人」編集長
松本太郎

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「考える人」から生まれた本





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