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千葉雅也×保坂和志「響きあう小説」 『デッドライン』刊行記念トークイベント

2020年3月12日

千葉雅也×保坂和志「響きあう小説」 『デッドライン』刊行記念トークイベント

第3回 「支配しなければいけない」という考えとの戦い

著者: 千葉雅也 保坂和志

第41回野間文芸新人賞を受賞した、哲学者・千葉雅也さんの初めての小説『デッドライン』。この小説への授賞を強く推薦した選考委員が小説家・保坂和志さんでした。保坂さんの『書きあぐねている人のための小説入門』を『デッドライン』の執筆の参考にしたという千葉さん。書き手の計算を超えて細部が有機的に響きあう小説とはどんなものなのか、語り合いました(2019年12月16日、「文喫六本木」にて)。

前回はこちら)

保坂 『デッドライン』そのものに戻ると、登場人物がめちゃくちゃ多いのはいいことだと思います。「純平」のようにちょくちょく出てくる人もいるし、出てきてもその後がわからない人もいる。でも、書きっぱなしは書きっぱなしでいいんだよね。登場人物全員が書きっぱなしだと困るかもしれないけど(笑)。
 小説って、登場人物が多いほうがいいんですよ。よくありがちなのが、ふたりの人物が密室にいるような小説だけど、それだとどうしても関係が煮詰まるでしょう。人数が多ければ、煮詰まることもない。
 そしてひとりひとりの人間は記号ではなく、何かそれなりのものを小説という場に持ち込んでくるので、そのぶんだけ書く人の事前の予定の外に出ちゃうんだよね。それがいいじゃん(笑)。

千葉 回収されなくてもいい、と。

保坂 うん、けっこうそんなものなんだよ。

千葉 そんなものなんですか(笑)。

保坂 あと気になるのは、小説も終盤の142ページに、おそらく初めて「口づけ」という言葉が出てくるんですよ。これは大事なことだと思う。ここに「口づけ」と書くから、それまでに「口づけ」がなかったことが発見されるんだよね。

千葉 なるほど。ここまでに出てくる性描写は即物的なフェラチオなどですが、たしかに恋愛感情が入った「口づけ」が書き込まれていますね。これは設計しているわけではなくて、かなり無意識ではあります。

保坂 似たような無意識的な記述で気がついたのは、103ページで「粒子」という言葉が出たときに気がついたんだけど、「知子」という重要な登場人物がいて、「僕」が所属するゼミで教えている「徳永先生」が説くのは『荘子』じゃない?

千葉 「●子」がたくさん出てくるということですか?

保坂 そう、「店子(みせこ)」とか。だから「知子」に作者の意識が強く向いていたからそもそも「知子」と名付けたんじゃないかって。だって知美だってよかったわけでしょう?

千葉 いやいや、それこそ本当に無意識ですけれども……(笑)。でも面白いのは実際、書いていくうちにテクスト自体が無意識を持ち始めるな、と思ったことですね。フィクションの無意識をつくりだす、ということ。
 もちろん構造的に仕組んでいる個所もいろいろとあるわけですが、すごく意外なところで、たとえば実は「口づけ」という表現がずっと抑圧されていたというようなことが、作品の無意識として仮定できてしまう。

保坂 口づけやキスって、恥ずかしくて、けっこう書きにくいよね。挿入だと、おしっこと親戚だから、そんなにロマンティックにいかずにすむじゃない。

千葉 そうですね。口づけは何の親戚なんでしょうね、言語なのかな。
 あ、『デッドライン』の中では「食べる」ことにまつわる表現がたくさん出てきますね。「食べる」ことと口唇的なものに関係はあるかもしれないし、性行為もある種、「食べる」感じがある。「食べる」ことにまつわる言葉とのぶつかり合いは、あちこちにありますね。

保坂 大学院生にしてはずいぶん、食べることに対する関心が強いなあと思ったね。20代の僕はそんなに、何を食ったということに関心がなかったから。鍋を食ったとか、夏に冷ややっこを食った、というような記憶しかない。

千葉 そうですか(笑)。まあそれは、僕が食べることが好きだからでしょうね。あのとき、あの食べ物はどんな温度だったとか、どういう匂いだったかというような記憶が、すごくいっぱいあるんですよ。本当に、溢れるくらい。そういう感覚が、自分のベースにある。
 『アメリカ紀行』にも食にまつわる表現がたくさん出てきますし、今回の『デッドライン』にも、味覚を使って他のことをメタフォリックに書くということは、ひとつの軸としてありますね。プロローグのハッテン場のシーンにも、「無数の男たちの体臭が染み付いている。醤油の臭いだ」と書いています。

