2020年9月26日
後編 私のもとに、私が帰ってきた!
翻訳家・エッセイストの村井理子さんが、ご自身の夫・双子の息子・大型犬ハリーとの琵琶湖畔での暮らしを綴る「考える人」の連載「村井さんちの生活」は、掲載されるたびにSNSを中心に大きな共感の嵐を巻き起こしています。4年にわたって書いてきたエッセイが今夏単行本として発売されました。
刊行を記念して、2020年8月27日(木)に作家・宮下奈都さんとオンライントークイベントを開催。生配信チケットは事前に完売となった人気イベントの模様をここに掲載いたします。後編では、事前にお2人に寄せられた質問へのお答えを中心にお届けします。仕事と日々の生活のバランスのとり方、地方での生活、新型コロナウイルスの影響、じぶんの暮らしを書くということ――多岐にわたる質問に、お2人が出した答えは?
(前回の記事に戻る)
――お話も盛り上がってきましたが、きょうご参加のみなさまから事前に寄せられた質問にお答えいただければと思います。
Q. お仕事と育児のバランスは日々どのように取っていらっしゃいますか?
村井 仕事と育児のバランス? 取れていないです(笑)。どちらかに力を入れれば、どちらかがおろそかになってしまいますね。仕事に集中すれば、学校からのプリントはなくすし、お弁当の日も忘れるし、かなりダメですね。
土日も関係なく働いています。仕事ができるタイミングを逃すと、次いつ来るかわかりませんし。「いま仕事をしたい!」と一度思ってしまうと、その気持ちを止めるのも難しいです。子どもは少し寂しい思いをしているかもしれませんね。育児から仕事に逃げている部分もあるのかも。
ダラダラしないように「毎朝9時に仕事を始める」という自分に課したルールは厳守しています。9時を逃すと、なぜか次の瞬間に11時になっちゃってるんですよね(笑)。
宮下 わかります! 11時の次はもう14時で、子どもが学校から帰ってきたと思ったら、その次の瞬間は20時くらいですよね?(笑) あの時間はどこに消えちゃうんでしょう?
私もバランスを取るのは難しくて……どちらもカンペキにこなすのは諦めるというのもひとつの手です。どっちも100%やりたいと思っても結局自分が追い詰められてしまう。どちらも6~7割できればよしとするくらいでよいのではないでしょうか。
子どもが幼稚園のとき、毎週うわばきを持って帰ってきましたが、たいして汚れてないだろうと、手でパッパッとホコリを払ってまた持たせていたんですね。しばらくそうやってしのいでいたのですが、子どもが「どうして宮下くんのうわばきだけそんなに汚いの」って言われて帰ってきて……(笑)。そんなこともあります。仕方ないですよ(笑)。
いま小さい子を育てながら働いている方、お疲れ様です。それだけでも本当にえらいです、よく頑張っていらっしゃると思います。
Q. 新型コロナウイルスの影響で在宅勤務を始めましたが、家事と仕事の切り替えがうまくいきません。在宅勤務をうまくこなすコツを教えてください。
村井 私もうまくこなせてはいないのですが……問題があれば、できる範囲でなるべくお金で解決しています。お惣菜を買う、年末にお掃除代行をお願いする、通販を活用するとか。家事と仕事をするときの気持ちの切り替えはありません。すべて一連の動作です。
宮下 私もそうです。原稿書いて、洗濯物干して、またキーボードの前に座って……と今までずっとそうやってきたので、気持ちを切り替えなくても困りません。外に働きに行っていた方は、いったん外に一歩出て通勤したつもりになってみるというのはどうでしょうか?
