2020年3月17日
第1回 突然届いたアイオワ大学からのメール
「本のまち」を掲げる青森県八戸市にある、市が運営するという全国でも例のない書店・八戸ブックセンター。本に関するさまざまな展示を行う併設ギャラリーでは、「柴崎友香×滝口悠生 アイオワ/八戸 ~作家が滞在するということ~」が開催されていました(3月8日で終了)。柴崎さんと滝口さんがそれぞれ2016年と2018年に参加した、アイオワ大学が主催するIWP(International Writing Program)をテーマに、展示を通じて八戸での作家のレジデンスプログラムの可能性を探るという興味深い試みです。2月1日に柴崎さんと滝口さんをゲストに迎えて行われたトークイベントの模様をお届けします(司会は八戸ブックセンターディレクターの内沼晋太郎氏)。
――今日は、一昨日から八戸にお越しいただいている作家の柴崎友香さんと滝口悠生さんを迎えて、アメリカのアイオワ大学が主催するIWPという、世界中からアイオワに集まった作家や詩人たちが3カ月近く一緒に滞在するレジデンスプログラムについてのお話をうかがいます。
実は八戸ブックセンターをつくるときの事業計画書の中に、「作家の方に八戸に来て滞在していただく」という企画が、将来やりたいことの項目の一つとしてありました。当時はどういう形で実現できるのか具体的には考えていなかったのですが、そのあと柴崎さんがIWPに参加されたときのことをもとに『公園へ行かないか? 火曜日に』(新潮社)という短編小説集を書かれたり、滝口さんの「アイオワ日記」連載が文芸誌の「新潮」で始まったりしたんですね。
それらを読みながら、おふたりにIWPについていろいろお話をうかがうと、八戸でどんなレジデンスプログラムができるかを考えるヒントになるんじゃないかと思いまして、今回の展示を企画し、トークイベントも開催することになりました。まずはそれぞれがIWPにどういう経緯で行くことになったのか、そして行ってみてどうだったのか、といった話を簡単にうかがえればと思います。
柴崎 実はどういう経緯で行くことになったかはよくわからないんですね(笑)。ただ、IWPのことは2009年に参加された中島京子さんから聞いて知っていました。中島さんが、アイオワで一緒だった香港の作家トン・カイチュン(董啓章)さんの小説を自ら翻訳しているんですけど、私はその『地図集』(河出書房新社/藤井省三との共訳)という小説がすごく好きで、トンさんが来日したときにイベントに行って、中島さんからIWPのお話をうかがいました。そんな楽しそうなプログラムがあるのか!と思いつつ、英語もできないし留学の経験もまったくない自分が行くことないだろうなと思っていたんですが、なぜか2016年に、「こういうプログラムがあるんですが、興味ありますか?」と出版社を経由してメールで打診をいただきまして。
滝口 経緯は僕もよくわからなくて、謎ですよね(笑)。毎年日本人が参加してるというわけでもなく、参加国も人数もその年によって違う。どうやって人選して、それぞれが参加しているのかわからなかったんですが、アイオワに行って聞くと、作家自身が自分の国に申請をして国の援助をもらって参加してるライターもいたし、集まったライターによって背景や事情は様々なんです。僕や柴崎さんみたいにある日突然メールが来る場合もある。
柴崎 誰かが推薦してくれたみたいなんですけどね。今は、私や滝口さんの本にも出てくるアイオワ大学のケンダルさんが日本の作家を呼べるように尽力してくださってます。とにかく行く直前まで誰が来るかもわからないし、基本的にプログラムの中では英語だし、週末に次の週のスケジュールが配られるので、行ってみてからも全体像がよく見えないまま3カ月を過ごしました。でも私にとっては、日本国内も含めて自宅とは違う場所に長い間滞在するということが初めてだったので、何もかもが面白い経験でした。私が行った2016年は34カ国から37人が参加していたんですが、それまで名前しか知らなかった国からの作家がいたり、今までと全然違うコミュニケーションの体験があったりして、とても貴重な時間でした。
滝口 英語が母語の人は少ないので、みんな差はあれど第二外国語としての英語を使って、不自由さを感じながらコミュニケーションしていくんです。最初の頃に思ったのは、この感覚は、小学校のクラス替えとか、入学して誰も知らない集団の中にいるときの環境に似てるなということ。プログラム中にはアメリカ国内への短い旅行もあって、それは修学旅行みたいでした。そういうなかで、だんだんと誰と誰が仲いいとか気が合うとか少しずつ関係性ができ上がっていく感覚がすごく懐かしかった。あとは自分が全然英語ができなくて不自由だったので、人に助けてもらう局面がすごく多くて、人に頼らないと何もできないという状態に身を置いたということも貴重な経験でした。
さまざまな国籍、肩書き、年齢
――アイオワに集まった方たちは、どんなタイプの書き手がいたのでしょうか?