保坂 『デッドライン』の同性愛者の主人公も、感覚が鋭いなあと思います。これを読みながら僕は、「自分は感覚に対して、いい加減だったな」と思いました。自分が抱く感覚を大事にしてやってこなかったな、と。

千葉 このテーマをセクシュアリティとどれだけ結びつけるべきかわからないのですが、やはり同性愛というものは、自分自身に戻ってくるんです。『デッドライン』にも、「男を愛する男の眼差しはカーブし、その軌道で他の男を捕らえ、自分自身に戻ってくるのだ」と書いてありますが、自分の身体に起こる出来事に対して敏感である、というところはあると思うんですよね。
 そして大雑把な話ではありますが、それは自分の身体の具合をどうマネジメントするかという点で、女性と共通しているところはけっこうある気がします。男性は自分の体に対してガサツというか、最近の言葉でいうとセルフネグレクトしてしまいがちじゃないですか。

保坂 女性も自分の身体に対して敏感で、同性愛の男性も敏感だとすると、ノンケの男だけがすごくズボラなわけだよ(笑)。

千葉 まあそう思うところはあります(笑)。そのズボラさの共同性からゲイは疎外されているところがある。

保坂 僕の女房からよく聞くのが、彼女の親戚の男たちが、冬に手がものすごくひび割れて、血が滲んでいるんだと。僕はそこまでではないけれど、手のあかぎれが平気である男たちというのは、ある意味でまったく別のところでも、自分が置き去りにされているはずなんだよね。

千葉 アカデミックの世界でヘテロの男性が「男には身体がない」と断言するのを聞いたことがありますが、自分の身体がないぶん、その在り処を女性に求めるわけですよね。
 空っぽで、目だけある――眼差ししかない男と、眼差される肉体としての女性という関係。そうした典型的関係で展開される、男から女へ向かう欲望を描く文学というものはたくさんあると思いますが、僕はそういうのが嫌で嫌で、ことごとく読めないわけですよ。

保坂 「徳永先生」は、自己と他者が別々のまま、互いに相手に「なる」ということを説きますよね。そして「僕」も、「僕は女性になることをすでに遂げている気がする。物理的にメスになるのではなく、潜在的なプロセスとしての女性になること」と語る。
 『デッドライン』という作品の書き方自体が――つまり小説として、そういう意味では女になっていると思うんだよね。

千葉 なるほど、小説として……。それは何というか、「全体的な支配をしない」ということかもしれませんね。

保坂 小説を書くときに、コントロールし、支配しなければいけないという考えに対する戦いは、1980年代から90年代を経て、今までずっと続いていると感じます。それが日本の現代小説の、流れの中心じゃないか、と思うんだよね。

デッドライン

千葉 雅也/著
2019/11/27

(おわり)

(対談構成・宮田文久)

千葉雅也

ちば・まさや 1978年栃木県生まれ。東京大学教養学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。博士(学術)。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。著書に『動きすぎてはいけない――ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』『勉強の哲学――来たるべきバカのために』『意味がない無意味』『アメリカ紀行』など。『デッドライン』が初の小説作品となる。

保坂和志

保坂和志

ほさか・かずし 1956年、山梨県生まれ。鎌倉で育つ。早稲田大学政経学部卒業。1990年『プレーンソング』でデビュー。1993年『草の上の朝食』で野間文芸新人賞、1995年『この人の(いき)』で芥川賞、1997年『季節の記憶』で平林たい子文学賞、谷崎潤一郎賞、2013年『未明の闘争』で野間文芸賞、2018年、『ハレルヤ』所収の「こことよそ」で川端康成文学賞を受賞。その他の著作に『カンバセイション・ピース』『小説の自由』『あさつゆ通信』『猫の散歩道』ほか。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

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著者プロフィール

千葉雅也

ちば・まさや 1978年栃木県生まれ。東京大学教養学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。博士(学術)。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。著書に『動きすぎてはいけない――ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』『勉強の哲学――来たるべきバカのために』『意味がない無意味』『アメリカ紀行』など。『デッドライン』が初の小説作品となる。

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保坂和志
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ほさか・かずし 1956年、山梨県生まれ。鎌倉で育つ。早稲田大学政経学部卒業。1990年『プレーンソング』でデビュー。1993年『草の上の朝食』で野間文芸新人賞、1995年『この人の(いき)』で芥川賞、1997年『季節の記憶』で平林たい子文学賞、谷崎潤一郎賞、2013年『未明の闘争』で野間文芸賞、2018年、『ハレルヤ』所収の「こことよそ」で川端康成文学賞を受賞。その他の著作に『カンバセイション・ピース』『小説の自由』『あさつゆ通信』『猫の散歩道』ほか。

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