村井 外で働いてきた方が急に在宅勤務と言われても困るでしょうね。家で子どもが騒いだり宅配便の応対をしたりで仕事は中断するし……私は15年近くずっとこの生活なので、すっかり慣れっこです。リビングで仕事をしていますが、子どもたちが隣でゾンビ映画観てても一切気にならないです。隣でいくら何をされてても集中できる技を習得しましたね。最近、知り合いに「今まで、家で仕事なんてできるわけがないから、村井さんはサボってるんだと思ってたよ。実はその逆で、めちゃくちゃ集中してたんだね」って言われました。そのとおりです!(笑)
Q. 地方にお住まいのお2人、地元の好きなところ、不便だなというところはありますか?
村井 都会に比べたら歩いてすぐに店があるわけではないですが、生協も宅配スーパーもありますし、不便を感じません。
人が少ないところが気に入っていますね。おかげで大型犬も気兼ねせずに飼えていますし。それから、家の修繕や庭木の剪定も自分たちでやってしまえるので、自分たちの暮らしを自分たちの手でつくっていく実感が持てて住み心地はいいです。
宮下 地域に根づいた町内会や子供会があるので、地元のみなさんに見守られながら子育てができたのはありがたかったです。それをうっとうしいと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが。我が子だけでなく、近所の子どもたちの成長を見ることができたのもよかったです。
お芝居やコンサートがなかなか来ない、映画館や美術館が少ないといった文化的な側面では少し物足りない部分はありますが、暮らす分にはまったく問題なく、快適です。
Q. お2人が毎日の暮らしのなかで大切にしているものは何ですか? コロナの影響で価値観が変わるなどしましたか?
村井 自分自身の時間を持とうと意識しています。もう少し自分を大切にしようと思っています。コロナの影響はさほど受けていないかな。
宮下 リスクを冒してでも会いたいと思う人にだけ会いに行こう、と思うようになりました。
村井さんの「自分を大切にしよう」というフレーズで思い出しましたが、心臓の病気のために入院して手術を受けたことを『村井さんちの生活』に書かれていますね。無事に手術が成功して退院する際に、主治医の先生が「君はこれから、もっと大胆に生きていくんだよ」と予言のようなことをおっしゃるシーンがあります。「私のもとに、私が帰ってきた」という一文を書かれていますが、とても深く印象に残っています。読んでいるこちらもうれしくなったし、村井さんがこれからどんどん生きていくんだと思えて勇気づけられました。新型コロナウイルスの影響で、私たちは今までの生き方を見直して新たな一歩を踏み出さざるを得ない状況になりましたが、村井さんのところには一足先にそういう新たな人生のきっかけがやってきたのでしょう。
村井 「君はいままで心臓が正しく動いていなかったせいで、無意識のうちに多くのことを我慢して生きてきたんだよ」と言われました。その足かせはもう外れたから「これからは大胆に、君の好きなように生きていくんだよ」と言われた瞬間に霧がパッと晴れたような気持ちになりました。周りはただの病院なのに、漫画のようにバラ色の真新しい世界に見えて、「よーし、退院したらすぐに餃子の王将に行くんだ!!」と病院を出たその足で向かいました。さすがに退院したてでは、ほとんど食べられなかったんですが(笑)。
40代後半なのに、こんなにもすべてが入れ替わってしまったような真新しい気持ちになれるとは思いませんでした。次から次へと、やりたいことが湧いてくるのに自分でも驚きました。
宮下 読んでいるほうもあらたに生き始められるのではないかと思える、とても好きな部分です。
お仕事の量もずいぶん増えましたよね。翻訳だけでなく、ご自身のエッセイもたくさん書いておられます。『兄の終い』も読みましたが、この本も書かずにはいられないという村井さんのほとばしるような想いが伝わってきます。これも「自分を生きているから」だと思います。
村井 むかしは休み休み仕事せざるを得なかったのが、体力が戻ったことで粘り強く仕事に向かえるようになりました。長時間書いていられるようになったので、仕事量も自然と増えました。
