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柴崎友香×滝口悠生「作家が街に滞在するということ」

2020年3月19日

柴崎友香×滝口悠生「作家が街に滞在するということ」

第3回 青森県八戸に作家を集めるために

著者: 柴崎友香 , 滝口悠生

「本のまち」を掲げる青森県八戸市にある、市が運営するという全国でも例のない書店・八戸ブックセンター。本に関するさまざまな展示を行う併設ギャラリーでは、「柴崎友香×滝口悠生 アイオワ/八戸 ~作家が滞在するということ~」が開催されていました(3月8日で終了)。柴崎さんと滝口さんがそれぞれ2016年と2018年に参加した、アイオワ大学が主催するIWP(International Writing Program)をテーマに、展示を通じて八戸での作家のレジデンスプログラムの可能性を探るという興味深い試みです。2月1日に柴崎さんと滝口さんをゲストに迎えて行われたトークイベントの模様をお届けします(司会は八戸ブックセンターディレクターの内沼晋太郎氏)。

前回はこちら

会場は熱心に聞き入る来場者でいっぱい。

誰もが自由に過ごせる場所があること

―この八戸も、市長が「本のまち八戸にする」と公約に掲げたところから八戸ブックセンターという場所が誕生し、様々な取り組みがスタートしています。今後レジデンスプログラムを構想するにあたって、アイオワに比べてここが足りないとか、逆に八戸だったらこういうことができるといったアドバイスがあれば教えてください。

柴崎 町の規模としてはアイオワと似てるなというところがあるので、町の人と交流できるというか、距離感的には程よい感じでできそうな気はします。一番違うのは、アイオワはやっぱり大学が主体なので、大学とのつながりが強いことですかね。

滝口 アイオワにいたとき、「日本で作家を呼んで滞在させるようなプログラムってないの?」ってすごく聞かれたんです。ないと答えるのがすごく悔しかったんですが、もし可能性があるとしたら八戸なんじゃないかなって内心思ったんですよ。中心となる本屋があって、市として「本のまち」を謳っていろんな取り組みがあるというのが、アイオワととても似ている。逆にアイオワと違って一番良いのは、飯が美味いこと。

柴崎 それは重要ですよね。アイオワでは、もちろん美味しいお店もあるんですけど、アメリカは結構外食が高いので毎日そういうところには食べに行けないし、普段買える範囲の食べ物が飽きるというか…、3カ月以上はちょっと辛いものがありましたよね。

滝口 しかも部屋には電子レンジしかないから自炊ができないんですよね。

柴崎 その点、八戸は良いですよ。美味しいものはたくさんあるし、朝市で地元の野菜や果物も買えるし、すぐそこの横丁の飲み屋みたいに、行きつけ的に使えるお店も多くて暮らしやすいんじゃないかな。

滝口 今日の午前中はフリーだったんですけど、終わってない仕事がひとつあったので、ブックセンターのスタッフの方に、ちょっとパソコン使って仕事ができて、ついでにご飯が食べられるところを教えてもらって、近くのカフェに行ったんです。それで無事に仕事も終わり、そこでお昼ご飯を食べたんです。その時間はなんだかとても懐かしく思えました。つまりアイオワにいたときも、そうやってちょっと何かしに行くお気に入りの店があって、例えばもう1週間くらい八戸にいたら、この間行ったカフェで仕事してついでにご飯食べようみたいな過ごし方ができるだろうなと想像できた。知らない土地で、好きな場所とか何かをするための場所をちょっとずつ開拓していくのって楽しいし、いい時間ですよね。

柴崎 私は1年ほど前にも八戸ブックセンターに取材という形で来ていて、この辺りをいろいろ歩いたんですけど、すぐ裏のところの「マチニワ」(イベントスペース)とかその向かいの「はっち」(八戸ポータルミュージアム。観光案内所やシアター、ギャラリーがあり、多くのイベントを開催)のロビーに椅子とテーブルが置いてあって、誰でも自由に過ごせますよね。町の中にそういう場所があるのがすごく良いなと思ました。東京って今そういう場所がとにかく減ってますよね。道路や公共スペースが、座れないように、立ち止まらないように、というふうにどんどんなっていて、お金を払わないと過ごせない場所ばかりになってしまっている。でもアイオワでは、ただの広い芝生とか、川沿いにベンチがあるとか、大学の図書館は24時間空いていて遅い時間でも自由に行ってよかった。マチニワやはっちにはそういう場所と近い感じがあって、その贅沢さというか、そこにある時間とゆっくりできる場所はすごく貴重だと思いました。