柴崎 日本で作家や文学というと小説のイメージが強いんですけど、外国だとまず文学というと詩なんですよね。詩や演劇のほうが長い歴史があって、逆に近代小説の歴史はそれほど長くないんです。実際、アイオワのプログラムに参加している、大きく「クリエイティヴ・ライター」と呼ばれる創作表現をする書き手には、詩人、劇作家、小説家が入り混じっています。その中で小説家にもいろんなタイプがいて、歴史的な事件を題材に書く人もいれば、私が仲の良かったイスラエルの女性は中高生向けのいわゆるヤングアダルト作品を書いている作家でしたし、映画やテレビドラマのシナリオを書いている人も3人いました。
滝口 国によっても「ライター」のおかれた状況や事情がいろいろ違うから、専業でやっている人もいるし、新聞の記事を書いたり、ジャーナリストをやったりしながら小説や詩を書いている人もいました。あと日本と違うなと思ったのは、外国の参加者のプロフィールを見ると、「ジャーナリスト、エッセイスト、詩人」というふうに肩書きがいっぱい並んでいる人がたくさんいたことです。
柴崎 いくつかのジャンルにまたがって活動してる人は多いですね。私の年は、「ヒューマンライツ・アクティビスト」、人権活動家の小説家もいました。
滝口 だから、アイオワでは全員「ライター(Writer)」と呼ばれていたんですけど、それを日本語にするときに、「作家」というのが適当なのかどうかはちょっと微妙かもしれないですね。
――例えば八戸で最初は日本の「ライター」に限定して実施するとしたら、小説家以外で呼ぶと面白そうな人は思いつきますか?
柴崎 やっぱり詩人は絶対ですね。そして詩人には朗読をやってほしいです。詩人の声とか言葉って小説とはまた違うパワーがあるものだと思うので、普段聞き慣れている日本語が全然違って聞こえたりしますから。それから、俳句と短歌の人がいるといいと思います。もともと短歌や俳句には、どこかに出かけて詩歌を詠むという伝統があるので、場所と結びついている文学だと思うし、日本ならではの面白さがあるかなと。
滝口 批評とか評論の人もいたらいいですよね。アイオワでは、普段あんなに集まることのないというくらい違うジャンルの書き手がたくさんいたので。僕や柴崎さんのような純文学系でくくられることの多い書き手が、例えばミステリーの専門の人と何か話をするような場って、日本ではなかなかない。だから日本語の書き手だけでも、いろんな分野の書き手が「ライター」というくくりだけでひとつの場所に集まったらどんなことになるんだろう、というのは興味があります。
柴崎 あとアイオワで面白かったのは、年齢もバラバラだったこと。いろんな国の文化が違うということだけじゃなく、こんなに年齢がバラバラの人たちとずっと一緒に過ごしたことは、今までの自分の人生でなかったなと思いました。
滝口 日本だと一対一なら年齢差があって会うことはあっても、大勢集まるとだいたいある程度の年齢層になってしまいがちですよね。
柴崎 私のときは最年少が24歳、最年長が65歳だったんですけど、年上だから年下だからということに気を使うことなく、みんな一緒にフラットな関係で付き合えた。年齢の差より、同じ「ライター」という仲間として話せることがあったんですよね。
滝口 そうですね。日本語だと敬語とか敬称があるけど、英語は敬語がないし、みんなファーストネームで呼ぶのも大きかったと思います。年長者だからといって偉そうにすることもなく対等に付き合うっていう、そういう国際的な場でのマナーが参加者に自然と備わっていることもじわじわカルチャーショックだったかも。
柴崎 特にアメリカはプロフィールにも年齢を絶対書かないんです。だからあとで知ってびっくりすることもありました。
滝口 この人が一番年上なんじゃないかなって思ってた人が、僕より2つ下だったりして(笑)。
柴崎 そういう面白さも含めて、自分が今まで経験したことない関係性とかコミュニケーションをたくさん経験しました。
(第2回につづく)
構成:小林英治
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柴崎友香
しばさき・ともか 1973年大阪府生まれ。2000年に刊行されたデビュー作『きょうのできごと』が行定勲監督により映画化され話題となる。2007年『その街の今は』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、咲くやこの花賞、2010年『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞、2014年に『春の庭』で芥川賞を受賞。小説作品に『ビリジアン』『パノララ』『わたしがいなかった街で』『週末カミング』『千の扉』『公園へ行かないか? 火曜日に』、エッセイに『よう知らんけど日記』『よそ見津々』など著書多数。(撮影 川合穂波)
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滝口悠生
1982年、東京都八丈島生まれ。埼玉県で育つ。2011年、「楽器」で新潮新人賞を受賞してデビュー。2015年、『愛と人生』で野間文芸新人賞を受賞。2016年、「死んでいない者」で芥川龍之介賞を受賞。2022年、『水平線』で織田作之助賞を受賞。2023年、同書で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞、「反対方向行き」で川端康成文学賞を受賞。他の著書に『寝相』『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』『茄子の輝き』『高架線』『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』『長い一日』『いま、幸せかい? 「寅さん」からの言葉』『往復書簡 ひとりになること 花をおくるよ』(植本一子氏との共著)『ラーメンカレー』『三人の日記 集合、解散!』(植本一子氏、金川晋吾氏との共著)等。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 滝口悠生
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1982年、東京都八丈島生まれ。埼玉県で育つ。2011年、「楽器」で新潮新人賞を受賞してデビュー。2015年、『愛と人生』で野間文芸新人賞を受賞。2016年、「死んでいない者」で芥川龍之介賞を受賞。2022年、『水平線』で織田作之助賞を受賞。2023年、同書で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞、「反対方向行き」で川端康成文学賞を受賞。他の著書に『寝相』『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』『茄子の輝き』『高架線』『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』『長い一日』『いま、幸せかい? 「寅さん」からの言葉』『往復書簡 ひとりになること 花をおくるよ』(植本一子氏との共著)『ラーメンカレー』『三人の日記 集合、解散!』(植本一子氏、金川晋吾氏との共著)等。
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