Q. 高校生・中学生・双子の小学生の4人の子どもがいます。子どもが可愛い時はもうすぐ終了間近と思いながら子育てをしています。今やっておくといいよというアドバイスはありますか?
宮下 えっと、先にひとつだけ大事なことを。子どもっていくつになってもずっと可愛い値を更新し続けるものですよ。可愛い時期が終わるなんてことはないです。男の子は体が大きくなってしまう前に、ひざに乗せておくとよいかもしれません(笑)。
村井 子どもらしい可愛さはいずれ卒業してしまいますが、思春期で声変わりしたりヒゲが生えたりしても、形を変えた可愛さがあります。反抗期でヒドイことを言われても、可愛いものです。
Q. お2人とも私生活を赤裸々に書いていらっしゃいますが、周りのお友達にバレたり、お子さんに嫌がられたりしませんか?
村井 この話については、先日の事前打合せの時に宮下さんと意気投合したのですが、赤裸々になんて一切書いてないんですよ。
宮下 そうなんです、ぜんぜん書いてないです! 気持ちとしては、100分の1、いや1000分の1も書いていないです。
村井 本当にごく一部しか書いていませんし、書けません。ごくわずかの書ける部分をすくい上げて、上澄みをさっと書いているにすぎない。書けないことの方が多いのが育児です。
子どもたちは私の仕事に興味がないみたいです。そもそも本を読まないですし。本人たちのことを書いてもいいか確認をしたのですが、「俺らは書いてもらって構わない。なんならもっと書いてくれてもいいんだけど?」という反応でした(笑)。周りのおかあさんたちも忙しいから、読んでいないと思いますよ。
宮下 うちも確認したことがありますが「別に書いてくれて構わない」とあっさりした答えが返ってきました。ようするに、どうでもいいんでしょう(笑)。心強いです。
Q. 初めての出産を控えています。お2人のお子さんへのかかわり方が素敵だなと思っているのですが、なにか心構えがあれば教えてください。
村井 これからお子さんを産むということで、何万語を尽くしても語りきれませんが、とにかく自分の体を大切にするのを最優先にしてください。
宮下 つらくなったら周りを頼ってでも自分をいたわってください。育児ってそれでもなんとかなります。
村井 育児には「三歳児神話」や「母乳神話」のようないろいろな「神話」がありますが、一切気にしなくていいです。すべて無視! なにも気にしなくていいです。なるべく多くの大人に頼ってくださいね。長い道のりですけど、楽しいことも山ほどありますので、がんばってください。
――名残惜しいですが、そろそろお時間が迫ってきました。
宮下 連載の時からずっと読んできましたが、本になって改めて読んでみると、考えさせられることがあったり、楽しい気持ちになったりしました。今日は村井さんとお話しできてとてもうれしかったです。
村井 4年間ずっと地道に書いてきたことが本になってうれしいです。みなさん、私の失敗から学んでください(笑)。
(おわり)
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村井理子『村井さんちの生活』
2020/8/27発売
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村井理子
むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』『エデュケーション』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』など。著書に『犬がいるから』『村井さんちの生活』『兄の終い』『全員悪人』『家族』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『いらねえけどありがとう』『義父母の介護』など。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。
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宮下奈都
みやした・なつ 1967年福井県生まれ。上智大学文学部哲学科卒。2004年、「静かな雨」が文學界新人賞佳作に入選。著書に『スコーレNo.4』『遠くの声に耳を澄ませて』『よろこびの歌』『太陽のパスタ、豆のスープ』『田舎の紳士服店のモデルの妻』『誰かが足りない』など。『羊と鋼の森』で2016年本屋大賞を受賞。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 村井理子
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むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』『エデュケーション』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』など。著書に『犬がいるから』『村井さんちの生活』『兄の終い』『全員悪人』『家族』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『いらねえけどありがとう』『義父母の介護』など。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。
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著者の本
- 宮下奈都
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みやした・なつ 1967年福井県生まれ。上智大学文学部哲学科卒。2004年、「静かな雨」が文學界新人賞佳作に入選。著書に『スコーレNo.4』『遠くの声に耳を澄ませて』『よろこびの歌』『太陽のパスタ、豆のスープ』『田舎の紳士服店のモデルの妻』『誰かが足りない』など。『羊と鋼の森』で2016年本屋大賞を受賞。
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