―たしかに、マチニワやはっちでは普段高校生が勉強してたりするんですけど、そういう場所に作家が来て、横で小説書いてたりとかしたら面白いですよね。

滝口 アイオワでは実際そんな感じでした。大学生が勉強している隣のテーブルで仕事の原稿を書いたりとか。

柴崎 そうですね。泊まっていた建物の隣が学生会館みたいなところだったので、そのロビーや廊下にも机と椅子がたくさんあって学生が遅くまで勉強していたし、その横で私も仕事することがありました。

小学校での授業と製紙工場の見学

―今回おふたりには、短い滞在の中で八戸ブックセンターでは高校生と対話していただいたり、昨日は市内の小学校で授業をしていただいたりもしました。そういったこともレジデンスプログラムに組み入れていく可能性がありそうに思いますが、やってみていかがでしたか?

柴崎 すごく楽しかったです。高校生はそれぞれ私たちの本を読んできてくれて、いろんな質問をしてくれました。アイオワでは日本文学を勉強している大学生たちと私の作品の翻訳作業を一緒にしたんですけど、滞在が長くなればそういう共同作業みたいなこともできると思います。

滝口 昨日の小学校も別の意味で面白かったですね。

柴崎 小学校は5年生のクラスで、その年頃の子たちにとって私たちの小説って読み慣れないものだと思うので、どういう授業をするのか想像がつかなかったんですけど、先生がとても準備をされていて、子供たちが少しずつ内容を読み込んでいけるように工夫されていました。先生の授業を見学したあとに、次の時間は私たちが小学生と作品について話したり、クラスの子たちが書いた作文を素材に話をしたんですけど、今の自分では持てない新鮮な視点をたくさん教えてもらった気がします。

滝口 「あ、そういうふうに考えるんだ!」っていうことの連続で、感動的でした。あと今回は、学校以外にも八戸にある三菱製紙の製紙工場を見学させてもらったんですけど、それも貴重な経験で面白かったです。

柴崎 これまで何冊も本を出してもらって、読者としてもたくさん本を読んできて、本がすごく身近なものなのに、それがどうやってできているかを知る機会は実はとても少ないんですよね。印刷やデザインの工程でさえあまり接する機会がないのに、紙を作る工程を見るのは本当に初めてで、驚くことばかりでした。

滝口 しかも三菱製紙の中でも、八戸工場で作っている紙はその多くが書籍用ということだったので、そういうところにも作家が八戸に来る意味があると思う。八戸で滞在プログラムをするとしたら、工場見学もぜひ入れてほしいです。

柴崎 修学旅行的な感じで作家のツアーをやってもいいと思います。デビューしたら新人作家はまず三菱製紙に行くみたいな(笑)。

八戸ライティングプログラム(HWP)の可能性

―これまでのお話から、例えば2週間とか3週間八戸に滞在してもらうとして、その間に学校で授業をして、三菱製紙の工場見学があって、ブックセンターで朗読会やトークイベントをしてもらう。そういうプログラムに興味をもってくれる作家の方たちはいそうですか?

滝口 自分は来たいですけどね。2週間いれば何もしない時間ができてくるので、ここにいる経験の質も少しずつ変わっていくと思います。八戸ってこういう町だと情報として知っていても、今回の短い滞在だけでも実際に来てみるとやっぱり全然思っていたのと違うし、これくらいの町のサイズ感とか距離なんだというのがわかります。

柴崎 私自身も、アメリカの小説や映画が好きでそれまでアメリカのことを知っているつもりでいたけど、実際にアイオワに行ってみて、こういう町があってこういう人が暮らしているということを経験するだけで変わってくる感覚がとてもありました。日本列島は縦に長いので、北と南で気候も全然違いますよね。八戸でその違いを体感するだけでも作家にとっては大きな経験になるはず。

滝口 さっきアイオワでは各国から来た作家がそこにいること自体が町にとって価値があると言いましたけど、行く方にとっては、実際にその場所に行くことで、その場所が特別なものになっていくと思うんですよね。

柴崎 そう。有名な観光地とか名物があるから特別なんじゃなくて、ただそこに行くということによってその場所が特別になるんです。周りは畑に囲まれて観光名所も特にないアイオワシティはまさにそういうところですよ。

滝口 アイオワなんて本当になにもない。いかにもアメリカって景色もないし。でも、そこである程度時間を過ごせばそれは特別な時間になるし、僕にとっての「アメリカ」になる。昨日は種差(たねさし)海岸に連れて行ってもらったんですけど、八戸の人からしたら、今はたぶん見る場所としては季節外れですよね。

柴崎 私が前に行ったときは11月で、もっと天気も良くて海もきれいで芝生も青かったんです。だから、私の中では穏やかなのんびりした良いところだったなっていうイメージだったんですけど、昨日はあまりに様子が違うので、かなりびっくりしました。

滝口 荒涼としてましたよね。芝生は枯れた茶色でモグラが土を掘り返した跡ばかりで。季節外れのあまり見映えのいい景色ではなかったけど、別の季節に行ったら見られない景色だし、いつでも行けるわけでもない僕たちが今回その場所に行って見たその景色は、季節外れであれなんであれ、なにか特別なものとして記憶に残るかもしれない。やっぱりそこに行くことで特別な場所になるんですよ。

―お話をうかがっていると、八戸ライティングプログラム(HWP)がどんどん現実味を帯びてくるように感じられました。これからも八戸のみなさんと一緒に実現に向けた可能性を考えていければと思います。

柴崎 ぜひ実現してほしいです。「日本に行ってみたい」っていう作家は本当にたくさんいるので、もし外国の作家を呼ぶときが来たら私たちが紹介します。

滝口 推薦した作家に、「興味ありますか?」って突然メールを送ればいいんですよ(笑)。

―そのときが来たらぜひまた相談させてください。皆さま今日はご来場ありがとうございました。(場内拍手)

(おわり)

構成:小林英治

柴崎友香

しばさき・ともか 1973年大阪府生まれ。2000年に刊行されたデビュー作『きょうのできごと』が行定勲監督により映画化され話題となる。2007年『その街の今は』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、咲くやこの花賞、2010年『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞、2014年に『春の庭』で芥川賞を受賞。小説作品に『ビリジアン』『パノララ』『わたしがいなかった街で』『週末カミング』『千の扉』『公園へ行かないか? 火曜日に』、エッセイに『よう知らんけど日記』『よそ見津々』など著書多数。(撮影 川合穂波)

滝口悠生

1982年、東京都八丈島生まれ。埼玉県で育つ。2011年、「楽器」で新潮新人賞を受賞してデビュー。2015年、『愛と人生』で野間文芸新人賞を受賞。2016年、「死んでいない者」で芥川龍之介賞を受賞。2022年、『水平線』で織田作之助賞を受賞。2023年、同書で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞、「反対方向行き」で川端康成文学賞を受賞。他の著書に『寝相』『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』『茄子の輝き』『高架線』『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』『長い一日』『いま、幸せかい? 「寅さん」からの言葉』『往復書簡 ひとりになること 花をおくるよ』(植本一子氏との共著)『ラーメンカレー』『三人の日記 集合、解散!』(植本一子氏、金川晋吾氏との共著)等。

茄子の輝き

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2017/06/30発売

離婚と大地震。倒産と転職。そんなできごとも、無数の愛おしい場面とつながっている。芥川賞作家、待望の受賞後第一作。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

柴崎友香

しばさき・ともか 1973年大阪府生まれ。2000年に刊行されたデビュー作『きょうのできごと』が行定勲監督により映画化され話題となる。2007年『その街の今は』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、咲くやこの花賞、2010年『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞、2014年に『春の庭』で芥川賞を受賞。小説作品に『ビリジアン』『パノララ』『わたしがいなかった街で』『週末カミング』『千の扉』『公園へ行かないか? 火曜日に』、エッセイに『よう知らんけど日記』『よそ見津々』など著書多数。(撮影 川合穂波)

滝口悠生

1982年、東京都八丈島生まれ。埼玉県で育つ。2011年、「楽器」で新潮新人賞を受賞してデビュー。2015年、『愛と人生』で野間文芸新人賞を受賞。2016年、「死んでいない者」で芥川龍之介賞を受賞。2022年、『水平線』で織田作之助賞を受賞。2023年、同書で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞、「反対方向行き」で川端康成文学賞を受賞。他の著書に『寝相』『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』『茄子の輝き』『高架線』『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』『長い一日』『いま、幸せかい? 「寅さん」からの言葉』『往復書簡 ひとりになること 花をおくるよ』(植本一子氏との共著)『ラーメンカレー』『三人の日記 集合、解散!』(植本一子氏、金川晋吾氏との共著)等。

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